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「クイーン」ブーム、手放しで喜べない理由 公開5週目の異常事態
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「Queen」(クイーン)を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」の人気が止まりません。公開2週目に起きた「異変」は配給会社が「異常な数字」と驚く現象にまで広がっています。「ロックオヤジ」だけでなく20代の若者にも「自分語り」や「感動の共有」をさせる魅力。いつのまにか「家族で見る映画」になった裏側には現代人が抱える「孤独感」も見えてきます。クイーンブームの背景を探りました。
「人生の苦しみや深い闇の部分も歌に込められて、あの名曲の数々が生まれたと思いました」(60代女性)
「ノンフィクションではない部分もあることは分かっていますが、そんなこと抜きにコンサートとして見に行って欲しい映画です」(50代男性)
「クイーンの曲が流れると、青春時代が戻ります。もちろん私の青春は大昔ですが、心は今も青春そのもの」(50代女性)
「ボヘミアン・ラプソディ」について朝日新聞に寄せられたメッセージの一部です。自分の人生と重ね合わせたり、マイノリティについて考えさせられたり、多様な感情が映画によって引き出されているようです。
これまで2回この映画を見たという、東京都在住の会社員、柳澤李子さん(25)。1回目は友人と、2回目は父親とでした。
20代の柳澤さんは「フレディの重たい面」が心に残ったと言います。
2回目を見終わった後、柳澤さんは父親とカフェに立ち寄り、小さな音でスマートフォンからクイーンの曲を聴いたり、歌詞の意味を考えたりして語り合ったそうです。
「奇抜なステージをしていて、影響力のあるフレディは、私たちからすれば遠くの存在だと思っていました。この映画を見て、自分たちと同じ、孤独感や愛を求めていたことを知り、近い存在として感じられるようになりました」
フレディが映画の中で盛大なパーティーをしているように、柳澤さんも大学生時代、そんな場所に足を運んでいたこともあったそうです。
「自分がこれからどの道に進んでいくのか、自分はどういう性格なのか、自分が何者かわからない時に、憂さ晴らしで大勢の人がいるところに行くこともありました」
「でも、何もつかめない。帰ると、孤独を感じていました。今、みんなが『自分が何者か分からないと感じている時代』だからこそ、多くの人に響いたのではないでしょうか」
「最終的な興行収入の8割は、公開から2週間で稼ぐ」と言われる映画業界。「公開1週目の土日の興行収入の5倍が最終の興行収入になる」とも言われています。
1週目の土日、3億5439万円を記録した今作。日本の配給会社「20世紀フォックス映画」マーケティング本部長の星野有香さんは、「宣伝マンとしては、必達の20億円は超える見込みが分かったので、ホットしました」と振り返ります。
ところが、その後「異変」がおきます。
2週目の土日、映画業界の「通説」なら前週割れするはずが、3億8850万円と興行収入を伸ばしました。3週目の土日は、3億9502万円とさらに右肩上がりの傾向を示しました。
超大作「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」の公開で、全国の総座席数が大きく減ったにもかかわらずです。
4週目の土日も興行収入が前週を上回る右肩上がりになり、公開以来最高を記録しました。前週比25.6%増の4億9604万円です。割引になる「映画の日」と重なったことを考えると、「異次元」の数字です。
5週目の土日も、5億717万円の興行収入を上げます。まるで、フレディが右手を顔の前でクロスさせて天を突くように……。この段階で、累計観客動員数が、320万1505人、累計興行収入が43億9670万円と奇跡のような数字になりました。
「このヒットは、私の予想をはるかに超えています。若い人、女性、ふだんは映画館に来ない人に広がっています」と星野さん。
ちなみに超大作でスクリーン数が倍以上ある「ファンタビ」の興行収入が、映画業界の「通説」通りに前週比マイナスで推移していることからみても、「ボヘミアン・ラプソディ」の「異常さ」がわかります。
星野さんたちは、興行収入の目標を、「必達20億円、目標40億円」から、この時期に「目標70億円」に上方修正したそうです。
「東京など大都市の映画館は、満席で入れない状態が続きました。興行収入が伸びているのは、地方に熱が広がっているからです」
「普通の映画だと、11月上旬に公開された映画は、冬休み前に終わってしまいます。5週目ともなると、普通はどこでも上映をやっていないという感じです」
星野さんたちは、検索サイト「Yahoo! JAPAN」(ヤフー)やソーシャルメディア「Twitter」(ツイッター)による動向も分析していました。
「ボヘミアンラプソディ」で検索した人は、公開前の10月1日から10月31日までと、公開後の11月9日から11月25日までを比較すると、公開前男性が6割を占め、また50代が中心だったそうです。しかし、公開後は、女性が6割となり、世代も、20代と50代が中心に変わりました。
星野さんたちが考えた仮説はこうです。
(1)予告編を見る
↓
(2)クイーンファンが駆け付ける
↓
(3)物語性が話題になる
↓
(4)SNSで若い世代が感動を発信する
「見てみたら、もっとよかった」など、SNSを通じて「感動の共有」という行為が広がっていると見ています。
