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一発屋・髭男爵の「私怨文章術」元アイドルライターと語った失敗論
髭男爵の山田ルイ53世さんは、「一発屋芸人」として活躍しながら文筆家の道を切り開いています。新著『一発屋芸人の不本意な日常』(朝日新聞出版)では「負け人生」の日常を赤裸々につづっています。雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した『一発屋芸人列伝』(新潮社)は、一発屋芸人達のその後を追いました。そんな山田さんが、女優やアイドルを経てライターになった大木亜希子さんと、書くことについて語り合いました。夢や希望を強いる窮屈さ。負けることの価値。2人のぶつかり合いから見えたのは、文章に宿る「私怨(しえん)」というエネルギーでした。
山田さん「文章を書くのって、ものすごく面倒くさいじゃないですか。人間の生理からすると、本来やりたくないことだと思うんです。あんな長時間机に向かって、ずっとなんじゃかんじゃ考えながら、その割に、そんなにギャラもよくないでしょ(笑)」
大木さん「どうでしょう(笑)。ご案件によってギャランティは違いますから……。ただ、『ライターやってます』というと、すぐお金の話になる人がいますけど、そういう人とだけは付き合いたくないですね」
山田さん「コストパフォーマンスでいえば、決していい仕事じゃない。それが出来るのは、『怨念』とまでは言わないですけれど、僕の場合はやっぱり恨みの部分はある。そういう原動力、ガソリンが大事だなと思いますよね」
大木さん「山田さんがイベントの中で『私怨』とおっしゃっていたと思うんですよね。自分は崇高な気持ちでやっているんではなくて……っていうのがすごくわかって」
山田さん「アイドルのグループで活動するってことは、構造的に『私怨』を生みやすい気がする。世の中が競争社会になる中で、芸能界での競争社会、さらにグループ内でも。ポジションによる評価もあるでしょうし。そして、グループをやめた後に『私怨』のガソリンたまっているのはセンターから遠い人間ですよね」
大木さん「お上手な構図把握ですね」
山田さん「ご自身はセンターにいったことはあるんですか」
大木さん「ないです。カップリングのセンターなら……」
山田さん「まぁでも、他の人に比べたら、勝ち負けでいうと、注目や評価をされてたってことじゃないんですか」
大木さん「私は、まず、アイドルになりたいとなったわけではなくて、10代に女優デビューしちゃってたんですよ。それも、父が亡くなって家計を助けるために」
山田さん「でも、華々しく女優としてのキャリアがスタートしたわけですよね」
大木さん「毎日ライバルとクラスメートがいる環境で、放課後は演技のレッスンをしていました。そういう中でも、やっぱりうまくいかなくて、プレッシャーもあって、辞めようかな思った時に、アイドルのSDNに入りました」
山田さん「もともとドラマ『野ブタにプロデュース』に出ていたというプライドというか自尊心みたいなものもあった?」
大木さん「それは『そんなの持っちゃいけない』って思いながら、若さゆえの傲慢で、どこかであったと思います」
山田さん「それはあると思いますよ、正直」
大木さん「SDNのオーディションに落ちた子もいるから、言いにくい話なんですが。そういう悶々が、全部、文章を書く方に生きていると思います」
山田さん「ウィキペディアで、ちらっと予習したんですが(笑)、コラム記事とか跳ねたやつ何本もあって。才能があったんでしょうね」
大木さん「今は『自分に才能があるか』なんて考えている余裕もありませんが、自分の記事がなぜバズったか、そこだけは実は説明できるんです。面白い人たちを知らしめたいっていう『私怨』がそこにある。そういう野心が他のライターさんより絶対ある」
山田さん「取材対象に対して愛情があったということですね」
大木さん「愛情があったし、それがヒットするごとに自分がひとつ成仏していくような。例えば『一発屋芸人列伝』で取り上げたことで、その芸人さんの置かれた環境に影響を与えたことってありましたか?」
