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2019年03月30日

「争いに、私は優しい花を」 14歳で難民になった女性画家の祈り


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東京メトロ副都心線の渋谷駅で展示されていたリダ・シェラファットマンドさんの絵

東京メトロ副都心線の渋谷駅で展示されていたリダ・シェラファットマンドさんの絵

出典: 朝日新聞

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 東京・六本木で6月に開かれる美術展に、争いのない世界を願う特別な思いの込もった作品が映像で紹介されます。作者は41歳の女性、イランの革命と戦争を生き延びました。前触れのイベントして3月11日までの1週間、東京メトロ副都心線の渋谷駅で絵画のポスターが展示され、多くの人の目に触れました。(朝日新聞国際報道部・飯島健太)

東京メトロ副都心線の渋谷駅で展示されていた絵画のポスター。下段の左から3~5枚目がリダさんの作品

東京メトロ副都心線の渋谷駅で展示されていた絵画のポスター。下段の左から3~5枚目がリダさんの作品

出典: 朝日新聞

花々で彩られた作品、渋谷駅で展示

 「争いによる暴力のニュースを聞けば聞くほど、私はますます、優しさにあふれる花々でキャンバスを埋めたくなります。花たちが語りかける言葉に少し、耳を傾けてみませんか」

 6月7、8日、東京・ベルサール六本木で美術展「東京インターナショナルアートフェア」が開かれます。

 そこで、地中海の島国マルタのリダ・シェラファットマンドさん(41)の作風や過去の作品が紹介されます。
 今回は映像による「出品」です。

「東京インターナショナルアートフェア」に出品するリダさんの作品

 渋谷駅での展示は、その前触れのイベントです。3月11日までの1週間、東京メトロ副都心線渋谷駅の一角に並んだ絵画のポスター(縦1m、横70cm)42枚の中にリダさんの作品も数枚ありました。英国に拠点を置く美術品PR会社ICM(contact@contemporaryartstation.com)が主催しました。
 例えば、「イランの魂」と題した絵は、地面に根付く無数の白い花々と意図的に束ねられたピンクや黄色の花々が対比的に描かれています。ご覧になった人もいるかもしれません。

 リダさんは、250の応募作品から選ばれた作者40人のうちの一人です。
 1991年、14歳のリダさんは、難民としてマルタに渡りました。花々で彩られる作品には、政治に翻弄された人生が投影されています。

リダさん作の油絵「イランの魂」

リダさん作の油絵「イランの魂」

出典: リダ・シェラファットマンドさん提供

「イランの魂」を描いたリダ・シェラファットマンドさん。

「イランの魂」を描いたリダ・シェラファットマンドさん。

出典: ダニエル・ピトレ氏撮影

革命後のイラン「息苦しい社会に」

 1977年10月、イランの南西部ホラムシャールで生まれました。ペルシャ湾に通じる川沿いの港湾都市です。

 イランは当時、親米国家で、日本と同じように西洋の文化も取り入れられていました。

 しかし、社会には不満がたまっていました。

 1979年2月、イスラム指導者のホメイニ師(1902-89)が精神的な支柱となり、革命が成功します。
 酒井啓子さんの著書『〈中東〉の考え方』によると、ホメイニ師は1940年代から、パーレビ国王による統治を批判してきたそうです。
 批判の先は「対米依存、貧富格差の拡大、国王の専横」などに対するものでした。

 パーレビ国王に対する様々な意見がある中で、イスラム指導者の影響力のもとに、革命後の社会が形づくられたとも言われます。
 その理由として、イランでは人口の9割がイスラム教シーア派を信仰し、宗教が人々の社会に浸透しているため、という見方もあります。
 革命の結果として、ホメイニ師による「イスラム法学者の統治」の考え方のもと、日常の生活がイスラムの教えに基づくことになりました。

 リダさんはいま、こう考えます。
 「政府や法律によって特定の宗教を信仰しなければいけない、というのは間違っていると思います。宗教は暴力的な力で無理に信じ込まされるものではなく、愛する心によって自由に信仰できるべきものではないでしょうか」

 革命だけが人生を変えたのではありませんでした。
 故郷が戦争の前線になったのです。

イラン革命を伝える当時の朝日新聞=1979年2月

イラン革命を伝える当時の朝日新聞=1979年2月

出典: 朝日新聞

戦争、そして難民

 1980年9月、隣国イラクが、イランを軍事攻撃しました。1988年8月の停戦まで続いたイラン・イラク戦争の始まりです。

 リダさんが言います。
 「何もかもが破壊されました。家も建物も、すべての生活が壊されたのです」

 さらに、日々の生活に違和感もありました。
 「小学校生活の時期は革命後でした。学校では毎朝、『米国に死を』と言わされるんです。なんで外国のことを悪く言わないといけないの、って。誰かの『死』を考えて迎える朝なんて、本当に嫌でしたね」

 「革命と戦争を経て、社会は私にとってどんどん息苦しなり、とうとう暮らせない状況になったのです」
 
 1991年11月、一家はマルタに逃れ、その後、マルタ国籍を得ました。

 「生まれ育った『国』を喪失したのです。革命後のイランでは、『イラン人らしさ』を強く意識させられ、国民としての一体性を求められているようでした。国民性、ナショナリズムって何だろう、と考えるようになりましたね」

