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「青いカレー」に「食べないよ」悩む地方に中高生クリエーターが提案
ツイートされた自慢の「青いカレーライス」の画像に「これ食べないよ……」。サイクリングロードのPR画像には「なんで曇りの日に撮影する?」。厳しい突っ込みを入れたのはプログラミングを学ぶ中高生たち。魅力度ランキング最下位を何とかしたい。電車もバスも少なくて外に人が出てこない。そんな自治体の悩みへの解決策をチームで考えるワークショップで見えてきたのは、役所の中では生まれない斜め上でのアイデアでした。
ワークショップに課題の提供者として参加したのは、茨城県と南相馬市(福島県)の職員です。他にも地域の課題を、中高生が持つ発想とプログラミングのスキルで解決策の提案をするワークショップに興味を持つ、雲南市(島根県)などからも視察に来ていました。
茨城県は、全国魅力度ランキングで道府県順位が最下位の常連です。霞ケ浦周遊などのサイクリングコースを整備して、県外から人を呼び込もうとしていますが、まだまだです。
南相馬市は、震災の影響と人口減に直面する地方都市です。
4月30日昼過ぎ、静岡県の伊豆長岡温泉の旅館大広間では、カラフルなテーブルが並び、フジファブリックの曲「オーバーライト」が流れていました。
チームごとに色分けされたTシャツを着た中高生。そして大学生のメンターと、プログラミング・スクールを運営する「ライフイズテック」のスタッフによるワークショップは、3泊4日のプログラムです。
「社会の抱える実課題」を「IT×チーム開発」で解決していこう――。
自治体関係者からヒアリングをし、その課題を解決するサービスを企画し、スマホのアプリやウェブサービスの開発につなげていきます。3~4人のチームで取り組み、3泊4日で自治体関係者へのプレゼンテーションまで持っていくことが今回のゴールです。
茨城県教育庁高校教育課主任指導主事の津賀宗充さんは、こんな課題を持ち込みました。
【魅力度ランキング問題】
魅力度ランキングで最下位が続く茨城県の魅力度をナンバーワンにするにはどうしたらいいのか?
【サイクリングロード問題】
霞ケ浦を周遊するサイクリングロードにもっと人を呼び込んで楽しんでもらうためにはどうしたらいいのか?
福島県の南相馬市観光交流課観光資源活用係長の花岡高行さんは、「助けてほしい」三つの課題を挙げました。
【医師が足りない!】
人口に比べて医師数が少ないため、医師不足で予約がなかなか取れない。
【電車もバスも少ない!】
JR常磐線の電車の本数は少なく、市内を走るバスも少ないといった公共交通機関が不便で外に人が出ない。
【農産物が売れない!】
どこよりも安全な検査をしているのに、原発事故による風評被害で農産物を震災前のように買ってもらえない。
中高生に投げかけられた課題や相談は、大人が仕事で取り組んでもなかなか答えが出そうにないテーマです。
参加者は、東京圏、中京圏、大阪圏に住む中高生たち。身近に感じにくい立場である一方、茨城県や南相馬市が関わりを持ちたい人たちが暮らす大都市圏の若い世代の代弁者でもあります。
中高生からは「ダメだし」が連発されました。
まず、茨城県にある国営ひたち海浜公園で有名なネモフィラの花畑の写真について。
中高生Aさん 「女子は食べ物でも、場所でも、写真を撮ってインスタに上げたいと思っています。インスタ映えするものありますか?」
津賀さん 「ネモフィラにちなんだ食べ物を作りました。青い色のカレーライスです」
すかさず、スマホで検索して写真を探す中高生。投稿された青いカレーライスの写真を見て、「これ食べないよ」という声が漏れました。そしてこう言いました。
中高生Bさん 「話題性とおいしそうのバランスが必要だよね」
次にダメだしされたのは、サイクリングロードのPR画像でした。
中高生Cさん「なぜ、くもりの日にPR写真の撮影をしているんですか?」
津賀さん「……」
中高生からは「農産物をPRするけど、スイーツが出てこない。そこでしか食べられないスイーツがあると行きたくなると思う」という声も。
南相馬市の花岡さんには、最初は重たい課題に考え込む姿も見られましたが、次第に「斜め上」の質問が飛んできました。
中高生Dさん 「(医師不足というけど)医師がいるところに人が住み替える政策は取れないのですか?」
花岡さん 「そうするともっと人口が減ってしまう。人口は減ってきていても、それ以上に医師が足りないんです。しかし、医師不足は全国的な問題なので、他の自治体でも力を入れています。逆に病気の人を減らす努力をした方がいいのかもしれないですね」
南相馬は、馬を使ったお祭り「相馬野馬追」で有名です。多くの馬が飼育されています。軽トラックと馬が道路で出会うような光景をおさめたYouTubeの動画を花岡さんが紹介すると、そこに関心が集中しました。
中高生からは「馬に乗り物を引いてもらうのはだめですか?」「馬ガールとかで、がんばればいい」といった声も出てきました。
こんな率直な議論から入り、チームごとにアイデアを深め、それを可能にする技術を組み合わせて完成させたウェブサービスやアプリ。メンターのサポートを受けながらチームで開発し、4日目には、最終的に4チームがこんな提案を自治体に出しました。