山田さん「藤崎マーケットのトキくんがツイッターで『最近一発屋に対する扱いが変わってきている、それは山田さんの本のおかげだ』とか投稿してくれて。すごくうれしいですよ。本当に、この人たちは、石つぶてを投げられるような人間じゃないんだ、才能があって歴史があって、本当にすごい人たちなんだ、ということを伝えたいという気持ちがあったんで」
山田さん「一発屋という存在に対して、そしりみたいなものは色々あります。消えた死んだ、おもしろくない、という言葉を、ちゅうちょなくノーモーションで投げてくる人たちはやっぱり多い。それに対するアンサーの一つが『一発屋芸人列伝』です。SNSなどにいるごく一部のそういう、気軽に、そして過剰に、人をたたいたりするような人たちに、どういう風に対処していけばいいのか、どう思えばいいのかっていう。ネットリテラシーのようなもの。あ、この言い方よくないですか!」
大木さん「見出しになりますね!」
山田さん「さすが編集者! 厳しい目を自分自身に向けることはできるのか、そういうことやと思うんです。一発屋芸人というのは、ある環境に放り込んだ時に、人々がナチュラルになめてくる、そういう反応を引き出すのにすごくいい触媒になっているんです。入浴剤みたいなもんですか、入れたらどんな色に変わるんやろという。一発屋という入浴剤を。これは、そんなにピンときませんでした?(笑)」
大木さん「誰しも失敗を抱えながら生きている中で、本当はそういうことを言えない風潮にあって。酔っ払って好きな人に電話しちゃったとか書いたら、陰で手が上がるんですよ」
山田さん「言い出せなかったことを、できなかったことを書いてくれたという共感」
大木さん「みんな本当は、どこかで失敗している。そういう疲れがあるのかな、と感じます」
山田さん「いやそれはすごく分かる。実際、そういうことだと思うんですけど、さらに事態が悪化しているなと感じるのは、今度は、失敗やしくじりを語らせたがる風潮が強すぎることでしょうか。結局、それに僕も加担しているんですけど、それをパッケージ化して『それが、ためになりました』って言う風にまとめたがるのが多すぎる。『引きこもり漂流記』を書いたときも、『引きこもりの6年間があったから今の山田さんがあるんすよね』と聞かれる。『いや完全に無駄やったんすよ』と何回言っても、きれいな着地を好む方がやっぱり多い。ゴミはゴミとして捨てたほうがいいという人もいると思う。ゴミからもまだ何かしらを抽出しようとするのは、それはそれで素晴らしいのかもしれませんが、その技術、コストかかり過ぎませんかという。疲れませんかというね」
大木さん「失敗を語らなければならないという強迫観念になっている?」
山田さん「基本的に、失敗談は胸を張って言うべきじゃないと僕は思っている。もうちょっと背中丸めるというか。それなりの挙動をしたいなと」
大木さん「それはたしかにあって、しくじりや失敗のことをいうと、私も私もと手をあげてくれたりとか、それに対する取材、インタビューの問い合わせもくるけれど、それを言い切ったら周りからみんなが引いていくんじゃないかと思って。気をつけたいです」
大木さん「本の中には、テレビ局の人にいち早く名前を覚えられた若手芸人さんに『複雑な気持ち』を抱く場面が出てきますね」
山田さん「(一発ギャグなどではなく独特の雰囲気や、ネタで笑いをとる)世界観芸人ですね。僕が勝手に言ってるだけですが」
大木さん「私あれすごく分かるんです。世界観女優とか、雰囲気若手女優とかいるから」
山田さん「どっちかっていうとそっちなんじゃないすか?」
大木さん「そういう方向に行きそびれたんです……」
山田さん「そうなりたかったんすね?」
大木さん「なりたかったのかも、正直、本当に分からないままに。やりたいことがよくわからないんけど芸能界に入っちゃった」
山田さん「まぁ最初はね、そんな感じの人は多いと思います」
大木さん「芸人さんだったら、もう『何としてでもなりたい』という気持ちでなるのでは?」
