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人生最後の誕生日かも…死の話題も笑い合える「墓友」集う“我が家”
何かと不安が多い高齢者の一人暮らし。「お墓で結ばれた縁だけど、本当の我が家のよう」と、生前に選んだお墓によって結ばれた縁で安らぎを得ている人たちがいます。朝日新聞デジタルで昨年7月に配信され、このほど刊行された『平成家族』(朝日新聞出版)に収録されたエピソードを紹介します。(朝日新聞記者、森本美紀)※年齢や肩書などの内容は朝日新聞デジタル配信時のものです。
2018年6月下旬、東京都内で一人暮らしをする岡村和子さん(85)はバスに小一時間ほど揺られ、東京・町田市内の一軒家を訪れた。
認定NPO法人エンディングセンターが、「もう一つの我が家」と名付け2015年に開設。歌や書道などのサークル、「おひとりさま」の語り合い、カフェなどを開く。
利用するのはエンディングセンターが企画する桜の木を墓標とする樹木葬墓地を生前契約した人たち。月約40人が通う。
岡村さんのように生涯独身の人や、配偶者との離別や死別で一人暮らしの人もいる。墓を核にしたゆるやかな絆でつながる「墓友」が集い、晩年を楽しむ。
岡村さんは大学卒業後、放送局や官庁の外郭団体などの事務職につき60歳過ぎまで働いた。交際した人はいたが、結婚には至らなかった。
「死んだら桜の木の下で眠りたい」と8年前に町田市内にある墓地を契約した。雑木林を生かした「風の旅人」という名の墓域に埋葬され、自然にかえることを望んだ。
エンディングセンターが企画する墓地は町田市と大阪府高槻市内の2カ所。計2600人あまりが眠る。現在の会員数は約3500人にのぼる。
岡村さんは2年前から「我が家」に通っている。この日は、岡村さんを含め7人の女性が小物作りのサークルに顔をだした。
誕生日を翌日に控えた岡村さんは、アップルパイを買って持参した。一人暮らしでは買うことがない丸いホール型。指折り数えて、この日を迎えた。「最後の誕生日になるかもしれないから、つき合って」。冗談めかして言うと、仲間はお祝いの言葉をかけたり、歌を歌ったり。タブー視されがちな「死」の話題も時に笑いを交えて語り合う。
「ここへ来ると生き返っちゃう。あたたかくて、お墓で結ばれた縁だけど、本当の我が家のよう」
一人暮らしの岡村さんにとって、エンディングセンターは死後の面倒をみてくれる「家族代わり」だ。
4年前、「死後サポート」の契約も結んだ。臨終の時の寝台車の手配、葬儀、火葬、埋葬の立ち会い、公的年金の停止申請や家の片付け――。墓の契約代金40万円とは別に、計約120万円かかるが、「安心して旅立てます」。
岡村さんの部屋には「死後」のために準備した品々が大切にしまわれている。死に装束用の紫色の紋付きの着物、遺影用の写真、葬儀の参列者にお礼に渡す1枚2千円のクオカードが20枚。葬式でお経の代わりに流してもらう大好きな浄瑠璃のCDも入れている。同じ趣味を持つエンディングセンターの職員に「もらってね」と伝えてある。
子どもがいても配偶者と死別後、一人暮らしの高齢者も多い。「もう一つの我が家」を訪れている仲村久子さん(76)もその一人だ。食材を持ち寄り「墓友」とランチを作り、食卓を囲む。そんなひとときが心の支えだ。先月は60~70代の男女5人とボルシチ作りに挑戦した。
3人の子どもは独立し、夫を6年前にがんで亡くした。70歳からの一人暮らし。寂しくて食べることも眠ることもできなくなった。「我が家」を訪ねたのは3年前。同じ墓を選んだ共通の価値観を持つ仲間という安心感に心がほぐれ、「落ち込んでいる」と胸の内をはき出せた。
子どもたちは仲村さん宅に様子を見に来てくれる。でも、墓をめぐる負担はできるだけかけたくない。12年前、子どもが継ぐ必要がなく、自然にかえれるエンディングセンターの墓地を選んだ。夫は同じ墓地に眠る。
社会学者で同センター理事長の井上治代さん(67)は「核家族化などの影響で一人暮らしの高齢者が増えているが、血縁や地縁が薄れるなかで、『個』がどう生き、死に向き合うか、今はまだモデルがない。晩年を迎えた世代に新たな結縁の場や死後のサポートを提供していくことが必要だ」と話す。
内閣府が全国の65歳以上の一人暮らしの男女を対象に行った「一人暮らし高齢者に関する意識調査」(有効回収数、1480人)によると、「日常生活全般についてどのような不安を感じますか」との問いに「財産や、先祖や自分の墓の管理・相続のこと」をあげた人は8%いた。
また、墓などについて、準備や方法をどの程度、考えているか尋ねたところ、墓に関しては、「具体的に」と「少しは」を合わせた「考えている」は60.8%だった。男女別では、女性が64.2%で男性は54.0%。未婚女性に絞ると74.8%にのぼった。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税別1400円。全国の書店などで購入可能です。
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