連載
#3 どうぶつ同好会
繁殖手がけたゾウガメ60頭以上、カメレース実況もスゴい凄腕飼育員
いろんな爬虫類を身近に感じられることが人気の静岡・伊豆半島の動物園「iZoo(イズー)」は、ゾウガメの繁殖が盛んなことでも有名。その陰には、これまで60頭以上の誕生に関わってきたベテラン飼育員・渥美良さん(46)の存在が欠かせません。カメの生活リズムに寄り添い続ける姿は「彼にしかできない」と同僚が舌を巻くほど。名物のカメレースの実況もバラエティ番組で紹介されるなど、園の人気を支える凄腕の素顔に迫りました。(朝日新聞経済部・志村亮)
静岡県河津町の伊豆急行河津駅から海沿いの国道135号に出て、南方に進む。太平洋の波しぶきを感じつつ、坂をのぼり切ったあたりに爬虫類中心の動物園「iZoo」はある。カメ専門の「伊豆アンディランド」から2012年に経営を受け継いだ。
渥美さんは、駅近くの自宅を午前4時半に出る。この道のり約2キロを歩いて、いつもの日課が始まる。午前5時に職場に着く。草食のカメにはニンジン、小松菜、バナナなど、肉食は鶏頭、アジなどを食べやすいよう刻む。草食、肉食にかかわらず、すべてのカメのエサを食べやすく刻む包丁は、刃と柄の「一体型」。刃に柄を取り付けたタイプは「結構乱暴に扱うので壊れやすい」。それでも2、3年に一度は買い替える。
エサの準備後は、ゾウガメの飼育室をデッキブラシで掃除する。午前9時の開園から客の案内も加わる。
冬をのぞく平日は午前11時と午後2時の2回、園内で開かれるカメレースを実況する。番号を付けたイシガメなど10匹を競争させ、見物客に1着をあてさせるゲーム。「お客さんが喜ぶ顔をみるとうれしいので」という熱のこもった実況ぶりは、かつて「モヤモヤさまぁ~ず2」(テレビ東京系)で紹介されたほどだ。
午後5時に閉園。広場から飼育室に戻ったゾウガメたちにニンジンを与える。後片付けを済ませ、午後5時半には園を出て、また歩いて帰る。
このような生活を22年間、黙々と積み重ねてきた。
幼い頃から水族館へのあこがれがあった。大学で海洋学を学んだが、「箸にも棒にも引っかからず」就職活動に失敗。卒業し、うちひしがれて故郷の静岡県島田市に戻った翌日、ハローワークを訪れると、伊豆アンディランド飼育員の求人があった。特に何も聞かれなかった。いつから来られるかと逆に聞かれ、仕事が決まった。
iZooは400種2千匹の爬虫類を飼育する施設で、希少動物であるゾウガメの繁殖で知られる。渥美さんは、ゾウガメ五十数頭を含むカメをもっぱら担当。昨春も、アルダブラゾウガメが8匹孵化した。これまで飼育員として誕生にかかわったゾウガメは60頭以上にのぼる。国内の動物園では屈指の数という。
だが、コツを尋ねると「特に何もしていません。勝手に増えます」と言う。
時期が来ると、メスが地面に穴を掘り始める。産卵のサインだ。陣痛促進剤を注射し、卵を産んだら孵卵器に移す。「それだけです」と言う。
カメに驚かされたことはあるか。「特にないです」。カメは飼育の対象か、それとも仲間か。「飼育の対象です」。どんな質問にも淡々と応じ、自ら進んで知識を語ることはない。
もちろん、海に近く密林に囲まれたiZooの優れた環境、カップルの相性の良さといった要素は大きいに違いない。でも、渥美さんが守る一定のペースも、ゾウガメたちに安心感を与え、繁殖を促しているようにみえる。
iZooの爬虫類部門主任、森悠さん(26)は「動物の繁殖にはストレスのない環境が重要。でも、人間はいろいろ忙しい。あそこまでカメの生活リズムに合わせていくのは、彼にしかできないことだと思います」と話す。
うずくまる推定年齢130歳のガラパゴスゾウガメの尻尾を渥美さんがさするとのんびり立って首を伸ばした。のどをなでられて気持ちよさそうだ。
ゾウガメは200年生きるといわれる種もある。自分より早く死ぬ人間をどうみているのでしょうね――。目が光った。「そういう擬人化はよくない。カメはカメの常識の中で生きているんです」。プロのまなざしだった。
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