 好きな絵を学ぼうと、マルタでは芸術やデザインの学校に通いました。創作の根底にあるのは、3歳のころ、戦争のまっただ中で描いた一枚の絵です。

 「この絵を描きながら、母に尋ねたそうです。なんで太陽が歌って踊れるような世界ではなくて、人々は殺し合うの、って」

 そのときに抱いた素朴な疑問は、いまでも変わりません。

リダさんが3歳の時に描いた絵。母親に「なんで太陽が歌って踊れるようにせずに、人々は殺し合うの」と尋ねた。

リダさんが3歳の時に描いた絵。母親に「なんで太陽が歌って踊れるようにせずに、人々は殺し合うの」と尋ねた。

出典: リダ・シェラファットマンドさん提供

政治を学び、絵で表現する

 1997年からは本格的に展覧会への出品を重ねます。これまでに、日本をはじめ、フランスやイタリア、米ニューヨーク、上海など世界各地で展示されてきました。

 リダさんは、国際関係学の博士号を得るため、2013年からは英国の大学院でも研究を進めています。

 「世界の平和を祈る絵を描いているのに現実の政治を知らなくて、『夢見る少女』という風に見られていると感じました。ちゃんと学び、それを絵で表現したい、って思っています」

リダさん作の油絵「Affinity」

リダさん作の油絵「Affinity」

出典: リダ・シェラファットマンドさん提供

 描き上げたばかりの油絵に、国際政治の学術書に着想を得たものがあります。
 ロンドン大学東洋アフリカ学院のアーシン・アディーブモガッダム教授が書いた「サイコ―ナショナリズム」(2018)という本です。

 「サイコ」には「心理の」をはじめ、「精神病質の」という意味もあるので、「異常心理的な国民主義」というような訳が当てはまりそうです。

 この本の主題はイランです。イランにおけるナショナリズムが歴史的にどのように形成されたのか、批判的に考察されています。「米国第一」を訴えるトランプ米大統領にも触れながら、国家が国民の一体性を過度に強調することには負の面がある、と論じます。

ロンドン大学東洋アフリカ学院政治国際学部のアディーブモガッダム教授。2018年12月、来日した際に撮影した。ジェトロ・アジア経済研究所が招き、東京と京都で講演した。

ロンドン大学東洋アフリカ学院政治国際学部のアディーブモガッダム教授。2018年12月、来日した際に撮影した。ジェトロ・アジア経済研究所が招き、東京と京都で講演した。

出典: 朝日新聞

 「あ、これこれ、私がイランで体感したことだ、って思いましたね。国民の一体感を生み出すために国家が強調するのは、国民としての誇りや外国からの脅威です。歴史上の様々な話が、一体性をつくるために『物語』として使われることも多い。国家が国民をひとまとめにして、操りやすくするためだと思います」

 「だから、革命と戦争の流れの中でイランでは、『イラン人らしさ』を求められ、それに縛られる息苦しさがあったんだ、と思っています。我々イラン人は誰よりも誇り高くて偉いんだぞ、と言っているようでした。アディーブモガッダム教授は『イランよ、もっとリラックスしなさい』と諭しているようで、彼の論考にはうなずけるところばかりでした」

 リダさんはこういう考えを「イランの魂」という作品で表現しました。

リダさん作の油絵「イランの魂」

リダさん作の油絵「イランの魂」

出典: リダ・シェラファットマンドさん提供

根付いた花、束ねられた花

 リダさんが解説してくれました。
 
 「地面に根付き、無数の白い花々が咲き誇る。そこには、それぞれの個々が散り散りにはならない安心感と健全性がある。帰ることのできる故郷や郷土、守るべき大切な家族や友人といった集まりを想像できると思います」

 その一方で、絵にはまったく別の表情があります。

 摘み取られ、意図的に束ねられたピンクや黄色、白い花々に黒い影がつきまとっています。
 「つくられたひとつの国民性のもとに、我々『○○人』は他の誰よりも優れている、と強調されることがあります。そうなると、自分たちのことを優先的に考えるようになり、相手のことは大事に考えなくなりがちです。そこには、相手に対する攻撃を許してしまう恐れもあります」

 ここに、リダさんの考え方が表現されます。

 「共通の国民性、国民主義のもとに個々人がまとまることには、良い面も悪い面もある。なので、バランスが大事なのでしょう。一体的な国民性のもとで、私たちは相手に優しくなれることも、攻撃する恐れもあるんだと思います」

 リダさんは、日本の人たちに自身の作品を知ってもらえることに喜びを感じます。

 「普段は目には見えない現実を絵画で表現して、世界を少しでも暖かく、そして、安らげる場所にしたいのです。普段は見過ごしてしまう政治の問題でも私たちに関わっている。戦争と平和、国家と宗教、アイデンティティー。絵を通じて、そういった問題と私たちの社会の橋渡しになりたいですね」

 リダさんが絵の着想を得た本の作者、ロンドン大学のアディーブモガッダム教授は述べます。

 「リダの優しい筆遣いに、見る者は平和と愛を感得するでしょう。彼女の絵はことばなのです。そのことばは、私の研究テーマに共鳴します。私たちの存在はその根底で、人類という共通する集いの場において連帯している、と」

リダさん作の油絵「愛の鼓動」

リダさん作の油絵「愛の鼓動」

出典: リダ・シェラファットマンドさん提供

「争いに、私は優しい花を」
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リダさん作「奇跡が起こるとき」
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出典:リダさん提供
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