地元
おっさんテツ記者の「運転士」体験 「前方よし。出発、しんこー」
琵琶湖の東側、滋賀県の米原から彦根などを結ぶ近江鉄道。電車は全部西武鉄道のお古で、揺れと音から「ガチャコン」のあだ名で親しまれてきました。とは言え経営は厳しく、車内でビール飲み放題の「ビア電」などイベント電車に知恵を絞ってきました。最近のヒットは、彦根駅構内で実際に電車を運転する「運転体験」。参加費1万円にもかかわらず、毎回抽選になる人気企画です。彦根駐在4年目、テツ歴ウン年の記者がふと申し込んだら……当たっちゃいました。50歳の「運転士」体験です。(朝日新聞彦根支局・大野宏)
11月3日、彦根駅前の近江鉄道本社に、厳正な抽選をくぐり抜けた25人が集まりました。東京や埼玉からの参加者もあり、年齢も保護者に付き添われた9歳の小学生から60歳まで、そして全員男性です。
講師役は運転経験10年以上の藤本繁浩運転士(37)です。まずは、乗務前のアルコールチェックを実演。「前夜の深酒は厳禁。あんパンや栄養ドリンクでもひっかかることがあります」。参加者も何人か試してみましたが、無事クリアでした。
続いて取り出したのが「仕業表」。1日の乗務日程が分刻みで記されています。「普通の日で270㌔。休日など乗務員の出番の少ない日は300㌔を超えることもありますが、ちょっと嫌ですね」。参加者に配られた仕業表を見ると、乗務は4回で1回30秒と記されていました。電車が動く仕組みや運転台の機器配置を説明され、修了証書をもらって、いざ駅構内へ。
今回使う車両は近江鉄道802形。昭和42(1967)年に作った通勤電車401系を、親会社の西武鉄道から譲渡されました。彦根駅構内の工場でワンマン運転ができるように改造し、コーヒーの「ダイドードリンコ」のラッピングを施しました。
同社の彦根工場は大胆な改造手腕で知られています。開業100周年を記念して作った701形「あかね号」は、「特急?」と見まがう外見で、体験で使った200形と同じ401系が元とは思えません。3年前に初めて実施された運転体験で使われた220形は、走行装置は戦前戦中に主流だった「吊り掛け駆動」(車軸と台車枠にモーターをつりかける駆動方式)、ブレーキは平成の最新型で、複数の動物が混ざった妖獣「キメラ」に例えられました。200形も車体前面を取りかえてるので「顔つき」は西武時代とは一変。単なる改造の域を超えているとしてファンに「魔改造電車」「1/1鉄道模型」とか呼ばれるゆえんです。
「同じ電車から改造してもブレーキの癖が1台1台違います。新型ならお客さんの重量で効きを変えてくれるものもありますけど、うちの車両のほとんどは運転士のカンも大事になります」と9年目の飯田樹生運転士(30)。初めての乗務の時は「手汗で手袋がべとべとになるくらい緊張しました」と白手袋を配りながら教えてくれました。
近江鉄道は米原からしばらく東海道新幹線と並走します。とはいえ、並ぶ間もなく追い抜かれてしまうのですが、新幹線の運転士にうらやましがられることもあるそうです。
近江鉄道は駅間が短く、スピードに乗ったかと思ったらすぐブレーキ、の繰り返しです。時速300キロで走る前方を注視しなければならない新幹線の運転士と比べれば、近江鉄道の運転士の場合、じっとしている時は極端に少ない。「新幹線は操作が全部記録され、後で『なぜあそこで加速した』『どうしてブレーキを入れた』と追及されるそうですよ」と飯田さん。「僕らは雨や風で変わる状況を、ほとんど全部自分で判断して運転してます」
体験コースは約100㍍。運転士が脇で見守る中、1人が4回運転します。時速15㌔より出過ぎないよう、モーターを操作するマスコントローラー(マスコン)は調節済みです。この日のために自動列車停止装置(ATS)を設置し、両端には古い枕木を束ねて車止めにしてあります。
参加者は前後の運転台に分かれました。記者は北向きの「上り」から始める6人中5番目です。先に乗務する人は経験者が多く、慣れた手つきを見て焦りが増します。あっという間に順番が来ました。
