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連載

#3 外交の舞台裏

トランプ氏にハンバーガー、ロシア外相には好物の…外交支える「食」

2017年11月にあった日米首脳会談では、レストラン「銀座うかい亭」で安倍晋三首相とトランプ米大統領が夕食をともにした=鬼室黎撮影
2017年11月にあった日米首脳会談では、レストラン「銀座うかい亭」で安倍晋三首相とトランプ米大統領が夕食をともにした=鬼室黎撮影 出典: 朝日新聞

目次

 トランプ米大統領が25日に来日します。安倍晋三首相はゴルフをして、トランプ氏の好物ハンバーガーでもてなすそうです。外交では時に激しいやり取りもかわされますが、「食」を通じて場を和ませることもあります。(朝日新聞政治部・竹下由佳)

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食べてもらいたい料理を用意

 今年2月にベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談。夕食会のメイン料理はサーロインステーキで、キムチ入りの梨が付け合わせられていたそうです。ベトナムという第三国で行われた会談でもあり、米国と北朝鮮の代表的な料理を織り交ぜることで、バランスをとろうとしたことがうかがえます。

 日本ではどのようにしてメニューを決めているのでしょうか。外務省関係者によると、先方が食べられないものや苦手なものをのぞき、こちら側が食べてもらいたいと思うものを用意するそうです。

今年2月27日夜、夕食会で歓談するトランプ米大統領(右)と金正恩氏=労働新聞ホームページから
今年2月27日夜、夕食会で歓談するトランプ米大統領(右)と金正恩氏=労働新聞ホームページから

ラブロフ氏に「響17年」

 例えば、2016年12月に首相の地元、山口県長門市で行われた日ロ首脳会談。ワーキングディナーでは、山口の地酒「東洋美人」、フグなど山口特産の食材のほか、宮崎県で養殖されたキャビアも使われました。

 記者会見で、プーチン氏は「東洋美人」を絶賛。外務省関係者によると、「東洋美人」を用意したのは、首相の意向だったそうです。

 日ロでは今、平和条約交渉が行われています。その交渉責任者に指名された河野太郎外相は1月14日、ロシアのラブロフ外相と交渉に臨みました。河野氏はウイスキー好きなラブロフ氏に、サントリーのウイスキー「響」の17年ものをプレゼントしました。

 平和条約交渉は進展を見せていません。日本外務省関係者は「簡単に折り合えない交渉だからこそ、地道に人間関係を作っていくことが大事だ」と話しています。そのための一つのツールが「ウイスキー」。ただ、河野氏自身は酒は飲めないそうです。

1回目の平和条約締結交渉に臨むロシアのラブロフ外相(左手前から3人目)と河野太郎外相(右手前から3人目)=2019年1月14日、モスクワ、石橋亮介撮影
1回目の平和条約締結交渉に臨むロシアのラブロフ外相(左手前から3人目)と河野太郎外相(右手前から3人目)=2019年1月14日、モスクワ、石橋亮介撮影 出典: 朝日新聞

「公邸料理人」各大使館に

 「食の外交官」と呼ばれる人たちもいます。世界各地の日本の大使館や総領事館で勤務する「公邸料理人」です。外国の要人らを料理でもてなしたり、大使や総領事の食事を用意したりするのが仕事です。

 外務省によると、公邸料理人は現在、世界各地に約200人。料理人としてのキャリアを重ねた人が応募し、大使や総領事と面接をした上で派遣が決まります。大使館と総領事館には基本的に1人ずつですが、ニューヨークやパリ、北京などの大きな公館には複数人いるそうです。

ボリビア、月1回は立食パーティー

 2010年から2年間、中南米の内陸国・ボリビアで公邸料理人として働いた大角公彦さん(38)に話を聞きました。

――公邸料理人になろうと思ったきっかけは?

 本当にシンプルです。海外に出たいという気持ちが大きかった。そんなとき、たまたま新聞で、公邸料理人をしていた方が任期を終えて帰国したという記事を見つけたんです。サクセスストーリーのような話で、公邸料理人として振る舞った料理を食べた国から「あなたの料理はすばらしかった」と言われ、国王の専属料理人になってくれと言われた、と。

 漠然と海外に行きたいと思っていたなかで、「いち料理人でもこんなチャンスがあるのか!」と思い、公邸料理人に応募しました。当時は30歳でした。

――どうしてボリビアに?

