連載
#15 #となりの外国人
奄美にもできた日本語学校 「海ない国」の留学生、島民と新たな共生
人手不足の列島で、貴重な働き手になっている留学生。地域の要望もあって、全国で日本語学校が相次いで新設されています。鹿児島県の奄美大島にも3年前に開校し、留学生たちが島内でアルバイトにいそしんでいます。離島で外国人が地元の人とうまくやっていけるのか――。そんな心配をよそに、意外にも地元住民は新たな隣人たちと自然な関係を築きつつあるようです。(朝日新聞記者・浅倉拓也)
「サーフィンに連れて行ってくれて。もちろん初めてです」
奄美市内の居酒屋でうれしそうに話してくれたのはガンバット・サランチメグさん(29)。海のないモンゴルから来た留学生です。ウランバートルの会社で経理の実務経験があり、会計学や経営学を本格的に勉強するために留学したというだけあって、日本語はかなり上手です。
アルバイトで働くこの店は、郷土料理を出す老舗の居酒屋。80歳になるおかみさんを中心とした家族的な店で、地元の人や観光客がカウンターで肩を寄せ合います。アルバイト仲間で2歳年下の蘓畑(そ・ばた)諒さんは、彼女を「サラ」と呼び、サーフィンを教えたり、ドライブに連れて行ったりしています。
平日は昼過ぎに日本語学校の授業を終え、夕方6時から10時までここで働くサランチメグさん。エプロンをつけた彼女は「家族と一緒に働いているみたい」と言います。
「『ご飯食べてから働いてね』『お金は困っていない?』といつも気にかけてくれるんです。私、感動しやすい人なので涙が出るんです」。そんな彼女が「お母さん」と親しむおかみさんは「彼女が(卒業して)いなくなったら、どうしましょう」と、いまから気をもんでいます。
サランチメグさんが通う日本語学校「カケハシインターナショナルスクール」は、東京の人材サービス会社の協力で、地元のコンサル会社が運営。設立の背景には、島の深刻な労働力不足がありました。
「高校を卒業するとほとんどは本土に出る。若者はほとんどいない」。学校理事長で地元商議所の会頭も務めた浜崎幸生さん(74)は言います。「留学生で人口減少を補い、雇用や活性化の面で地域に貢献することは使命だと思っています」
この10月には、ベトナムやネパールから新たに15人が入学し、在校生は39人になりました。奄美市中心部のホテルの宴会場で開かれた入学式には、市長や地元県議らも出席して、歓迎の言葉を贈りました。
日本で留学生は法律で週28時間まで働くことが認められています。留学生の就労が厳しく制限される欧米と異なり、特別に裕福でない途上国の若者でも留学できます。
一方、表向きは単純労働の外国人を受け入れてこなかったこの国では、都会のコンビニや飲食店から地方にある工場までが、留学ビザで滞在する彼らを「労働力」として頼っているのが実情です。
政府の「留学生30万人計画」もあってか、日本語学校はこの数年で急増しています。法務省によると、日本語学校の数は現在、全国で約710校。この5年間で240校以上が新設されました。ほぼ1週間に1校できた計算です。
奄美市と同様、離島の長崎県五島市は今年度、自治体として日本語学校の誘致に取り組みました。市が校舎などを整備して民間に提供するかたちで、やはり人口減少対策の一環だといいます。
カケハシインターナショナルスクールの留学生たちも、島では欠かせない社会の一員になっています。
奄美市郊外にできた新しい和食レストラン「小町」で働くのは、ネパール人のバンダリ・アニル・コマルさん(29)です。ネパールでは就職の機会が限られ、留学や出稼ぎで海外に渡る人が多いですが、アルバイトが認められている日本は人気です。
留学ビザで日本にいるネパール人は昨年末で2万2000人。この5年間で4.5倍に増えました。バンダリさんも母国では教師をしていましたが「給料は安い」。日本留学経験者らに勧められ、将来のためにと決意しました。
この店では計6人の留学生が働きます。アルバイトは子どもがいる女性が多く、夜間のアルバイトは募集してもほとんど集まらないそうです。中心街から離れているので、交通手段のない留学生を確保するには車での送迎が必要ですが、「それでも助かる」と副店長の里真美さん(35)は言います。
バンダリさんもアルバイトを通して地元の日本人とも仲良くなり、休日には一緒に遊びに行くこともあるそうです。この店の日本人従業員の1人は最近、ベトナム人留学生の女性と結婚。両親へあいさつに行くため、生まれて初めての海外旅行を経験しました。
留学生を労働力として頼っている現状に、問題がないわけではありません。留学生の負担は、学費、寮費、仲介業者への手数料などで多額になり、親たちが借金をして工面している場合も多くあります。アルバイト収入を見込んでのことですが、借金返済のため規定時間を超えて働き、勉強ができなくなったり、より稼げる仕事を求めて失踪したりする問題も起きています。
ただ、奄美大島では「留学生の働きぶりが、島の若者の手本になっている」といった声も聞かれ、島民の評価はおおむね良いようです。留学生も「ここは(都市部より)時給が安いです」などと言いつつ、島での生活を楽しんでいるようです。
ともすれば閉鎖的に見られがちな離島ですが、むしろ独特の文化があるからこそ、外国人と自然に共生ができているのかもしれません。
「奄美では島外の人は日本人も外国人も同じ。言葉はもともと違うものだと思っていますから」。経営する郷土料理店でインドネシア人留学生を雇い、観光協会事務局次長も務める久倉勇一郎さん(45)はそう話します。
勉強や仕事で本土に行き、言葉が通じずに苦労したという島民は珍しくありません。久倉さんも小学校の時は、教室の黒板に「今週の目標」として、「方言を話さない」といった言葉が掲げられていたのを記憶しているといいます。「個人的な考えですが」とことわり、久倉さんはきっぱりと言いました。「私は『言葉は壁じゃない』と思っているんです」
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