IT・科学
「筋肉体操」あの先生が明かした後悔、「重さ自慢」筋トレの結果……

それを指摘するのが、NHKの人気番組『みんなで筋肉体操』の「筋肉指導者」として活躍する近畿大学生物理工学部准教授の谷本道哉さんです。
かつて「重さにこだわる筋トレ」で腰や肩を痛め「私を反面教師に」という思いで番組に出演している谷本さん。筋トレにまつわる誤解、そして仕事や生き方にも通じる価値について話を聞きました。
「重さ」自慢に注意!

そんな谷本さんが筋肉体操の監修を快諾したのは「効果の高いきちんとした筋トレの方法を示したい」という思いがあったから。逆に言えば、筋トレにまつわる言説には不適切なものも多いのだそうです。
その一つが「トレーニングで挙げる重量が重ければ重いほどすごい」という考え。谷本さんは「重さを求めることはもちろん大事です」とした上で、「あくまでも重さは手段であって目的ではありません。目的は強い刺激を筋肉に与えることです」ときっぱり。
「適切なフォームで筋トレをすれば、やたらと高重量でなくても十分に筋肉に強い刺激を与えることができます。やり方次第では自重負荷でもそれは可能です。逆に、不適切な、ごまかした方法では、高重量の割には効果が乏しく、ケガのリスクばかりが上がります」
谷本さんが警鐘を鳴らす、ケガのリスク。それを「関節は“10年殺し”が起きる」と表現します。つまり、今は良くても、10年後に関節に何らかの不調を訴えることがある、ということです。
重さにこだわりすぎて無茶なトレーニングをしていると、5年後、10年後に大きな関節の障害が我が身に返ってくることも――実はそんな経験が谷本さん自身にもあります。
「僕自身、満身創痍の状態なんです。かつては“重いものを挙げる”ことにこだわっていて、ベンチプレスなら広い手幅に高いブリッジの“高重量を挙げられるテクニック”を用いて、140kgでセットを組んでいました。すると30代中盤くらいから無理が生じて」
現在、肩が痛くてボールを投げられないほどで、腰も悪いという谷本さん。「筋肉にしっかり負荷がかかりつつも、関節には優しく、というやり方は存在します」と言い、自重でする筋肉体操もそれを考慮してメニューを立てているという。
最近はSNSにトレーニング動画をアップする人が多いものの「中には重さにこだわった不適切なごまかしフォームの投稿も目につきます」(谷本さん)。「ぜひ、私を反面教師に、安全で効果の高い方法を試してください。大きな動作範囲で丁寧にするだけで、ずいぶん変わりますよ」と語ります。
トレーニングは「1回20分」
特筆すべきはそのトレーニング時間で、なんと1回20分。一般的なトレーニングよりも短い印象なのに、この鍛え上げられた肉体とは……。そんな疑問を察したのか「ただし、めちゃくちゃ追い込みます」と続けます。
「20分のトレーニングが終わった後は、ベンチに座ってうつむいて、『あしたのジョー』の最終回、真っ白な灰になった矢吹丈くらいまで燃え尽きていますね」
例えばベンチプレスの最大挙上重量は、うまく上げるテクニックだけで20〜30kgくらいは記録を伸ばせるそう。しかし、これは筋肉への刺激が増えているわけではなく、したがって筋トレ効果が上がっているとは言えません。
「ベンチプレスの場合、手幅を肩幅強くらいにうんと狭く、ブリッジせずに背中を台にベタ着けにしてすると、挙上できる重量は落ちますが、ガッツリ筋肉に刺激が来ます。少し回数を多めにすれば、半分の重さでも十分。手幅が狭くても大胸筋にはしっかり効きますから、心配は無用です。逆に、胸まで下げないのは問題外ですね」
しかしなぜ、ここまで追い込むのでしょう。「オールアウト(それ以上の回数ができなくなるまでトレーニングすること)は筋肉を大きく強くするために必須だから」とした上で「目一杯までやり切ったほうが気持ちいいですよね」と谷本さん。
「新著をちょうど書き上げたところですが、そのテーマは“筋トレは仕事や生き方にも通じる”というもの。がんばれる時間を“ありがたいもの”と前向きに受け止めることができるようになれば、大げさかもしれませんが、生き方も変わると思うんです」
そういえば、筋肉体操で人気のフレーズとして、制限時間終盤、出演者たちに投げかけられる「あと5秒しかできません!」という言葉があります。「これを“あと5秒で終われる”」と思ってしまうのとではできる回数が変わる、とのこと。
出演者に対して厳しく指導する谷本さん。「番組でのセリフは普段、自分が筋トレをしていて思っていること」だそうで、自身も厳しく追い込んでいます。「出しきらないまま終わる方が逆にストレスではありませんか?」という問いかけは、たしかに筋トレ以外にも通じそうです。
筋肉は「裏切る」、ただし…
この質問に谷本さんは「筋肉は裏切りますよ」と事もなげに答えます。他ならぬ谷本さんに裏切られたようにも感じますが、その真意とは……。
「重さにこだわって、高重量の割には筋肉に効かない方法では、“10年殺し”のリスクばかりが上がります。また、たいして効果が得られないのに、あると信じて実践されている筋トレ法は結構あります。例えば最近、流行している体幹トレーニングなども、筋トレとしての効果は高くないですし」
筋トレで重要なのは「上げる動作」と「下げる動作」。力学的仕事をする「上げる動作」では、代謝物が蓄積して筋肉が水ぶくれ(パンプアップ)を起こし、落下の衝撃を筋肉で受け止める「下す動作」では、筋損傷が起きて筋肉痛になる、と谷本さん。プランクのような体幹トレーニングには「この重要な動きがありません」と続ける。
「体幹を安定させる練習としてはいいですが、筋肉を大きくする筋トレとしての効果は小さいでしょう。体幹を安定させることが目的なら、10秒くらいで十分だと思いますが、部活では3分とかしますよね。かなりキツイですが、得られるものは小さい。監督が見てないときに腰を下げて休んだりしますし(苦笑)」
ただし、谷本さんはこう続けます。「しかし、適切な筋トレをして筋肉がつかない人はいません。筋トレに限らず、差があるのは当然ですが、適切な方法でおこなえば “必ず”効果は出る。筋トレは強さや体型など、効果が目に見えて表れやすいのがいいところです」
だからこそ、回り道はできるだけ避けたいもの。巷にはびこるトレーニングについての思い込みや誤解は、せっかくの努力の効率を下げてしまうのです。
「適切な筋トレ」の理論に基づいた筋肉体操は、現在も公式YouTubeで閲覧可能。軽い負荷に調節できるようにした『北海道で!筋肉体操』というシリーズもあります。「無理に背伸びせず、自分に合った負荷を見極めて、トレーニングを継続していただきたいですね」(谷本さん)。
そしてもう一点、忘れてほしくない点があると言います。それは「筋トレを楽しむこと。「筋トレは“前向きに厳しく、でも自発的に楽しむ”。ぜひ、このマインドであなたの筋トレライフを充実させてください」