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「学校行かず家で勉強」あり?なし?“ホームスクーリング”という選択
子どもを学校に行かせず、親が家で勉強をみる「ホームスクーリング」と呼ばれる方法での教育が、アメリカで広がっています。50州すべてで合法化されており、2~3%の子どもが利用しているといいます。「自分の好きなことを自由なカリキュラムで学べる」と賛成する意見の一方で、「学校に行かないと社会性は身につかない」という批判も。日本でも最近、YouTubeで少年が学校に行かないことを宣言し、話題になりました。学校に行かないで勉強するという選択肢は、ありなんでしょうか。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
アメリカ東部バージニア州、オークトンに住むクリスティン・ヤシュコさんは、長女のアルドリンさん(15)、ウォーカー君(12)、キース君(10)の3人の子どもがいます。アルドリンさんが小学校に上がるとき、ホームスクーリングに決めました。
「学校や先生に不満があるわけじゃなかったんです。ただ、何をどうやって勉強したいか、子ども自身に決めてほしかった。そして、学校生活の時間に縛られない、家族の時間を大切にしたかった。だからホームスクーリングを選びました」
アルドリンさんは学校には行かず、クリスティンさんと書店で教科書を探したり、興味のあるオンライン教材を見つけたりしました。1週間、1カ月単位でのカリキュラムも2人で相談しながら決めました。記者も9歳と7歳の子どもを持つ身として、自主的に勉強させる難しさは痛感しています。子どもに任せてうまく進むものなのでしょうか。
クリスティンさんは教師ではなく、教育に携わった経験もありませんでした。「だから、毎回手探り。でも幸運なことに、こちらから『やりなさい』といったのは算数(数学)とライティングくらい。後は彼女の希望を優先しました」。夫は航空宇宙科学の専門家。理数系の科目で分からないことがあれば、教えてくれていたといいます。
バージニア州では、年に1回、「学力到達テスト」を受け、基準点を上回ればホームスクーリングが認められることになっています。アルドリンさんは今まで、常にテストをパスしてきたといいます。
学校に行っていたら高校2年にあたるアルドリンさんですが、今取り組んでいるのは、大学の生物学の参考書。「内臓器官の仕組みを学んでいます。とにかく生物学って面白い!」と笑顔。昼間に地域のボランティアに参加し、大学の講義に出ることも。「普通の学校に通っていたら絶対にできなかった。だから私はホームスクーリングでよかった」
アルドリンさんが「できる子」だったからホームスクーリングがうまく行ったんじゃないか、とも勘ぐってしまいます。でも、「いろいろな子に合わせることができるから、ホームスクーリングに意味がある」とクリスティンさん。
次男のキース君は、文字がうまく読めない「ディスレクシア」という学習障害を持っていました。クリスティンさんは読書の時、キース君に寄り添ってゆっくり、時間をかけて本を読んでいました。「彼が学校に行っていたら、みんなの前で恥ずかしい思いをして本嫌いになっていたかもしれない」。まだ少し時間はかかるものの、キース君は「本を読むの好きだよ」と教えてくれました。
「今でも、本当にこの方法が最適だったのか、不安になる時はあります」と、クリスティンさんは正直な気持ちを口にしました。「でも、家族で悩みながら進んできたことで、間違いなく絆は強くなった」と話します。
アメリカの「家庭教育研究所」などによると、ホームスクーリングで学ぶ子どもは今、全米で100万~200万人いるとされています。割合にすると2~3%ほどで、増加傾向。50州全てで合法化されており、州によっては子どもの名前や年齢を届け出るだけでいいところ、テストや家庭訪問を受けなければいけないところなど様々なようです。
この動きが広がっている原因の一つに、荒れる公立学校という背景があります。例えば、2015~16年、全米の公立学校の79%で暴力や窃盗などの事件がありました。高校生の10%が、大麻使用経験があると答えており、薬物の広がりに不安を覚える家庭も多くあるようです。研究によると、ホームスクーリングを選んだ理由に「学校での安全面や教育面での不安」を挙げる家庭が多くあるといいます。
また、オンライン教育の発達や普及もホームスクーリングを後押ししています。MOOC(Massive Opening Online Courses)と呼ばれる、大学などによる授業のオンライン配信が広がり、アメリカの教育NPO「カーンアカデミー」による無料配信授業はホームスクーリング家庭の間でも人気なのです。
それ以上に、取材したホームスクーリングの親たちが口にしたのは、「学校によるお仕着せの教育で子どもを縛りたくない」という思いでした。もともと、1970年代にホームスクーリングがアメリカで広がり始めたのも、公教育への不信感がきっかけだとされています。
記者がこの問題に関心を持ったのは、現在特派員をしているバンコクで、長男の所属する野球チームのコーチの男性が、「うちはホームスクーリングなんだ」と話してくれたことがきっかけでした。
「子どもは学校に通うのは当たり前だ」と考えていた自分にとって、家で親が勉強をみるなんてすぐには理解できませんでした。ただ、ホームスクーリングに関する記事やアメリカの論文を読んでいるうち、かなりの数の人がこの方法を採り入れていることを知りました。
偶然、2月にアメリカ出張をする機会ができたため、バージニア州で取材しようと決意。行き当たったのが、オークトンにある「コンパス・ホームスクール」でした。ここは、普段、家で勉強している子どもたちが週に1、2回通う「学校」。でも、普通の学校とは違います。「数学」「ライティング」といったクラスもありますが、「プログラミング」「ロボット製作」など様々なものが用意されています。