(1)米農家支援サービス「あつめしっ」
南相馬の米農家を応援するウェブサービス。「食べたい」という感情をクリックすることで同じ思いの人とつながり、このサービス通じてコメを購入するとアプリにこれまで買った量が表示されます。「適正価格で買われることで、コメがもっとおいしくなる農家の努力につながると思います」(チームらぼ)
(2)シナリオに沿ってサイクリングする「写真家の記憶を取り戻そう」
茨城県霞ケ浦周遊などのサイクリングロードの利用者増加を目的としたウェブサービス。シナリオに沿ってサイクリングをしていくものです。GPSや地図情報を利用したアプリをダウンロードして使い、記憶の場所を見つけて写真を送ると次のヒントが手に入ります。「写真を撮ることで、主人公である記憶をなくした写真家の記憶を取り戻していくという、楽しみながらサイクリングをしてもらうしかけです」(チーム筋肉)
(3)馬の街、ポップにアピール「馬ジャック」
南相馬=馬のイメージを全国に定着させるウェブサービス。南相馬の地図上に、馬の現在地が表示されるほか、馬になれる写真加工アプリや馬と南相馬に特化したニュースを紹介していくものです。「政治とかにあまり関心のない若者は、先入観がないので、若者をターゲットにしたサービスを考えました。若者には福島へのマイナスイメージが少ないので、ポップなイメージに持って行きやすいと考えました」(チームSleepy Horse)
(4)サイクリングでマイル「りんりんマイル」
サイクリングロードを走るとマイルがたまるサービス。たまったマイルは、地元のお店で使えるクーポン券と交換できます。ウェブサービスとアプリを組み合わせ、走行距離などによるランキングページを設けて関心を高めていきます。「サイクリングをしたい人が、どうせサイクリングをするなら茨城へ、となるように考えました」(ちっちゃいTV)
4チームのアイデアには、プラスの感情で共感を広げたうえで、参加者のモチベーションをアップさせたり維持させたりする仕掛けが組み合わされています。ユーザーに「参加し続けたい」と思わせるインセンティブを重視していることがうかがえます。
ワークショップでは「企画部長」としてアドバイス役をつとめたライフイズテックCOOの小森勇太さんは、今回のワークショップ開催の狙いをこう語ります。
「教育的意味合いが強いワークショップですが、課題に向き合って解決していくという思考やスキル、チームで取り組むことの意味を身につけさせてあげたいと考えています」
プログラミングによるアプリ開発などに取り組む中高生は、個人で課題設定をして開発に取り組んでいます。ただ、社会に一歩出れば、人手不足のエンジニアでも、チームを組んで開発したり、サービスを考えたりしていくことが重要になってきます。
「自分たちの担当業務の中だけで考えがちだった自治体職員にとっても、中高生の自由な発想から出てきたアイデアには、はっとさせられることがあったと思います。中高生のアイデアの中から、いいものはアプリになっていけばいいのではないでしょうか」
今回、課題を提供した茨城県は、昨年度から中高生の人材育成に力をいれてきました。
2018年度は、プログラミング・エキスパート養成事業として、県内の中高生160人を募集しました。
会場形式での講習を経て、選抜された40人に対して、半年間のオンライントレーニングや集合研修などを積んでもらいます。高い意欲や能力のある中高生のスキルアップといった人材育成を期待し、最終的には「情報オリンピック」で上位を狙うような突き抜けた人材を見いだせていければと期待しています。県予算を使うものの、参加者にも32400円の参加費を負担してもらい、参加意識を高める手法を使っています。
このほか、県内の高校生を対象に、7500人を定員として、3カ月間、無償で映像によるオンライン教材を利用できる取り組みも始めました。
茨城県の担当者である津賀さんはこう話します。
「今年も同じ事業に取り組んでいますが、昨年度にエキスパート養成事業に参加した40人には、これで終わりではなく、今年の夏に新たな研修会を開いていこうと考えています。公教育は、すべての子どもたちに同じことを提供してきましたが、今回は意欲や能力のある中高生を引っ張り上げることを目的としています」
津賀さんらこの事業に関わる関係者は、事業を通じて社会の変化を感じているそうです。
「子どもの可能性を伸ばすという意味で、保護者の意識が変わってきています。ただ、地方ではそういうサービスを受ける機会がなく、悩んでいる中高生も少なくないと思います」
今回の取り組みは、子どもたちにとっても気づきがあったようです。
「グループ作業をしたことがなかったので、情報の共有が難しかったです」(神奈川県の高校3年生)
「仲間に気を遣いすぎて身を引いてしまって開発が遅れてしまうこともありました」(東京都の高校2年生)
チーム開発におけるコミュニケーションの重要性に気付く感想が多く聞かれました。
ワード、エクセルなどが使えるぐらいでは、大学のリポートは乗り越えられても、実社会では通用しない時代です。ITのスキルが生活に直結する社会の変化を感じるワークショップでもありました。
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