「子どもの貧困に正直、実感がありませんでした」。俳優の石田ひかりさんは、そう語ります。自身も2人の子どもを育てている石田さん。お金がなく、食べ物に困る家庭がある現実との距離を感じてきたそうです。一方、困窮世帯に食料支援を行う「フードバンク山梨」の米山けい子理事長は、「豆腐一丁を分け合う家庭がある」と語ります。なぜ、日本では貧困が見えにくいのか?低収入にあえぐ家族に、どう手をさしのべられるのか?「フードバンクの日」に当たる今日、二人の対談から考えます。(構成:withnews編集部・神戸郁人)
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親子で食卓を囲む風景…それが当たり前でない家庭がある(画像はイメージ) 出典: PIXTA
<余った食品を企業や個人から集め、困窮世帯に届けるフードバンク。山梨県内にある「フードバンク山梨」は、全国に取り組みが広がるきっかけをつくったと言われています。理事長の米山さんは、その活動を知った時、「次世代につながるもの」と感じたそうです>
米山さん:以前、山梨県内で私たちが実施したフードドライブ(家庭で消費し切れない食品を回収する活動)に、石田さんが協力して下さったと聞きました。
石田さん:そうなんです。ロケで甲府市を訪れた時、地元のスーパーで行われていることを偶然知りました。そこで買い物をして、食品を寄付したんです。これもご縁だな、と感じたことを覚えています。
米山さんは、どうしてフードバンクを設立されたのでしょうか?
米山さん:2008年に、勤務先である生活協同組合(生協)を退職したのがきっかけです。4人の子どもも既に巣立っており、セカンドキャリアを考えたとき、「世間に恩返ししたい」という気持ちがわいてきました。そこで同年、地元の南アルプス市に事務所を置きました。
石田さん:フードバンクを始めたことには、どんな理由があったのでしょう?
米山さん:仕事を辞める前年、フードバンクの特集番組を見たんです。ラベルの印字にミスがあるだけで、賞味期限を迎える前に捨てられる。そんな食品を扱うと解説されていました。「もったいない食べ物が福祉に役立つ。次世代につながる活動だ」と考え、始めました。
子どものいる世帯の相対的貧困率は、近年低下傾向にあるものの、減り幅はまだ小さい 出典: 朝日新聞
<長く経済的に繁栄してきた日本。豊かな暮らしが広がる一方、低収入にあえぐ人々の姿は見えづらくなりました。そうした状況が、そもそも貧困層の生活に目を向ける機会を奪ってきたと、米山さんは語ります>
石田さん:私には、中学生の娘が2人います。彼女たちの友人が、食べられないほどお金に困っていると聞いたことはありません。「子どもの貧困」に関するニュースに触れることもありますが、正直実感が無いのです。
米山さん:厚生労働省の統計では、いわゆる子どもの貧困率は13.9%となっています(2015年時点)。7人に1人が貧困状態にある計算です。ただ、そういう人たちの存在は、なかなか見えませんよね。
石田さん:それほど深刻な状況があるのに、実際に日常生活の中で見聞きすることは、なかなか無いのが実情だと思っています。
米山さん:そうですね。背景にあるのは、やはり格差でしょう。国連児童基金(ユニセフ)は2年前、先進国の経済状況に関する調査結果を発表しました。それを見ると、日本の最貧困層の収入が、世界的に見ても非常に低いことが分かります。
最貧困層の子どもは、標準的な子どもと比べてどれぐらい厳しい状況にあるのか。
その格差を分析したところ、日本は先進41カ国中34位で、悪い方から8番目だった。
朝日新聞(2016年4月14日付け朝刊から)
日本語版の解説を担当した首都大学東京子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩さんの分析によると、1985年から2012年にかけ、格差は拡大している。
真ん中の所得が約177万円から211万円に上がったのに対し、最貧困層の所得は90万円から84万円に下がったためだ。
米山さん:収入の差がわずかで、少し生活に困っているという状況であれば、周囲が支えることもできます。でも、これだけの開きがあると、手をさしのべるのにもためらいが出ますよね。
石田さん:格差が貧困を見えにくくしているわけですね。
米山さん:その通りです。現在は、収入などが同程度の相手と結婚するのが一般的ですよね。そうなると、暮らしぶりが大きく異なる人々と交わることは、なかなかありません。
さらに日本では、「1億総中流社会」と呼ばれるほど、経済的に豊かな時代が続いてきました。そもそも、貧困に意識を向ける機会が失われてきたのだと思います。
貧困に苦しんでいることは、できるだけ知られたくない…そんな感情が家族を追い込んでいく(画像はイメージ) 出典: PIXTA
<貧困世帯と関わる中で、当事者が声を上げにくい雰囲気があると、米山さんは強く感じているといいます>
石田さん:フードバンクの利用者の中には、子育て家庭が多いのでしょうか?
