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「ダサイタマ」はおいしい? 翔んで埼玉に乗っかる県の戦略とは
埼玉県を強烈にディスる映画「翔んで埼玉」が大ヒットしています。観客動員数は200万人を突破、興行収入も30億円と勢いが衰えません。私も見ましたが、たしかに笑いっぱなしで面白いったらない。埼玉は昔から「ダサイタマ」といじられていますが、それってお役所的にはどうなのでしょう。実はおいしいと思っているのでは? 埼玉県庁の担当者に聞いてみました。(朝日新聞デジタル編集部・原田朱美)
やってきました。埼玉県庁。
通行手形は使っていません。
取材は、埼玉県出身の大学生と一緒に行きました。
津田塾大学3年の大奈良千夏さん。生まれも育ちもさいたま市です。
大学で他県出身者と話すようになって、初めて「ダサイタマ」と言われていることを知ったそうです。
大奈良「県自身が、ダサいイメージとどう向き合っているのか気になります」
対応してくれたのは、広聴広報課の小林直樹さん。埼玉の魅力発信がお仕事です。
小林「僕も聞きたいんですけど、『ダサい』って言葉、そもそも今の若い人は使います? 使わなくないですか?」
大奈良「たしかに……」
小林「『ヤバい』とか『ありえない』とかですよね。ダサイタマって言うけど、実際はダサいって言葉自体が浸透していませんからねえ」
大奈良「たしかに……」
いきなり逆質問からスタートです。大奈良さん、同じ県民なのになぜか押され気味です。
「ダサい」をまさか言葉そのものから否定してくるとは。「ダサイタマとは言わせないぞ」という圧を感じます。
大奈良「映画の反響って、どうですか?」
小林「多くの方は面白いと言ってくれていますよね。ただ当たり前なことかもしれませんが、ディスりに不満を感じる人もいます。郷土愛にあふれるからこそでしょうが」
小林さん、一転して神妙な面持ちです。実際に怒りの声を聞いたこともあるそうです。
小林「大奈良さんは、映画を見ましたか?」
大奈良「はい! すごく面白かったです。特に浦和と大宮の争いが!」
いかにも県民らしい感想に、小林さんもほっこりです。「翔んで埼玉」は、埼玉県内の映画館で見ると観客が笑うポイントが違うと聞きますが、こういうことでしょうか。
小林「ダサイタマって、本当はそうじゃないと分かっているから笑えるんですよ。むしろ埼玉のどこがダサいのかわかりませんもの」
小林さん、郷土愛が前のめりです。
ただ、この映画って、埼玉県的にはおいしいんじゃないでしょうか。大ヒットですし。
小林「うーん……大歓迎!と言えるかどうかはアレなんですが……埼玉を知ってもらえる良い機会ですよね。各メディアにも埼玉県特集をしてもらっていますから」
映画では、虐げられていた県民が「何もなくたって、いい所じゃんかよ!」と叫んでいました。魅力発信担当として、「なにもない」と大声で言われるのはどうなのでしょうか。
小林「えー、セリフの前半はスルーします。いいところは間違いない。乗っかるところは乗っかります」
小林さんがスッと差し出したのは、埼玉の魅力を紹介する小冊子「埼玉ブレイク」。2019年2月号で、表紙は映画「翔んで埼玉」のポスターです。二階堂ふみさんが「何も無いけどいい所!」という旗を掲げています。GACKTさんは深谷ネギ?を手にしています。
これ! 乗っかっているどころじゃないですよね? 絶対おいしいと思っていますよね!?
