連載
#58 平成家族
「学校に行かない選択肢があっていい」 不登校の子と母に訪れた転機
不登校になる子どもは平成に入って増えています。文部科学省の調査では、年間30日間以上学校を休む小中学生は、2017年度に14.4万人。68人に1人の割合です。それでも、「学校に行くのは当たり前」という考えは根強く、時に不登校の子どもや親を悩ませることも。子ども3人が不登校となった女性も、最初は「学校に行った方が良い」と思っていましたが、いまは「行かない選択肢があっても良い」と考えるように。変化の経緯を聞きました。(朝日新聞記者・沢木香織)
京都市の小倉美樹さん(49)の長男時駆(はるく)さん(17)は、中学1年の時に不登校になりました。
受験して入った私立中学校の勉強のペースについていけず、入学して数カ月たつと、だんだんと休みがちになりました。学校に送り届けた車の中、時駆さんがつらそうな様子で教室に向かう姿を見守る時間が長くなっていきました。
「休めば休むほど勉強についていけなくなっていたので、行った方が良いと思っていました。私にとっては学校に行くことは当たり前で、当時は私の中に『学校に行かない』という選択肢はなかったんです」
学校からも「学校に来てほしい」と言われました。しかし、ストレスで持病のアトピーが悪化。文化祭が終わった10月、時駆さんは糸が切れたように学校に行けなくなりました。
「このままで良いのか。学校に行かせた方が良いのか」「不登校の子は将来どうなるのか」
小倉さんはネットや図書館で答えを探しましたが、情報がありすぎて、何が正しいのかわかりませんでした。
「休んだら良いよ」
そんな頃、学校に行かず、子ども自身がルールをつくり、何を学ぶか自発的に決める「デモクラティックスクール」に子どもを通わせている友達に相談すると、こう声をかけてくれました。しんどい思いをした分、体と心を休ませたら良い――。「あせってもしょうがないんやな」。経験者のアドバイスは、小倉さんの心にしみこんでいきました。
時駆さんが1年半ほど自宅で過ごしていた期間は、小倉さんにとっても試行錯誤の連続でした。時駆さんは自信を失い、時折「死にたい」と口にすることがあり、不安に駆られました。
将来何を学びたいかイメージしてもらおうと一緒に大学の文化祭に行ったり、好きな絵を楽しんでもらおうと美術作品を見に行ったり。同じ本を読み、ゲームをする中で、自然に会話する機会を増やしました。関心がありそうなことがあれば教え、動き出すのを待ちました。
自身や夫の親からは「学校に行った方が良い」と言われました。「私も最初は『行って当然』と思っていたので、仕方がないなと思いました。でも、説明してもなかなかわかってもらえないことに、しんどくなることもありました」
中2の3月、時駆さんに転機が訪れます。小倉さんがたまたま見つけたフリースクールのイベントを見に行きました。フリースクールに通う生徒と参加者が一緒に議論するワークショップで、学校でつまずいた年上の子どもたちが、生き生きと自分の経験を語る姿を見て「ここなら変われるかも」と時駆さんは思ったと言います。
その頃、小6だった長女(13)と小3だった次女(11)も、日頃学校で感じるストレスが体調に表れ、休みがちになりました。小倉さんは時駆さんの経験があったから「2人にとっても休憩の時期」と思い、無理に学校に行かせることはしませんでした。小学校のカウンセラーも「無理に行かなくても良いよ」と言ってくれ、できるペースで勉強を続けることにしました。
時駆さんはいまフリースクールに通いながら、通信制高校でも学んでいます。フリースクールでは社会問題を議論する「ゼミ」の授業が大好き。プログラミングにも挑戦しています。妹2人も、音楽や英語などそれぞれに関心のあることに取り組んでいます。進学など、次の道をどう選ぶのかも考え始めています。
小倉さんは子どもたちの前向きな変化を両親にできるだけ伝え、少しでも安心してもらうよう心がけています。「どう距離感を取るか簡単に答えは出ないけれど、親世代の価値観は理解できるし、応援してくれていることもわかっているので」
同じ経験をした親同士のつながりが、支えになっていると言います。
時駆さんが通っていた中学校の保護者会で「うち、学校に行けてないんですよ」と打ち明けると、ある母親が「実はうちも上の子が不登校だった」と言って経験を語ってくれたことで楽になりました。
時駆さんと同じフリースクールに子どもを通わせる親たちでLINEのグループをつくり、自分が役に立つと感じた情報を共有するようにしています。
「こんなに明るい不登校の子のお母さんがいるのね」
ある時、小倉さんが親の集まりで不登校になった経緯を語っていると、これからどうすれば良いか悩んでいる母親からそう言われました。「不登校に対する世の中の偏見で苦しんでいる親はたくさんいると感じます。親の会に参加しようと思っても難しい人もいる。ネット上のグループなど、心地よい場所を見つけて、お母さん自身が元気になってほしい」
小倉さんはこう言います。
「この子たちは凸凹で、できないこともあるけれど、不安はありません。学校に行けなくなり、立ち止まったことで、何のために勉強が必要で、何のために働くのかを真剣に考えている。学校に行かないといけないという時代は変わる。選ぼうと思ったら選べるような多様な価値観と、学校以外の学べる場所が、もっと広がってほしい」
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