連載
#48 平成家族
子どもへの「お弁当作り」は愛情の証し?「つらい」と吐露しても……
インスタグラムで「#弁当」と検索すると800万点近い画像がヒットします。美術館で企画展が開かれたり、海外で写真集が人気だったりと、小さな器に創意工夫を詰めた弁当は日本独自のカルチャーですが、子どもへの弁当となると、途端に愛情の証しのように言われ、苦しい思いをする人たちがいます。(朝日新聞記者・中井なつみ、田中聡子、長沢美津子)
「お昼ごはんには、お母さんの愛情弁当が一番! 愛情が詰まったお弁当は、子どもにとってなによりの栄養です」
東京都内の認定こども園の入園説明会で、男性園長は当然という口ぶりで親たちに語りかけた。長男(4)の入園を控えて出席していた会社員の女性(35)は、続く言葉に耳を疑った。「共働きの方などは業者のお弁当を注文することもできますが、頼む方は基本的にいらっしゃいませんね」
女性が住む地域は待機児童が多く、3年前の春にようやく入れた園は、3歳までしか通うことができない認可外保育園だった。2回目の保活で、ようやく小学校入学前までいられる認可保育施設の内定を得たが、そこは50年以上の歴史がある幼稚園が母体となった認定こども園だった。
会場のスクリーンに、弁当を食べる子どもたちの写真がプロジェクターから映し出された。食育に力を入れているという園長の話は続いた。「お弁当箱を開いたときのお子さんの笑顔は格別。お弁当のやりとりで、親子の愛情が深まります」
それまで通っていた保育園では給食が出た。育休明けからずっとフルタイムで働いてきた女性は、給食をとても頼りにしてきた、という。「自分が作ったことのない料理が出てくるし、家では好き嫌いを主張して食べない野菜も、先生の声かけがあって、ずいぶん食べられるようになっていましたから」。
こども園でも、保育園での給食に代わるものとして、業者の弁当を利用しようと思っていた。「でも、その選択ができる雰囲気ではなかった」という。
弁当を作らない選択をするのは、ひどい親なんだろうか。女性は入園後しばらくは家から弁当を持たせることにした。
負担は大きかった。他の家事に十分に手が回らなくなってきたり、時間に追われてイライラしたり。弁当のおかずも、毎日同じようなものになって、栄養バランスの面も不安になった。
ある日、担任に翌月からは業者の弁当を注文したいと伝えた。
担任は、理由を聞くだけでなく、「周りの子どもたちが、『なんで○○くんは違うの?』って言うと思いますよ」「お母さんの愛情をお弁当で感じているから、やめると息子さんはどう思うかしら」と、考え直すように言う。
返事に困っていると、「空の弁当箱だけでも持ってきて。私たちがコンビニで買ったおにぎりを詰めてあげる」と提案されて、あぜんとした。
「『栄養のため』『食育のため』と理由をつけていますが、『母親が作った』ことを神格化したいだけに思えました。ならば、弁当に固執せず、子どもと一緒に別のことに時間を使いたい」
長男は今、クラスで数人しかいないという「配食弁当組」だ。さみしい思いをしないか様子を見ていたが、「おいしかった」「初めて見たお料理が入ってたよ」と報告してくる。女性も、「おうちで食べられないものが食べられて、すごいね」と返す。
弁当作りがなくなって余裕ができた時間は、長男と絵本を読んだり、ゆっくり話を聞いたりする時間に充てられている。
「愛情は、弁当以外で伝えられればと思います」
宮城県内の女性(48)は1年ほど前、「お弁当がつらい」とSNSに投稿した。ついたコメントにこうあった。
「週末に1週間分作り置きして、小さいトレーに入れて冷凍してる」
「時々は、冷凍食品やできあいのお総菜に頼るのも仕方ないですよ」
おかずの「作り置き」とは、なんて立派なんだろう。「時々」どころかほぼ毎日、冷凍食品や買った総菜を使っている。
息子の高校入学を機に始めた弁当づくりは、半年になっていた。夫は単身赴任中。女性は早朝からコンビニでパート勤務をしていて、朝5時に起きても時間に余裕はなかった。
最初は、自分でおかずを一から作ろうとしたが、睡眠時間が削られて断念。出費を考えてスーパーの値引き総菜を買い、冷凍食品も駆使しながら、「なんとか楽にならないか」と書店で弁当のレシピ本を探した。
だが、簡単や手軽さをうたいながら、本に並ぶのは、きらびやかな弁当ばかり。日々の弁当づくりを助けてくれる「技」は見つからなかった。
それならと、息子の意見を聞きつつ、月曜日はおにぎり3個、火曜日はおにぎりとおかず……と「パターン」を決めることに。
「おにぎりは息子の希望で、足りない時は学食でフライドチキンやポテトを買うそう。おかずを持たせる日は鶏のからあげ、ブロッコリー、プチトマト。たまに卵焼きやポテトサラダ、前日のおかずの残りです」
それでも、日々の弁当作りは苦痛だ。SNSにはキャラ弁やカラフルに彩った弁当の写真がいっぱいで、「弁当がつらい」と悲鳴をあげている自分は、「母親失格」と言われそうな気がする。
だが、息子は親子で話し合った弁当を毎日残さずに食べ、健康にしている。反抗期も落ち着いて、夕飯の食卓では、あれこれ話をするようになった。自分もよく寝て、健康に働き続けたい。
弁当を作ることが、家族への愛情の物差しのように言われるのはなぜか。他人の食卓をのぞくことはないが、弁当はひとつの器に収まって、周囲と見比べることもできる。これがやっかいのもとになってきた。
弁当と愛情をたどっていくと、戦後の高度成長期、サラリーマン世帯とともに急増した専業主婦層に突き当たる。
「夫は外で会社のために働き、妻は家で家族のために働くという分業のライフスタイルが、右肩上がりの時代に台頭しました」と栗山直子・追手門学院大学准教授(家族社会学)は話す。
外の仕事では効率を上げることが善になるが、家の仕事の弁当づくりでは逆。日本人に、集団の中で規律を守って行動することを目的化する傾向が見られることとの関連も栗山さんは指摘する。
「家での女性は、家事をこなすという同じ集団に属して、子どものためには手をかけて弁当を作るのが『当たり前』になりました」
メディアには、弁当を作る母親が幸せな存在として登場して、プラスの価値観が共有される。反対に、弁当に冷凍食品を使うと減点になる。「現実の子どもは、テレビCMの冷凍食品を食べてみたかったり、反抗期で愛情を見せつけられるのが嫌だったり。目的が空回りしているかもしれないのに」
高度成長期に生まれた世代が60代、その子どもが30代となった。平成になって30年のいまも愛情弁当論は再生産されていると栗山さんは見ている。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。
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