テレビで見たアイドルたちは、グループを卒業後、どんな人生を送っているのか。『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)には、元アイドル8人の「その後」が描かれています。著者の大木亜希子さんも元アイドル。でも、書かれているのは「芸能界の裏側」ではありません。やりたかったことと、やらなきゃいけないことの折り合い。セカンドキャリアへの備え。正社員でも一生安定ではない時代。アイドルという十字架に向き合いながら、新しい道を歩む姿から「人生の調達法」について考えます。
本に登場する8人は、ラジオ局社員、アパレル販売員、保育士など様々です。全員がAKB48グループの「メンバー」でした。
8人は、書類審査も含めれば時に1万人以上から選ばれるオーディションを勝ち抜いた後も、芸能界の過酷な競争の中に身を置き、常に他のメンバーと比べられる日々を過ごしています。握手会に並んでくれるファンの人数を気にして、どんなに疲れていてもツイッターやブログの投稿を続け「いいね」の数を競い合うような生活でした。
そんな彼女たちも、学校との両立、健康、もともと抱いていた夢、様々な理由からグループを卒業していきます。
ステージから離れた「その後の人生」が知られることあまりありません。一方、元アイドルという肩書は、ずっとついてきます。著者の大木さんもその一人でした。
大木さんは、SDN48時代、西武ドームで何万人ものファンを前に公演していました。グループ卒業後は地下アイドルとして活動しますが、観客は数人という現実。「その衝撃は大きかった」と振り返ります。
テレビ番組への出演など「濃厚な体験」をしていた過去を抱えながら、別の世界に軸足を移す。いったい、どう折り合いをつけたのか。大木さんは「芸能という世界で一度、真剣に勝負したからこそ、次の選択肢が生まれたのだと思います」と語ります。
保育士の藤本美月さん(元SKE48)は、2012年のNHK紅白歌合戦で「バック転」を成功させ人気に火がつきました。研究生から正規メンバーへの昇格も決定。順調なキャリアを歩んでいましたが、「アイドルのその先の夢」がないことに気づきます。そして、デビューから2年で卒業を決断しました。
いい時も悪い時も、目の前で起きていることをブレずに受け止める。自分が進むべき道筋を主体的に考えることは、アイドルに限らず多くの人が大事にするべき姿勢だと言えます。
本の冒頭、大木さんは2011年のNHK紅白歌合戦のステージで緊張のあまり歌詞が「飛んだ」ことを明かします。しかし、それに気づく人はいませんでした。なぜなら、マイクを持たない「口ずさみ要員」だったから。
ステージが終わると業務用エレベーターで「撤収」し、電車で埼玉の実家に帰宅。自分が出ていた紅白歌合戦の続きを見て年を越しました。
アイドルのグループ内ではセンターに起用される人、後方を任される人、それぞれの役割が決まっていく現実があります。
自分が「主役」ではないことを悟る時、その事実を受け止められることができるかが問われます。
大木さんと同じSDN48に在籍していた三ツ井裕美さんは、今、振付師としてAKB48グループのダンスも手がけています。メンバーがセンターを目指して切磋琢磨する中、「メインを狙うのは無理」だと思っていたそうです。それでも、スポットライトが当たるメンバーとの違いに傷つきながら、次第に振り付けという自分の道を見つけます。
クリエイターとして活躍する佐藤すみれさん(元AKB48/SKE48)は、途中から名古屋を拠点とするSKE48に「異動」しました。当初は名古屋弁を覚えるなど無理に溶け込もうとしていましたが、途中から「東京感満載」に方針転換。名古屋と東京の「ハイブリッドアイドル」という立ち位置を開拓しました。
勝てないルールなら、それにはしがみつかない。厳しい競争の中で自分の立ち位置を確保するまでの軌跡は、一つの土俵における勝ち負けだけでは決まらない価値があることを教えてくれます。
睡眠時間が圧倒的に足りない中、大学とレッスンと仕事の過密スケジュールだったアイドル時代の日々について、大木さんは「次のステップのことなど考える余裕はなかった」と振り返ります。そんな中でも彼女たちは、主体的に「その後」の人生を切り開いています。
「グループには数十人の女の子がいるわけです。様々なサンプルが、命がけのサバイバルをしている」と大木さん。そこには「学校のクラス」のような多様性があったと言います。
ラジオ局の社員になった河野早紀さん(元NMB48)は、すべてが数値化されるメンバーとの競争に苦しんだ時期がありました。悩みながらも、誰かを輝かせる役割としての「裏方視点」で考えられるようになった時、「自分の人気へのこだわり」「他のメンバーとの比較」から解放されました。
本当にやりたかったことは何か、他人との競争から距離をおいて考えてみる。その先に、自分が探していた将来があるのかもしれません。
本の最後に登場するバーテンダーの小栗絵里加さんは、元AKBカフェっ娘です。AKB48グループに憧れ、劇場に隣接するカフェで働いていました。
大木さんは、小栗さんの存在を「救い」と表現します。
小栗さんには、グラビアアイドルとして体当たりのキャラを売りにしていた時代がありました。そして、限界まで全力疾走した結果、体を壊し入院。その後、バーで修行を積み重ね、数々の資格を身につけ今に至ります。「元アイドルがやっている店とは思われたくなかった」。
自分の店を持てるようになった今、自然とアイドルだった過去を話せるようになったそうです。
同じような経験は大木さんにもありました。
アイドルをやめた後、会社員として働いていたこともある大木さん。「元アイドルなんだから、もっと成果をあげなければいけない。期待されている。そんな強迫観念がありました」と語ります。
やがて、大木さんは、自分の過去を意識していたのは、周囲の人たちではなく自分自身だったと気づきます。
「アイドルの経験が今に生かされていますか?」。大木さんは8人に同じ質問をぶつけました。共通していたのは、言われて初めて「ああ、そういえば……」と話し出す姿だったそうです。
過去を否定しないし、縛られもしない。
「別世界」を経験した元アイドルたちの「人生の調達法」。そこには、将来への不安を抱えながら生きる多くの人に知ってほしい、抜群のしなやかさがありました
大木亜希子(おおき・あきこ)ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。秋元康氏プロデュースSDN48として活動。ウェブメディア編集者などを経てフリーランスライターとして独立。2019年5月23日、AKB48グループを卒業した女の子たちのセカンドキャリアを取材した初の著書
『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)が発売予定。