 応募してから1年間、(大使や総領事などの)公館長からオファーがなかったんです。公邸料理人は公館長との私的な契約。いつオファーが来るかわからないので、当時勤務していたホテルの料理店は応募と同時に退社し、フリーターになりました。

 1年後、ボリビアやクウェート、アゼルバイジャンなどの公館からオファーがありました。全く縁もありませんでしたが、「おもしろそう」という理由で、ボリビアの大使夫妻と面接をし、決まりました。

――ボリビアでの暮らしは?

 大使公邸で、大使夫妻と一緒に暮らします。毎日の基本の仕事は、大使夫妻の朝、昼、晩の食事とおやつを作ること。このほか、他国の要人の接待、おもてなしがあります。ボリビアの場合は週2~3日、だいたい10人前後を呼んだディナーがあります。それに加えて、月1回ほど50~100人規模の立食パーティーがありました。

ボリビアで公邸料理人を経験した大角公彦さん。現在は都内で和食料理店「いまここ」のオーナーシェフを務めている=東京都渋谷区、竹下由佳撮影
ボリビアで公邸料理人を経験した大角公彦さん。現在は都内で和食料理店「いまここ」のオーナーシェフを務めている=東京都渋谷区、竹下由佳撮影

柔軟さ鍛えられた

――食事の準備はすべて1人で?

 10人前後のディナーならメニューの考案から調理まですべて1人でやります。600人規模のイベントの時はさすがに限界があるので、大使館員やその奥さんたちに簡単なものを作ってもらうなど、手伝ってもらいました。

――公邸料理人の経験は、今、どういきていますか?

 日本に残って料理人をしていたら、技術はどんどん上がっていったと思います。でも、ボリビアに行った瞬間、誰も教えてくれない。技術を掘り下げるのではなく、横に広げていくという感覚でした。頭のやわらかさ、柔軟さが鍛えられました。当時は本当に問題だらけでしたから。

――具体的には?

 例えば、ボリビアは標高4千メートルの高地にあります。気圧によって沸点が違うので、水が70度程度で沸騰する。日本と同じように調理すると、パスタなら周りは柔らかいのに中はかちかち。米もうまく炊けない。

 日本とは食材も違う。野菜もイモみたいなものしか売っていない。ない食材は自分で作るしかない、と思い立ち、野菜は、自分で畑を耕し、作り始めました。聖護院大根、ホウレン草、大葉、木の芽など、10種類くらい育てていました。

――育ったんですか?

 育ちました。大使公邸の一角の土地を耕し、ビニールでテントを張るところからやりましたから。農水省出身の大使館員にアドバイスももらいました。

「練り塩」で気づいた文化の違い

――外交において「食」はどういう役割を果たしていると思いますか?

 食は、すごく重要なポジションにあると思います。難しい会議室で話をしているとどうしてもつまらないけど、食べることは人間の欲求の一つ。それを満たすもののレベルが高ければ高いほど、質がよければいいほど、人ってやっぱり良い気持ちになれると思うんですよね。

 外交の難しいことは自分はわからないですけど、そういう気持ちいい状態で話をするときと、会議室でぴりぴりした雰囲気で話をするときとでは、同じ内容でも絶対に違うと思う。ありがちな言い方になっちゃうんですけど、大使の外交を裏でしっかり支えられていると思います。

 ただ、これは料理人がそれをしっかり意識してやらないといけない。流れ作業でやってしまったりすると、必ず相手に伝わるので。

 一度、料理を出し終えたあと、大使館員から注意をされたことがあります。伊勢エビの料理を出したんですけど、伊勢エビの頭を、塩を卵白で練って団子みたいにした「練り塩」を作って立てかけたんです。それはあくまでも「台」で、日本人はこれは食べちゃだめだとわかるんですけど、相手の方で食べてしまった方がいたんです。その方は「大丈夫」と飲み干したらしいんですが、そういう文化の違いに気を回さないといけません。

なり手減少、SNSで魅力発信

 外務省によると、世界的な和食人気もあり、要人へのおもてなし料理も用意する公邸料理人は大事な外交手段の一つ。ただ、最近は公邸料理人のなり手が減っているそうです。

 このため、外務省は昨年から、フェイスブックやツイッターなどのSNSを通じ、公邸料理人に関する発信を強化しています。公邸料理人の魅力を広くアピールしていくとしています。

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