お金と仕事
「幸せな孤独死」がウソである理由 宮台真司さんの「委ねる人生」
孤独死は、生きづらさを抱える人が増える現代の象徴のような問題です。ひとごとではない孤独死という最期……。女子高生の「援助交際」から現代の幸福論まで幅広く論じてきた宮台真司さんは、孤独死を正当化する考えを「自己欺瞞的」と退け、断固拒否します。貧困だけが原因ではないという孤独死。長年、特殊清掃の現場で取材を続けてきたノンフィクションライターの菅野久美子さんとの対談から見えたのは「人生を委ねられない不幸」でした。
宮台「ちょうど5年前くらいに『恋愛できないんじゃなくて、しないだけだ』『一生恋愛しないで結婚しなくて、1人で生きてくのもいいんじゃないか』『孤独死でもいいんじゃないか』という声が出るようになりました。その多くが、自己欺瞞(ぎまん)であることは自明です。あきらめた事を後から正当化しているからです。
人間は自分に不可能なことを望み続けると傷ついてしまうから、避けようとして認知的に正当化する動物です。幸せな孤独死もあるとか、誰とも付き合わないで1人で生きる幸せもあるという人がいたら、まず何かを諦めざるを得ない状況に追い込まれている可能性を想像してください」
管野「東洋経済オンラインで年末からずっと孤独死の記事を書いていますが、『孤独死の何が悪いのか』という反応が多いです」
宮台「見たくないことを見ないことでセルフイメージを保とうとする人が多くいます。でも、自分にとって問題だと意識できれば、どうしたらいいか考えることができる。幸せな孤独死を語る自己欺瞞的な人間は、コミュニケーション回路を閉ざしていて、生き方を変えられないので残念でしかないです」
菅野「孤独死は事故物件になり、告知義務があるため、取材をしていると実際に0円で取引されたケースもあります。お金のトラブルも多くて、フルリフォームに700万円もかかったり、下の階に体液が垂れてホテル暮らしを余儀なくされる人が出たり、建物全体に匂いがついたりしてしまいます」
宮台「孤独死が激増したので孤独死保険に入っている大家さんもいますよね。
男も女も昔は絆にコミットしていました。とりわけ恋愛。振られると元気がなくなり、すぐ分かる。すると、おせっかいな先輩が必ず自分の体験談を話してくれました。失踪した女性にはそれがなかったのかもしれません。そういった介入がないのであれば、孤独死回避サービスがビジネスとして必要になってくるでしょう。最大の問題は、それらのサービスの内容が適切かどうか分からないということです。昔だったら、先輩の介入がおかしければ、別の先輩が介入したのですが」
菅野「しかし、NPOでそれをカバーするのは難しいかもしれません。支援する側の人たちが孤立した人より困ってしまう。今は、認知症で何年も連絡を取ってない人を引き取り、お金をもらって終活をお金をもらってサポートするサービスが生まれています。離れて住む家族が孤独死するかもしれないと思ったら、先立って準備してくれるレンタル家族みたいなサービスもあります」
宮台「孤独死の問題は、あと5年もすれば技術が発達し、見守りカメラなどによって『死なない』ようにはなります。でも、死ななきゃいいという問題ではありません。死ななくても尊厳を失った中高年時代を永久に送るのかなと思うとちょっとつらい」
菅野「ゴミ屋敷などの問題を引き起こしてしまうセルフネグレクトには、自己放任や緩やかな自殺という別名があります。孤独死する人には生活保護受給者が多いが、必ずしもそうではなく、貯金が2千万円以上あったり、BMWを持っていたりするけど、死後6カ月見つからず、ペット7匹と亡くなっていた男性の例もあるんです」
宮台「SNSの返信が途切れても誰も訪ねて来ないような人は、20歳代から孤独死します。また、どんなにお金があっても、引きこもる状態というのはあり得ます。周りが助けたいと思っているのに遮断して、手を差し伸べているのに消えていく。人と絆でつながるということ自体をイメージができない人が大勢います」
菅野「ゴミ屋敷になった部屋に住んでいて、50歳で失踪した女性がいます。ある日、生理用ナプキンが山になっている部屋の状況が家族に知られていなくなってしまった。孤独死の理由として、男性は離婚、パワハラが多いですが、女性は恋愛の失敗で引きこもってしまい、そこに宗教も絡むこともあります」
宮台「映画『嫌われ松子の一生』では、不幸は本当に不幸なのか、ということを伝えています。不幸を経験するのは、幸せの一部であると。期待して、外れて、どん底に落ちて、またはい上がって落ちるような人生に祝福あれ、そういう映画です。過去に素敵な恋愛があったという記憶が、人を怒濤(どとう)のようなエネルギーで生き延びさせる可能性もあります」
菅野「失踪した女性の話は、自分も陥ってしまうという点で共感できるので取り上げたというのはあります」
菅野「孤独死は調査から男性が多いことが分かっています。遺体発見までの平均日数を調べると女性は約6日、男性は12日かかっています」
宮台「人間関係の能力、自分を委ねる力が、特に日本の場合、男が女より圧倒的に劣っています。性別による育てられ方の違いが大きくて、男は自分をコントロールできてなんぼと育つ。我慢して目標に向かって日々のエクササイズをちゃんとすることが大切だと勘違いしてしまいがちです」
菅野「本で取り上げた鹿児島県出身の男性は、厳格な親の元で育って恋愛もおっくうになり、会社には勤めていたもののパワハラでつまずいて引きこもりの生活になりました。異変を察知した妹さんが何十年ぶりかの再会を果たし、心を開いた矢先に熱中症で亡くなります」