例えば、のぞいた「世界史」の授業では、ジオラマを使って子どもたちに説明していました。「さあ、これはどこの戦車だ?」と男性の先生がきくと、「ソ連」「ドイツ」と子どもたちから声が上がります。先生は「これはソ連製のT-34。ドイツとの戦闘で使われた。さあ、この戦車が開発された背景はなんだったんだろう?」と問いかけます。思わず、こちらも身を乗り出してしまいます。
「この先生は戦争マニア。学歴は高卒です。でも世界史の授業は誰よりもうまい」と、コンパス・ホームスクールの設立者の1人、ジェニー・グローブ・ブラッドショーさんがうれしそうに話してくれました。「うちは、公立学校のカリキュラムは意識していないんです。面白いこと、子どもたちが学びたいことでクラスを編成しています。クラスの年齢もバラバラですよ」
1学期7~8コマの授業で料金は60~200ドル(6,700~2万2千円)程度。教会の一角を借りていますが、「学校」としての認可は受けていません。「ホームスクーリングの子どもたちは『学校に行かないから社会性がない』と言われがち。だからここをつくりました」とブラッドショーさんは説明します。
ブラッドショーさんの2人の娘もホームスクーリング。化学の修士号を持つブラッドショーさんはオンライン教材を使いながら勉強をみてきました。「だって、まったく同じ年齢の子どもたちとまったく同じカリキュラムで勉強しなければいけないなんて息苦しくないですか」と笑って話してくれました。
「もちろん、ホームスクーリングは簡単なものじゃないです。どうやって、どんなスケジュールで教えたらいいのか、何度も何度も子どもたちと話し合いながら進めてきました」。そんな中で、地域のロボット製作や自然教室に参加した娘たちが集まった子どもたちと楽しそうに取り組んでいたのに気づきました。
「気楽に子どもたちが集まれる場所をつくれないか」。ホームスクーリングで出会った親たちも、「友だちと一緒に何かに取り組む機会が少ないのではないか」と心配する声が出ていました。「それなら自分でつくってしまおう」と2012年、友人らとコンパスを立ち上げました。
初めは165人だった子どもたちは今、500人を超えるまでになりました。「親たちと話しながら、新たなクラスをつくったり、口コミで先生を集めたり。毎年形を変えています」とブラッドショーさんは話してくれました。こういった場所は、ホームスクーリングの子どもたちの受け皿になる「アンブレラ(傘)・スクール」と呼ばれ、全米各地にあるそうです。
ホームスクーリングをめぐっては、「公立学校の平均よりも学力が高い」「社会適応性がある」という研究結果の一方、「これらの研究は白人の裕福な家庭ばかり対象になっている」「共働きの家庭はそもそもホームスクーリングを選べない」などの反論があり、議論になっています。
もちろん、アメリカでもホームスクーリングに賛成の意見ばかりではありません。例えば2000~2012年、ホームスクーリングの家庭で虐待やネグレクトによって子どもが亡くなったのは84件。ジョージア州では2018年、「ホームスクーリングするから」と学校をやめさせた親が子どもの殺人容疑で逮捕される事件もありました。「学校の目の届かないところで虐待の温床が生まれる危険性がある」という意見もあります。
ちなみに、日本では義務教育が学校への「通学」を前提にしていることや、自宅学習が学習指導要領に沿うものとみなされないことから、ホームスクーリングを「違法」とする見方が強いようです。一方、教育を受ける権利の保障という考えから、正式な教育と認めるべきだという意見もあります。
アメリカでインタビューした多くの親たちは、「ホームスクーリングを強制はしない。子どもが学校に行きたいと言えばすぐに行かせたい」と話していました。彼らは「ホームスクーリングで楽な道を選んだとは思っていない」と口をそろえます。
ホームスクーリングは「あり」なのか。2人の子どもを持つ親として考えるようになりました。以前は「学校に行かないなんてあり得ない」と思っていましたが、今は「選択肢の一つかな」とも考えられます。記者自身を振り返ってみても、学校でのお仕着せ教育に嫌気が差したことは何度もあります。中学校の時、平気で生徒に暴力を働く教師にみんな身を固めながら黙って椅子に座っていた授業も思い出しました。
例えば、バージニア州で子ども3人をホームスクーリングで育てている女性は、末っ子の次男の発達障害で「毎日が本当に苦しかった」と言います。机に向かわせるだけでも一苦労。内容を理解しない子を何度もしかりつけそうになったと言います。「子どもとの時間を増やす」の裏側には、「しんどいことも全て受け止める」という意味があるようにも感じられました。
YouTubeで「学校なんて行かない」と宣言した子どもに対し、ネット上で「学校に行かせないなんて親の責任放棄だ」という書き込みを見かけました。記者がアメリカで感じたのは逆です。家で子どもと向き合うからこそ、親はさらに大きな責任を感じる。「学校に行かせたらどんなに楽か、と頭をよぎったこともある。でもやっぱりホームスクーリングを選んだ」と話してくれた母親もいました。
コンパス・ホームスクールを立ち上げたブラッドショーさんに、「勉強はしんどいのを乗り越えることに意味があるのではないですか」と聞きました。すると、「しんどいことは強制しないとやらないという考えは正しいのでしょうか。やる気になったら子どもたちはしんどいものに自分から向かっていきますよ」と言われました。
自宅で、ものすごく嫌がりながら計算や漢字に取り組んでいる長男を見ると、「うーん」と思ってしまいます。自分はまだ、ホームスクーリングに踏み出す気持ちにはなれません。今子どもたちが通っている学校の良さも感じますし、まだ彼らの全てを受け入れる覚悟を持てないからかもしれません。でも、少なくとも、「学校に行かなきゃダメだから」という単純な理由ではなくなった気がします。
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