連載
#46 平成家族
時短料理「手抜きでは」 家族7人分、毎日手作りする女性の胸の内
働く女性が急速に増えるなか、スーパーの総菜売り場は充実し、下ごしらえ済みの調理キットが次々に発売されています。平成は、「家事の時短」が進んだ時代でもありました。しかし、それを遠巻きに眺め、「手抜き」ではないかと罪悪感にさいなまれる女性たちがいます。時短を極めるだけでは救われない、彼女たちの心の呪縛とは――。(朝日新聞記者・西村綾華)
家族7人分の夕食を毎日手作りする千葉県の女性(36)の頭の中は、常に「今夜の献立を何にするか」でいっぱいだ。
朝7時半に家を出て、夕方までパートで野菜の加工をする。終業後は、職場から20分離れたスーパーに直行して帰宅。1時間ほどで、小学生から高校生までの子ども3人と夫、姉、母の7人分の夕食を作る。
この日の夕食メニューは、サイコロステーキとポテトサラダ。魚や肉を使ったメインと、スープやサラダなど、最低2品を出すのが「マイルール」だ。片付けを終えると、あっという間に夜8時を過ぎる。
女性の「ルール」はほかにもある。できる限りスーパーの総菜を出さない、カット野菜を使わない、市販の合わせ調味料は使わない……。最近スーパーの棚を満たす、「時短・簡便」をうたった「中華料理の素(もと)」もアウト。「私じゃなくてもできる」と気がめいるから。
たまに「ラクをさせてもらう」日は、コロッケを買ってきて家で揚げたり、味付きの鶏肉を焼いたり。この一手間があって、ぎりぎり許せる「手抜き」のボーダーラインだ。
20歳で結婚。2歳上の夫の故郷は九州で、甘いしょうゆを使う。新婚当初、義母のもとに通って料理を習い、夫の家の味を覚えた。その手作りの味で育った夫は、外で売っている総菜が嫌いだ。
出産後、働きたいと話した時、「子どもを最優先に、家事は今まで通りするのが絶対条件。毎日総菜とかはやめてね」と言われた。反発する気持ちはあったが、本当は専業主婦のままでいてほしい夫の気持ちが分かっていたので、のむしかなかった。
夫が快諾してくれ、シングルマザーで女性を育ててくれた母や姉と同居している。食事作りに追われる女性のため、母や姉が交代制を提案してくれ、試みた時期もあったが、夫から「うちの家の味じゃない」と苦い顔をされ、あきらめた。
子どものためにも「なるべく手作りを」、という夫の気持ちはわかる。仕事に出る前の専業主婦時代は、「総菜は怠け。一番やっちゃいけないこと」と思い、まったく出さなかった。
しかし今は、時々ある残業で疲れきり、献立が思いつかない日に、出すこともある。月に一度程度なので夫は「めずらしいね」としか言わない。しかし、そんな夜は「手抜きしちゃった」という感情がずしんと残り、自分がこたえる。
そんな女性を心配そうに見つめるのは、女性の母親(67)だ。自身は40歳の時に離婚。働きながら、娘3人を育てた。
離婚前は専業主婦。夫は、毎夕食、「ご飯・パン・そば」と主食を3パターン用意させるような人だった。「夫と別れ、やっと食の呪縛から解放された」という。
その後は娘たちを一人で育てるため、三つの仕事を掛け持った。分刻みの毎日の中で、夜はコロッケやサラダなどの総菜を買って帰り、娘たちに食べさせた。しかし、「手作りでも、総菜でも、子どもたちの口に入るものを提供できるだけで、誇らしく思っていた」と振り返る。
疲れている娘に「今日は総菜でいいじゃない」と声をかけるが、夫との約束を大切に思う娘の耳には届かない。娘を見ると、自分が結婚していた40年前に感じていたような、食の呪縛がいまだ存在するように感じる。
女性も、心の中では夫に「自分もやれば?」と思うこともある。しかし、派遣で働く自分と夫の給与はかなりの差がある。キャリアを作る前に子育てに入った自分が、正社員として働くことの難しさも感じている。
母親に、「家事じゃなくて『家仕事』。外での仕事と対等なのよ」と諭されても、「とにかく、ご飯は私がちゃんと作らなきゃ」。そう返して、今日も7人分の夕食のために、下ごしらえから始める。
食品大手「キユーピー」が実施した調査によると、簡便調理に「罪悪感」を感じる女性は増えている。同社も、素材にあえるだけのソースなどの時短商品に力を入れるが、担当者は難しさを感じている、という。
調査では、20~50代の主婦に、「ゆでたパスタ麺に市販のソースをかけた」「袋入りのインスタントラーメンに野菜炒めを作ってのせた」など、簡便調理の具体例19項目を表示。それらに対し、「罪悪感を抱くか」を調査したところ、うち16項目で、罪悪感を感じる女性の割合が、調査開始の2013年から16年の間で増加していた。
キユーピーカスタマーマーケティング室の堀直喜室長は、「『時短』と味の両立は、さらに追求できる。調理過程で野菜などを加えれば、栄養バランスの取れた食事にもできる。でも、それだけではだめなんです」と話す。
同社は1989年から主婦層の意識を調査してきた。調査に10年携わる古賀絵美子さんは、「働く女性の増加で手作りの定義は変わっている。しかし、『忙しいから手抜きでいい』とはならず、『本当は少しでも自分で作りたいけど、できない』とジレンマを持つ人が増える」と分析する。
便利すぎる「時短・簡便」は手抜き――。この罪悪感を和らげるため、あえて「一手間かける」商品が消費者のニーズを捉えている。
ネットを中心に有機野菜を販売する「オイシックス」では、簡単に食事作りができる時短調理キット「キットオイシックス」が人気だ。ヒットの理由は「20分」という調理時間にある。競合の時短商品が「10分でできる」をうたうものが多い中、あえて「20分以内で主菜、副菜の2品ができる」とした。
開発を担当した菅(かん)美沙季さんは、「時短商品は、『加減』がカギなんです」と話す。商品は、家族の食事作りをしながら働く母親層をターゲットにしており、2人前から。女性たちにアンケートを重ねる中で、献立を考える余裕もない忙しさの中でも、レンジで温めるだけの総菜や、冷凍食品の使用には罪悪感を持つことが分かってきた。
「時短」を売る商品であっても、「手間をかけた」という精神的な満足感が大切なのでは。その気づきをもとに、「20分」にたどり着いた。
例えば「ジューシーそぼろと野菜のビビンバ、韓国風スープ」では、切るのに時間のかかるニンジンは細切りされて袋に入っている一方、ニラやエノキはそのまま入っており、利用者がざく切りする必要がある。調理工程が細かく掲載されているレシピカードには「もやしを入れればより本格的に」「香り付けにごま油を」など、アレンジの提案がある。
「このアドバイスで、簡単に『家庭の味』になる。これが総菜との差別化です」と菅さん。むしろ、「一手間」を求める工夫が、母親層の「心」に受け入れられた。2013年の発売後、キットオイシックスの累計出荷数は2400万食を突破。今やキットの会員数は、オイシックス全体の会員数の5割弱を占める。菅さんによると「会社を牽引(けんいん)する伸び率」だという。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。
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