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太ズボンも話題、吉田輝星投手 同じホテルの記者が見た「絶対音感」
夏の甲子園の快進撃で、一躍「時の人」になった秋田・金足農業高校の吉田輝星投手(17)。プロ野球の日本ハムへ入団が決まり、「不安」と語る入寮も控えています。吉田投手が高校2年生だった時から秋田県内の高校野球を取材してきた記者は、「成長」を強く感じました。(朝日新聞秋田総局・神野勇人)
「スクランブルエッグしか作れないんですよ」。2018年12月中旬、秋田市内で取材に応じた吉田投手が笑いながら明かしてくれました。初の寮生活を前に、自分の身の回りのことを少しでもやるようになったとか。
「たまに手伝いをしたり、腹が減ったら何か自分で作ったりします」。恥ずかしそうに笑顔を織り交ぜながら、詰まることなく、すらすら質問に答えます。
各都道府県にいる朝日新聞の記者は、夏の甲子園大会の主催社として、代表校と同じホテルに泊まり、同じ釜の飯を食べ、選手たちの一面を知っていきます。記者も昨夏、金足農の選手たちと同じホテルに泊まりました。
印象的だったのは、決勝の翌日の自由時間。ホテルにあったピアノの前に座った吉田投手は「自分、絶対音感あるんですよ」と真顔で話し、鍵盤を触り出しました。
「これ何の音かわかりますか」。音感のかけらも無い記者には、それが何の音かわかりません。するとすぐに「ラですよ」。
「天は二物を与えないのでは…」と、ただただ驚いた記者。しかし、あとからもう一度本人に尋ねると「あー、ウソですよ(笑)」。おちゃめな一面に、一本取られました。
高校2年の時から140キロ超の直球を武器に、エースとしてチームを引っ張っていた吉田投手ですが、当時は冗談を飛ばすタイプに見えませんでした。緊張していたのかもしれませんが、印象に残るのは表情を変えずに淡々と短く質問に答える様子です。「面倒くさそうだな…」と感じることもありました。
県内でライバルとして知られ、同じくプロの世界に飛び込む明桜の山口航輝選手(18)が人なつっこい笑顔で話すのとは対照的でした。
当時は「1人で試合を背負うことが多かった」と吉田投手は振り返ります。2017年の夏の秋田大会決勝。吉田投手は打ち込まれ、六回5失点で降板しました。父の正樹さん(43)は、降板する吉田投手が救援に入った先輩にボールを投げ渡した「悪態」を、帰宅後に叱りつけたと明かします。
新チームになり、主将とは別にチームをまとめる「チームキャプテン」を吉田投手は任されました。中泉一豊監督(46)には、我の強さを抑えて、チームプレーの意識を根付かせる狙いがありました。
「自分がしっかり行動しないと、周りもついてこない」。率先して素早く動き、走り込みで1位を目指すようになりました。2年の夏に甲子園出場を逃した悔しさが、「一匹狼」だった吉田投手を変えたのです。
冬期間のある日、菊地亮太捕手(18)は吉田投手に突然、「(気温)何度?」と聞かれました。答えに窮すると、吉田投手は「第1シード!」と声を上げます。それ以来、みんなに「何度?」と問いかけ、「第1シード」と引き出すことで、「秋田大会の第1シード獲得」という目標を浸透させていきました。
弱気な発言を耳にすれば改めたがる吉田投手について、菊地捕手は「正直、うっとうしいと思っていた」と苦笑いをします。
吉田投手は今でも「とりあえず口に出すことから始まって、だんだんと現実になっているので(言霊は)大事にしています」と話します。
そんな「熱い」一面を知り、記者は驚きました。ただ、全体練習以外で吉田投手が毎日2時間も3時間も長靴を履いて走り込むのを、他のナインは見てきました。そんな姿を知っているからこそ、吉田投手の熱いこだわりを受け止めたのです。
もちろん、冬の成長は精神面だけではありません。雪中を走り込んだり、チームで1番重い打川和輝選手(18)をおんぶして坂を上ったり…。腰回りはそれまで以上にがっちりしました。入学前に買った制服も小さくなり、先輩の「お下がり」をもらったといいます。「最初はかなりダボダボだったのですが、だいぶキチッとなってきました」と笑います。
SNS上で話題となった学ランの太いズボン姿は、こういう理由からでした。
好きな言葉に挙げたのは「覚悟」。覚悟を持って一冬を越した3年の春には、前年までの課題だった制球力を見事に克服していました。そして時折、白い歯(マウスピースも)を見せながら、仲間への声かけも欠かしません。エラーした仲間にいらだっていた頃の吉田投手に比べ、一回りも二回りも大きく見えました。
夏の秋田大会では全5試合を1人で投げ抜いて前年のリベンジを果たすと、甲子園前に発売される「週刊朝日増刊号」のグラビアを飾り、一躍「時の人」になりました。
甲子園を勝ち上がって日に日に集まる注目にも、「注目以上のことをすればもっと注目されるので、それ以上に『やってやろう』という感じでした」との強心臓ぶり。「相手がだんだんと強くなると、期待が高まっていって楽しかった」と当時を振り返ります。
実力に加え、十分すぎるほどのスター気質も兼ね備えてプロの門をたたく吉田投手。言霊を意識して、最近は「オリンピックに出る」と宣言しているそうです。吉田投手の1ファンとして、次のステージでの「成長」が楽しみです。
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