また、星野さんたちが12月4日、公式ツイッターを使って、5万人のフォロワーにアンケートをしたところ、1万2229人から回答がありました。1回見た人が43%、2-5回見た人が40%、6回以上見た人が4%、まだ見ていない人が13%という数字になりました。
星野さんは「同じ映画を普通はそんなに見ません」と言います。
複数回見る、SNSで感動を共有する、50代中心から世代が上下に広がってきている、ということが、この1カ月の動きで見えてきました。
これらの動きをつなぐキーワードが、「自分語り」です。
「ロック少女だったママ、バンドをやっていたパパ、家族旅行の時に車でかかっていたクイーンの音楽……。映画を見た両親が家の中で語り合っている様子に接し、親子の間でコミュニケーションが生まれ、10代、20代の子どもたちがそれを素敵だなと憧れる……」
星野さんは、移民やLGBT、宗教など重いテーマを扱っているにもかかわらず、「家族で見る映画」になった理由を、こう見ています。
12月3日までの映画館別の累積観客動員数で、日比谷、新宿、六本木のシネコンに続いて全国4位に入ったのが、立川の「シネマシティ」です。映画ファンの間では「極上音響」(極音)での上映をすることで知られています。
スタジオでの音楽に近い音を映画館で再現するため、特別なスピーカーやPAを採り入れています。公開5週目の12月9日の日曜日は、3スクリーンを使用し、11回の上映を行い、最後の時間帯以外は満席でした。
同社番組担当の椿原敦一郎さんは「音響設備に力を入れ、これまでいろいろやってきました。そういう下地が十分できていたところに、作品力のある『ボヘミアン・ラプソディ』が飛び込んできたことが、背景にあると思います」と話します。
同じように音にこだわっているのが、沖縄県北谷町にある「ミハマ7プレックス」です。
特別なスピーカーとPAを入れた「凄音」上映をしています。「凄音」での上映は、11月末日までの予定でしたが、12月も延長中です。
マネージャーの國場幸卓さんは、この1カ月の現象をこう見ています。
「音楽でお客さんが来ていると最初は思っていましたが、実際は映画の内容で来ていました」
「40代から60代が中心の映画でしたが、3週目ぐらいから、上は70代、下は20代まで広がり、5週目以降は中学生の部活帰りにまで広がってきています」
私が取材に訪れた12月8日夕方も、白髪の人たちが目立ちました。
映画館には、タイトルを知らない比較的年配の人から、「いい映画をやっているから見に行ってみろ、と言われたんだけど……」という電話による問い合わせが相次います。
「平日の昼間でも100人以上が入っています。そんなことは今までありませんでした。ラストの『ライブ・エイド』までの物語の中で、カタルシスがたまらないのでしょう」
カタルシスとは、展開される世界への感情移入が行われ、日常生活の中で抑圧されていた感情が解きほぐされ、快感が得られること。
「ライトユーザーが映画を見に来るようになりました。『君の名は』『アナ雪』に近いと思います」
最近は、人間ドラマという見方をしていたり、話題の映画だから見に来ていたりする人にまで輪が広がり、平日昼間の集客につながっています。
配給会社によると、興行収入で上位13館までは、音響効果が高い「ドルビーアトモス」など音響にこだわったところでした。上位20館のうち、15館が「応援上映」をしていました。
これは、何を意味するのでしょうか?
「劇場で体験するプレミアムシアターで、映画を見る先駆けになったと思います」と配給会社の星野さんは話します。
「家でDVDやネットを見るのではなく、家から引っ張り出して映画館で見る意味を再定義したと思います」とも見ています。
ヒットの背景を探る中で見えてきた、もう1つのキーワードが「孤独」です。映画では、フレディの孤独感が強調されつつも、2つの家族と和解していく姿を描いています。
「誰かとつながりたい。それも自分のままで」
映画館で見ている自分が、どこか社会の中で感じている孤独感と重なってきて、クイーンの楽曲によってカタルシスを感じさせてくれる……。
歌詞やメロディーラインは、この映画を作ることを前提に作られたのではないかと錯覚してしまうほどマッチしているからです。
どこかで孤独を抱える私たち現代人の心に響き、どこかマイノリティ的な部分を抱えていても「あきらめずに自分らしくがんばっていこう」と、背中を少し押してもらった感覚でしょうか。
「俺はアリーナの最後列の人たち、入場できなかった人たち、シャイな人たちのために、常に歌ってつながっているんだ。批評家やいじめっ子たちを飛び越えられることを見せるんだ。俺にそれが出来れば、誰にだってやりたいことは出来るはず」
これは、フレディの言葉であり、この映画の核となるメッセージです。
「ヒット」「第3次クイーンブーム」と言われていますが、そこに「勝ち組」的な響きがないのがクイーンらしいのかもしれません。
この映画では、クイーンの生き様だけでなく、フレディが抱えていた移民、LGBT、容姿、宗教といったことへの偏見や差別についても、描かれています。
移民やLGBT、容姿、宗教といった問題は、今もニュースをにぎわせているようにホットな話題です。多様性に寛容な社会への道のりは容易ではなく、揺り戻しもあるでしょう。
皆さんは、こういった問題や多様性に寛容な社会、外国人との共生について、どう考えますか。皆さんの経験、意見、提案を投稿してください。
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