連載
石投げられた50年前 脳性麻痺の男性が切り開いた人生、仲間と歌に
広島生まれで59歳の村上昌憲さんが、牛乳パック回収の仕事をするため車の運転免許を取ったのは30歳の時でした。1995年の阪神淡路大震災では、車で荷物を運ぶボランティアをしました。好きな食べ物はイチゴで、毎年、イチゴ狩りに出かけます。氷川きよしが大好きで、家では気が向いたときにCDを流しています。そして、脳性麻痺を持っています。「特別扱いされること」が嫌い。最近、その生き様が歌になりました。障害は特別なこと?
ポップな歌詞は、障害と聞いて身構えてしまう人や、普段、障害を意識しない人たちに語りかけます。
村上さんは現在、電動車いすで日常生活を送っていて、食事や入浴の介助などが必要です。
そんな村上さんの「生き様」を歌にしようと発案したのは、福祉施設の職員としても働く世古口敦嗣さんです。
世古口さんは、福祉施設などが店舗を出したりワークショップを開いたりするイベント「ミーツ・ザ・福祉」(尼崎市で11月に開催)の運営メンバーの一人。
イベントに向けて、障害があることで行動に制約があった人たちが、自らの手で「できること」を増やし、人生を切り開いていった様子を歌にするプロジェクトを提案しました。
世古口さんは「歌にすることで、『障害者運動』という強いメッセージをポップに伝えられると思った」と話します。
作詞作曲は、シンガー・ソングライターのyu-kaさんに依頼しました。
3月に企画を提案してからは月に1回のミーティングに加え、一般の参加者を募集し村上さんに公開インタビューしたり、歌作りの様子をネット配信したりするなどして、多くの人が村上さんの人柄に触れられる機会を設けました。ネット配信を見るなどして村上さんの歌作りの過程に触れた人は、なんと、のべ1100人にのぼります。
そんな一連のプロジェクトを村上さん自身はどう思っているのでしょうか。
「個人的には楽やった。なにも考えずに、思っていることを発言できた。そういうことってあんまりないからなあ」
どういうことでしょうか。
「僕は、特別扱いされると違和感を感じる。忙しいのに僕のことを優先してやってくれるとか、エレベーターで順番待ちしていても譲られるとか。『いや、そこは順番やんか』と思う」
「『してあげたい』という気持ちはうれしい。でも、必要なことは伝えた上でやってもらうけど、必要ないことはやってもらわない。みんなはそうやんか」
ただ、それは「なんでも自分でできるから」と手助けを拒否することではないのだと、丁寧に考えを伝えてくれました。
「助けてもらえることは助けてもらったらいいと思う。でも必要じゃないことをやられると苦痛ということ。必要じゃないことをされると、こっちがあわせることになる。ただでさえ人に合わせにくいのに、合わせるのは大変なことやで」
しかし、歌作りのプロジェクトメンバーには、村上さんが違和感を感じる「特別扱い」がなかったといいます。「僕は体験したことを言っただけ」
そんな村上さんの人生をyu-kaさんは、聞き取り、歌詞にし、歌に仕上げました。
ADHDの発達障害当事者でもあるyu-kaさんは「『生き様を伝える』という点で私が歌を歌う目的と一致しました。絶対に関わりたいと思ったんです」と話します。
ただ、最初は、村上さんはなにができて、なにができないのか把握できていなかったそうです。
「歌作りの過程で、村上さんの人生のエピソードを聞き、村上さんにできることとできないことがわかっていったし、キャラクターもわかっていった」。
曲を作る上で大事にしたのは感情が動いたエピソードを入れること。1番の歌詞にある「生きているだけで石を投げつけられたこともあった」などは、その思いで作り上げました。
プロジェクトを公開してきた理由について、世古口さんは「プロセスが一番大事だった」と話します。
「障害を『みんなごと』にしたかったんですよね」
障害者福祉に8年ほど関わってきた世古口さんは、障害に関心がない人たちに「障害は特別なことではない」と伝えたかったといいます。
「障害は、容姿や性格、好きなものなど人それぞれ違うことと同じ『1つの違い』で、特別ではないんです。だから、障害を理由に関係性がつくられていくのではなく、『好きな人とは仲良く、苦手な人とは仲良くならない』みたいな、障害じゃないところで彼らと関係性がつくられていくのが自然なことだと思います」
「車運転できるの?」「北海道に旅行?そんなことできるの?」「そのバイタリティーはどこから来ているんですか」……。
村上さんを招いた座談会に参加した人たちから村上さんに投げかけられた多くの質問の中に「障害」の言葉がなかったといいます。
「『障害を持った村上さん』ではなく『村上さんというおもしろいおっちゃんがたまたま障害を持っていた』と分かってもらえたような気がします」(世古口さん)。
障害のある人と関わりたいと思ったらどうしたらいいでしょう。
村上さんは言います。
「『なにをしたらいいか』の答えなんかないよ。障害者がいるところに来てもらうしかない。それに、障害者は僕だけじゃない。たとえば、yu-kaちゃんと関わったらyu-kaちゃんのことがわかる。もっと知りたいと思ったら、僕はyu-kaちゃんに直接聞くと思う。そういうことやで」
障害者は一人で旅行にも行けないし、飲みにも行けない。そう思う人もいるかもしれません。でも、村上さんは一人で旅行にも行ったし、居酒屋にも行きます。
障害者の「できる/できない」を勝手に判断したり、障害のある人の「したい/したくない」を制限した時、当事者との間に距離が生まれるのではないでしょうか。
村上さんは話をするときに体が緊張してしまうため、その言葉は決して聞き取りやすいとは言えません。
ただ、2時間ほど話を聞く中で、村上さんの言葉は少しずつ聞き取りやすくなっていったし、村上さんの表情の変化がどんな感情を示しているのかも少しずつわかるようになりました。
障害者と関わりたいと思ったときに何をしたらいいのかと尋ねた時に、村上さんが「何をしたらいいか、の答えなんてないよ」と言ったのは「障害者」というくくりで一人の人をみるべきではないという意図だったのだと思います。
「障害者」だから「手伝う」のではなく、「困っている人」がいたら手伝う。そう置き換えてみるといいのではないでしょうか。
同じ社会で生活する人たちがどんな表情を、どんな言葉を、どんな気持ちを表そうとするのか、知ろうとすることから始まると思います。
もしその人が困っているなら手をさしのべる。そこに障害の有無はあまり関係ないのではないでしょうか。
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