連載
#21 コミチ漫画コラボ
「私を置いて 世界が感動している」最後の運動会、選ばれなかった私
小柳かおりさんが描く「みんなチアになりたかった」
主人公の女子高校生が通う学校では、運動会の応援合戦として、一部の生徒たちによるチアリーディングが伝統になっていました。チアガールの華やかなダンスとはじける笑顔に、主人公は1年生のころから憧れを持っていました。
3年生になったとき、主人公は念願のチアガールに立候補します。ところが、3年生のチアガールの定員が8人なのに対し、立候補したのは10人。2人があきらめなくてはならない状況です。
主人公はくじ引きで決めようと提案しますが、チア経験者であるチームリーダーは「10人でお互いに投票し合って得票数で決めるね」と、半ば強引にすすめてしまいます。主人公も、それ以上反論することはできません。
実は立候補した人のうち、リーダー含む8人は仲良しグループ。クラス替えで、途中からグループの女子と仲良くなった主人公は不利な立場でした。
投票ののち、授業中にリーダーの女子生徒から渡された手紙には、「ごめんね」の文字。主人公の落選を伝える手紙でした。
≪仕方のないこと わかってはいても 不公平感による悔しさと 劣等感が残った≫
チアガールに選ばれなかった主人公は、徐々にグループ内でも疎外感や居所のなさを感じ始めます。選ばれた生徒と自分を比べては卑屈な気持ちになってしまい、グループを離れ、別の友だちと行動するようになります。
そんななか、ある出来事が起こるのでしたーー。
「みんなチアになりたかった」は作者の小柳さんの実際の経験を描いたものです。小柳さんは、会計関連会社に勤めるかたわら、コルクBooksを中心に漫画家として活動しています。
「チアガールには憧れていたんですが、私は目立つタイプじゃなかったので、実際は『なりたい』と言うのがおこがましいくらいでした」
こう話す小柳さんの背景には、高校での「つまずき」が影響していました。
中学校の頃、小柳さんのテストの成績はいつも上位。周囲の期待に応えたい一心だったといいます。ところが、高校に入ると全く違う世界が広がっていたのです。
当初、小柳さんは理系クラスに在籍していましたが、進学校のレベルは想像以上でした。物理のテストで0点をとったことをきっかけに、勉強に対する自信をなくし、高校3年生になるとき、理系から文系クラスに変更することを決めます。
しかし、文転した後も、心が休まるときはありません。すでに文系クラスでできあがっていたコミュニティに溶け込むことに必死で、気持ちをすり減らしていました。
気づくと、「私は頭がいい訳じゃないし、特別モテるタイプでもないし、美術部で運動もできない」と、自分のできないところしか見えなくなってしまいました。
3話目を更新しました。
— 小柳かおり@漫画家&働き女子 (@kaokaokaoriri) July 29, 2018
登校拒否気味でなんとか卒業した高校。物理は0点でも好きなことを仕事にすればいいと思いました。
小柳かおり @kaokaokaoriri のマンガ:③問題児になってよし #学校がしんどい君へ #withyou https://t.co/6ah3UipkMP #コルクBooks @corkbooksより
それでも、前年にチアをやっていた女子たちと仲良くなったことが転機となり、小柳さんは「もしかしたら私もチアガールになれるかもしれない」と思えたといいます。自分を肯定できるかもしれない、頼みの綱でした。
ところが、チアリーダーは定員オーバー。特に、「投票」という方法に納得がいきませんでした。落選を手紙で伝えられたことも、気持ちのやり場を失ったといいます。
チアで踊る曲を聴いてはしゃぐ友だちを見て、「選ばれなかった」という劣等感にさいなまれました。悩んだ挙句、感情を飲み込んで、「別のグループに移ります」という手紙を書いてグループを離れたといいます。
「今振り返れば、リーダーの子も私をできる限り傷つけたくないように手紙で伝えてくれたのだと思います。それぞれの不器用さや未熟さが重なり合って、うまくいかなくなっちゃったのかな」
漫画の中盤、運動会が近づくある日、チアガールのひとりが練習中に足を骨折してしまいます。「チアができない」と泣きじゃくる姿を見て、主人公は自分がこれまで素直に感情を出せなかったことを自覚します。漫画では「私も泣きたい」と、今にもあふれ出しそうな気持ちが描かれています。
結局、1人が参加できなくなっても、チアはそのままのチームで続行することになりました。それくらい、チームにとって骨折した生徒は代えがたい存在になっていたのです。
「選ばれなかったって こういうことなんだ…」と、寂しさや悔しさをかみしめる主人公。やりきれない思いを抱えたまま、運動会当日を迎えます。
そこにあったのは、いつか見た、まぶしいほどのチアガールたちの輝き。何も知らない生徒たちは、彼女らに大きな声援を送ります。
「私を置いて 世界が感動しているーー」
同じ気持ちになれない自分を責めながら、主人公の高校最後の運動会は終わったのでした。
その後、大学生になった主人公は、偶然チアリーディングのサークルに誘われます。もう高校の人間関係にしばられる必要はないけれど、「興味、ないから」と断ってしまいます。帰り道、チアの練習風景を眺めながら、漫画はこんな言葉でしめくくられています。
「もっと大泣きするくらい素直に傷ついていたら 少しは前に進めたのかな」
小柳さんは、チアリーディングを避けるようにしていた当時を、「人間関係でつまずきたくないという思いが強すぎて、やりたいことがあっても自分で気持ちに蓋をしてしまっていた」と振り返ります。
「試合放棄ですよね。負けるのが怖いから、最初から試合をしないということを選んだ。結局、高校のときも、傷つきたくないから素直に感情を出せなかったんです」
ずっと人と関わることが億劫で、大学時代も他人に弱みを見せられないまま、社会人になったという小柳さん。何でも「ひとりでいい」と思っていましたが、会社ではチームで仕事をするのが日常。徐々に心境に変化が起こり始めます。
令和一発目の漫画は、平成の苦い思い出の供養です。
— 小柳かおり@漫画家&働き女子 (@kaokaokaoriri) May 4, 2019
「〇〇したい!」と素直に言うのも勇気。たとえ叶わなかったとしても、試合放棄よりずっといい。令和はそんな心意気で、ありのままに、素直に生きたいと思います。
みんなチアになりたかった①#コルクラボマンガ専科#運動会の黒歴史 pic.twitter.com/iFsN220pAI
そんなとき、小柳さんは病気で休職を経験。その後、制限のある状態で、仕事に復帰することになりました。
初めて実感する「人と同じように仕事ができない自分」。それでも、チームの人は小柳さんができる範囲の役割を用意してくれていました。小柳さんは「とてもありがたかった」とかみしめるように話します。
「それ以来、チームの中で自分の役割を果たせることに、安心感を感じました。これまでは人と比べてばかりでしたが、自分にできないことは、誰かができればいい。弱みを見せてもいいんだな、ということを思えました。それからは、自分のできることも見えるようになって、すごく楽になりました」
高校のチアガールの出来事も、ずっと誰にも話せなかったといいます。「家族にも言えなかったんです。でも、漫画に描いたことで、消化することができました」
それに、改めて当時の自分と向き合ってみると、小柳さんにとって、失うものばかりではありませんでした。
「あの頃は周囲の目を気にして、いわゆる『陽キャラ』のグループに入っていました。でも、チアのグループを離れて、仲良くするようになった別の友だちは、今でも連絡を取り合う親友です。自分らしくいられない環境であれば、他の居場所に脱出することが私にとっては良かったんです」
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