宮台「彼はエリートサラリーマンで、若い頃は女性にもモテていましたが、親が子どもをコントロールする家族の中に育っていました。コントロールの反対はフュージョン(融合)。コントロール以外のコミュニケーションを学んでいないからフュージョンもできなかった。
僕は長年続けていた恋愛のワークショップをやめて、親業ワークショップに一本化しました。理由は、現実的な処方箋(せん)がそれしかないからです。子どもが育つ過程を、親に支配させないようにするしかない。子どもを抱え込まず、預ける、委ねる。子育てから取り組むことが最も現実的なのです。大人になってからでは手遅れだからです」
菅野「『委ねる』はキーワードだと思います。特に、熱中症で亡くなった男性は、最後、妹さんに心を開いて就職活動を始め、保険証も復活させて、生活を立て直そうとしていた。委ねるって大事ですね」
宮台「女の子を誘って、断られて、そこでショックを受けないなんてありえない。コクるのは出発点で、そこから先はいくらでも挽回(ばんかい)の仕方があります。僕も今の奥さんに最初は断られました。どうして断られたら終わりだと思うのか。言葉の外側をなぜちゃんと見ようとしないのか。
いい家族を作ることと、いい恋愛をすることは密接しています。人間関係の中で自分を委ねることも大きな幸せですが、委ねてもらうことはもっと強力で、損得を超える幸せを感じることができます。そういう人間関係の積み重ねが良き家族につながる。2000年に調査した時、両親が愛し合っていないと感じている大学生は、両親が愛し合っていると感じる大学生よりも交際相手がいる割合が少ないことが分かりました。恋愛が絵空事ではないと考えるには、映画の中の愛ではなく現実の愛を目撃することが必要です。今はそういうチャンスが減ってきています」
宮台「今回の本は、すごくハードな取材だったと思いますが、何でそれができるんですか?」
菅野「現場はすごく大変で、ゴミ屋敷や尿をためているのを見てなんでこうなったんだろうっていうとこと、自分の生きづらさとリンクすることが多かったです。こういう場所に入ると特殊な精神状態になれるんです。ウジやハエもすごいけれど、業者の方の人間性が豊かなので、そういう方に支えられているところがあります」
宮台「そういう現場で作業できる人って感情を殺した無機質な人が多いと思っていましたが全然違う。読んでいて衝撃でした。
孤独死の背景に人間関係の不全やトラブルがありますが、夫婦関係も、これだけひどいことばっかりなのにまだ一緒にいるってことは、やっぱり俺たち愛し合ってるのかな、いいことがあるから一緒にいるんじゃなくて、こんだけひどいことがあるのに一緒にいるってことは意味があるんじゃないかな、なんてふうに思ったりします。逆に、不幸を絶望に結びつけて、崩れてしまうこともあります。1990年代の末に僕も崩れたことがありました。どちらにも転び得るという意味で、みんなさんけっこう崖っぷちで生きている。この本を読むと崖っぷち感を共有できます。なんで崖っぷちなのかを色々と考えるから、この本を読むとすごくモヤモヤします。
この本に興味が持てることは、モヤモヤに向き合う勇気があるという意味で、生きるエネルギーがある人。どんな人も生きづらさを抱えていると思いますが、生きづらさの理由は一通りではないし、同じ虐待の経験があっても解釈は一通りじゃない。解釈を変えるチャンスは人間関係にあります。そのことが持つ意味を、みんなに考えてほしいです」
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宮台真司(みやだい・しんじ)社会学者、映画批評家、首都大学東京教授。1959年宮城県仙台市生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。専門は社会システム論。主な著書に『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)、『絶望・断念・福音・映画』『〈世界〉はそもそもデタラメである』(以上、メディアファクトリー)、『社会という荒野を生きる。』(ベストセラーズ)など。近著に、全世界的な「正義」から「享楽」への価値のシフトが、近年のヒット映画に如実に表れていることを論じた『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』(垣内出版)がある。最新刊は、二村ヒトシとの共著『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』(ベストセラーズ)、『ウンコのおじさん』(ジャパンマシニスト社)。中学生、小学生、幼稚園生の3人の子どもの父親で、近年は子育てについても積極的に発言している。
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菅野久美子(かんの・くみこ)ノンフィクションライター。1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。単著に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国』(双葉社)などがある。また東洋経済オンライン等のweb媒体で、孤独死や男女の性にまつわる多数の記事を執筆中。最新刊は、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)。
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