いすの高さと位置を合わせ、前照灯をつけて、マスコンとブレーキハンドルの操作感を確かめ、やっと腹が決まりました。「前方よし。出発、しんこー」と左手で指差喚呼。右足ペダルで汽笛を鳴らし、ブレーキを緩めてマスコンを動かすと、2両編成の電車がじわじわ動き出しました。
15㌔を超えてはいかん、とメーターをにらんでいたら、突然警告音が。「左足でデッドマンペダルを踏んでないでしょう。電車止まっちゃいますよ」。運転台の左下には、放すと効くブレーキペダルがあり運転手が不用意に運転位置を離れた際の危険を防いでいます。飯田さんに言われて、初めて操作を思い出しました。
ペダルを踏み直し、マスコンを戻すと、ブレーキ位置の目安を示す看板が迫ります。ノッチ(刻み)を二つ右に動かせばいい、と前の人を見て覚えていたのに、三つ進めてしまい、あわてて一つ戻します。どうにか止まりました。飯田さんが電車の前をのぞきこみ「プラスマイナスゼロです。運転士のセンスありますね」とおだててくれました。あきらかに偶然とは言え、気分はいいです。
体験コースは微妙にすり鉢状になっていて、上りと下りでブレーキの利きが違います。旧国鉄の制服で千葉県から参加した男性(56)は全国各地で運転体験をしており、近江鉄道は今回が7回目だとか。「車両によっても毎回運転感覚が違う。この難しさが面白い」と力説してくれました。
ただ、記者はそこまで余裕が持てず、子どもの頃からの夢がかなったのに「ATS(自動列車停止装置)が作動されずにすんでよかったなあ」というのが正直な感想でした。つけていた心拍計をチェックしたら、運転台に座っただけで心拍数が上がっていました。
2回目も良い感じで止められたのですが、下りに移り、せっかくだからと運転士の制服と制帽を借りての3回目は手前で止まってしまいました。最後は鉄の塊を動かす感触をじっくり味わおう、と余裕を持って操作したら、運転士の梅本昌彦さん(25)が「2メートルくらい行きすぎてます」。
直前に運転した人が、いすを一番下に下げたことに気づかず、そのまま座ったので、目線の高さが変わったのが原因だと指摘されました。慣れたと勘違いした素人ほど怖いものはないと、改めて実感させられました。
机上講習を受けた近江鉄道本社と、運転体験をした駅構内の間には「辛苦是経営」と刻まれた石碑があります。旧彦根藩士を中心に創業されて以来120年間、厳しい経営を強いられてきた歴史の象徴です。
1898年に彦根―愛知川間で開業しましたが、その直前には用地買収で資金難に陥り、当初の経営陣が総退陣しています。「辛苦是経営」は旧藩士として最後まで役員を務めた西村捨三が残した言葉です。
鉄道事業は94年度から赤字続きで、2017年度は約3億5千万円の赤字。イベント列車で営業収益を増やしても、施設の老朽化による管理コストの増加が上回ります。向こう10年間の設備投資が過去10年の1・5倍になる試算も出ています。
同社は昨年、「民間企業単独で鉄道を将来的にも支えるのは困難」として県や沿線市町に協議を求めました。県は鉄道設備を自治体や第三セクターが保有し、民間で運営する「上下分離方式」などを調査しています。
「今あるものを大事に使う」発想の上に、今回の運転体験もあります。企画した古川尊士・鉄道営業課主任(39)は「車両の種類が豊富で、駅に付随して車庫と側線がある利点をいかしました」。15年10月の初実施以来、予想以上の人気が出て、今回で10回目となりました。
現役車両はほぼ全種登場しましたが、1種「とっておき」が残っています。ブレーキレバーに刻み目がなく、その操作はプロの運転士でも難しいといいます。「運転体験リピーター限定企画として募集するかも知れません」と古川さん。その日が来るまで、ゲームセンターで練習しておこうと思います。タイトーの名作「電車でGO!」。うまく出来た試しないんですけど。
1/11枚