小林「ダサイタマには乗っかっていません。映画には乗っかります」
小林さん、謎の一線を譲りません。
大奈良さんは爆笑です。
埼玉県は実は、映画には「協力」という形で関わっています。
県のマスコット「コバトン」は、本編にも映っていますし、舞台挨拶にも立っています。
うん、しっかり乗っかっていますね。
大奈良さん、取材前に「ダサイタマ」の歴史を調べてくれました。
1980年代から広まった「ダサイタマ」ですが、新聞やネットの記事を調べると、県や県民の向き合い方には2通りあると感じたそうです。
せっかくですので、その内容を小林さんにも聞いてもらいました。
(1)ダサいイメージを打ち消したい
まずは、2002年のこの新聞記事を読んでください。
”「ダサイタマ」と呼ばれた埼玉県が、起死回生の策として地元ゆかりのタレントらに県のPRをお願いしてきた「彩の国大使」制度を、今年いっぱいで廃止する。
制度は1993年、同県川越市に住んだことがあるオペラ歌手の佐藤しのぶさん、県出身のタレント向井亜紀さんら6人と浦和レッズの1団体に委嘱し、始まった。
廃止の理由は「もうダサイイメージは消えたから」(担当職員)。県人口が700万人を突破し、サッカーのW杯で知名度も上がったことから「自信を付けた」のだという。”
(2002年12月15日朝日新聞朝刊)
なかなか味わい深い記事です。
小林「過去、県が『ダサイタマ』を気にしてイメージ払拭に力を入れてきたのは事実です。そこは先人の努力があります。なので今、私たちは『ダサイタマ』に乗っかるわけにはいかないんです」
なるほど。先ほど来の「謎の一線」は、そういう経緯もあるのですね。
小林「ただ、最近はマイナスイメージを消すだけではなく、そのマイナスイメージをうまく活用して、どうプラスに持っていくかを考えています。多くの方に埼玉を知ってもらい、魅力に触れていただいて、いかに埼玉がいいところと思ってもらうか」
昨年末から今年はじめにかけては、埼玉県人の”聖地”池袋の東急ハンズで、イベント「どうだ!埼玉!」を開催しました。埼玉ゆかりのグッズを販売したそうです。
(2)自虐ネタで話題性を高める
もうひとつのパターンは、まさに今回の映画「翔んで埼玉」のような形です。
例えば、川口市が作成した移住PR動画「お願い 住んで 川口市」。「白金や代官山あたりで安い物件を」という4人家族に、川口市への移住を口説くという内容です。母親は、川口が埼玉県だと知ると「いやよ! 埼玉なんて!」と露骨に嫌がりますが、川口市のマスコット・きゅぽらんが「ほぼ東京」「緑が多い」などと説得し、最終的には一家が納得して川口に住むことを決めます。
大奈良「『お願い住んで』という、すがるようなタイトルにも自虐が見えます」
また、県が発注した埼玉の魅力を学ぶ学習漫画「埼玉県のひみつ」では、埼玉への転校が決まった主人公(小学生)が冒頭、「埼玉県ってなに!?そんなところ知らない!」「僕、行かない!」と言い放ちます。
ただこれも、最終的には埼玉の魅力をいろいろ知り、「僕、埼玉県の素晴らしさを知らなかった。知ろうともしなかった。恥ずかしいよ」と反省します。
自虐ネタって、「翔んで埼玉」が初めてではないんですね。
小林「映画もこちらの事例も、見ていただければ分かるのですが、作品に愛があるんです。最初の入り方は自虐でも、最後は埼玉への愛で落としている。やはり愛がないのは論外です。友だちと一緒ですね」
大奈良「調べてみると、ネガティブなレッテルを逆手にとって、存在感を示すことができているのかなあと思いました。もはや『ダサイタマ』はブランドなのかもしれません」
しかし、なぜ埼玉だけがこんなにいじられるのでしょうか。
小林「東京が近いから、比較対象になってしまうんでしょうね。学生さんの間では、埼玉のイメージってどうですか? やっぱり悪いです?」
大奈良「漫画の『翔んで埼玉』が話題になった頃から『ネタポジション』という感じです。私は『どこ出身?』と聞かれたら、『埼玉』じゃなくて『浦和』ってこたえます」
小林「えっちょっと! そこは埼玉って胸を張って言いましょうよ!」
大奈良「東京に来ると、周りの埼玉県人がみんな謙遜しているので、そういう役割を求められているのかなあって思うんです(笑)」
小林さんは、今までプライベートでは「埼玉いじり」を受けなかったんですか?
小林 「えー実は今までお話ししてアレなんですが、僕、東京生まれ、東京育ちなんです」
え??????
小林 「都民としては、東京の方が地域ごとのオリジナリティを見つけにくいと思いますよ」
小林さん、映画の主人公のように、都民でありながら埼玉を応援する方だったとは。
ちなみに、最後にどうしても聞きたいので教えてください。
「日本埼玉化計画」は進行中ですか?
小林 「えーっと(苦笑)、埼玉の魅力を全国に発信しているという意味では、進行中ですね」
では「世界埼玉化計画」は存在するのでしょうか?
小林 「それはまだないです」
以上、埼玉県庁突撃取材でした!
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