山田さん「僕的には、こういう時に惑わしてしまうんですけども、『天下とったる!』とか『誰々さんにものすごく憧れて俺もああいう風になりたい』とか、そういう感じでお笑いはじめたということではなくて。勉学の世界で行こうと思ったのが、そっちの履歴書がボロボロになったから、土俵をずらしたというか、逃げですよね。なんとなく、大学時代に先輩と学園祭で漫才やる機会があったら、そこ入り口にして、ちょっと芸人はじめたんです。勉強の世界ではもう負けてるし、ごまかすために逃げようと考えて、上京してお笑い芸人になってるんで、これやめたらいよいよやることなくなるな、くらいの感じで続けてただけなんです」
大木さん「本に『人生がたくさん余ってしまった』と書いてあったのが、すごく分かるって思いました」
山田さん「後輩とかにも、ええ感じの話しをしてやれないタイプなんです。俺はこうやって今芸人として頑張っている……みたいなことが」
大木さん「それは、めちゃくちゃ私とリンクしますし、そういう人って実は最近多いんじゃないでしょうか?」
山田さん「少なくないと思いますけどね。逆に、何かことを始めるにあたって、希望と夢を持っていないとだめだっていう、その前提を強く求められすぎてる」
大木さん「呪縛」
山田さん「その前提がありすぎて濃すぎると、夢や希望といったモチベーションががなかったり、そこまで強くない人間が意味なく引け目を感じなくちゃいけない状況になる。でも誰だってやっていいんだって思います」
大木さん「救いです、その言葉は」
山田さん「文章についても、『なんで書いたんですか?』とか『読書が好きだったんですか?』とか。僕は、ある日書いたら書けたっていうだけ。そういうことを聞くこと自体が問題かもしれない。なんでそんなつまらない質問をするのかっていうことは本当に言いたい」
大木さん「それはちょっといいかも!」
山田さん「なんで理由を欲しがるのかっていう。なぜバックボーンがないと飲み込めないのか。それはつまり、元女優・元アイドルが書くことが、芸人が書くっていうことが『意外だ』と言っているのと一緒ですから。偏見です。まあ、結局、漫才の台本はずっと書いてましたんで……みたいな答えをしてますけど、なんか言い訳してるような気分になる。正直、本来的には関係ないですからね。すいません(笑)」
大木さん「アイドルやめた後、会社員になって、毎日ひたすらパソコンの前で原稿と向き合って、必死で文章の基礎を学び、食らいつきました。アイドルというファクトを投げ捨てても、ただの大木亜希子が書いてたとしてもバズるくらいの気持ちで着手する。それがアイドル時代に培った根性だと言えるかもしれません」
山田さん「こうやって聞いてると、やっぱりグループアイドルってどろどろしてるんですね……」
大木さん「どろどろと言うか、“絶対に負けてたまるか!”というガソリンが……(笑)」
山田さん「ガソリンっていうか……ヘドロの奥にあるメタンハイドレートみたいな。ただ、あれを燃料にするのには技術がいるからね。ガソリンよりもよっぽど使いづらい。それができたっていうのは、セカンドキャリアとしては素晴らしいんじゃないですか」
大木さん「正しいか正しくないかはまだ実証中ですけど、私の場合、腹を決めて25歳のときに芸能事務所は退社して、そこからガッツリと会社員として働き始めて。昨年フリーランスとして独立する決断をした時も、一切後ろ盾がないまま環境を変えて、そこから仕事をしていくから、やるしかない土俵を作ったんですが、そこまでして『人生の博打』をうつ方法が一般の方にそれをおすすめできるかは、ちょっとわからないです。人間、やはり無理を続けると病んでしまうので」
山田さん「今から言うことは、今年入って100回目くらい言っていることなんですけど、速いテンポ感で負けていったほうがいいんです。若いうちに速いテンポで挫折していったほうが選択肢をつぶせるから、勝ち目のあることが残るんです。若いうちにやるということは、すすめてもいいかもしれません」
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