米山さん:多いですね。これまでに支援した約3000世帯のうち、約4割は母子家庭が占めています。とはいえ、学校の先生などに相談する人たちというのは、非常に少ない。そのため、私たちの事務所に、直接申請用紙を送れるような仕組みをつくっています。
石田さん:なるほど。支援が必要となる方のうち、実際に申請できているのはどのくらいなのでしょう? 「自分が貧困状態にある」と認めることは、簡単ではない気がします。
米山さん:正確な数は不明ですが、まだ支援が行き届いているとは言えません。「人に迷惑や面倒をかけてはいけない」という、日本特有の「恥の文化」が、SOSを出すのを阻んでいるところがあります。
「近所に知られるくらいなら、申請しない」となってしまうのです。
石田さん:恥ずかしいという気持ちとの向き合い方は難しいものがありそうです。
米山さん:だから、食品は無地の段ボールに入れ、宅配便で利用者に直接送るようにしています。初めて支援を受けた方から「フードバンクのジャンパーを着た人が届けにくるかと思ったけど、安心した」という手紙をもらったこともありますよ。
「孫に豆腐だけを分けた」と書かれた手紙が、米山さんの元に届いたという(画像はイメージ) 出典: PIXTA
<「飽食の国」といっても過言ではない、現代の日本。膨大な量の食品が消費される影で、豆腐一丁で日々をしのぐ家族も存在します>
石田さん:実際、貧困状態にある家庭というのは、どのような状況なのでしょうか?
米山さん:4年前、支援を受けた経験のある家庭のうち、20歳未満の子どもがいる269世帯の生活実態を調べました。すると、約7割は一日の食費が400円未満だったんです。一食あたりにならすと100円前後。おにぎり一個が買えるどうかといった程度の額です。
石田さん:それは想定外の数字です!普段、どのように食をつないでいるのでしょうか?
米山さん:利用者に送る荷物の中に、いつもはがきを入れているんです。生活の事や、食品に関する要望を書いてもらっているのですが、ある方からこんなメッセージが届きました。
……ここ数年、本当に大変な思いをしてきました。2年前、同居する孫に、一日に豆腐一丁しか食べさせることができない時がありました。
……体の大きな孫は空腹で眠れずに、夜中にふと気づくと、台所にボーッと立ち尽くしていました。その姿は今でも忘れることはできません。皆様に助けて頂いて、本当に感謝しています。
米山さん:飽食の時代に、豆腐しか食べられない家庭がある。私自身も、今の活動を通じて初めて知った現実です。
石田さん:想像以上に深刻なのですね。食べるのに必死で、栄養のバランスまで考える余裕もないのではないでしょうか。
米山さん:中には「野菜は食べている」という人たちもいますが、口にしているのは大抵がもやし。15円くらいで売られているものを購入する場合もあるようです。こうした境遇にある人を少しでも減らさなくてはと、強く思います。
フードバンクの仕組み。スーパーなどで売れ残るなどし、まだ賞味期限まで時間が残っている食品を集め、貧困世帯に配る 出典: 朝日新聞
<現状で年間のべ1000人以上が利用しているという、フードバンク山梨の支援。必要となる食品も千差万別です。その種類は、一人一人の希望に合わせ決めているといいます>
石田さん:貧困のただ中にいる人に、組織としてどんな支援をしているのでしょうか?
米山さん:「食のセーフティーネット事業」というものを定期的に行っています。段ボール箱に梱包するのは、お米や乾麺、缶詰の他、必要に応じて乳児用の食品など。全て個人や企業からの寄付品です。支援対象者のお宅に月2回配送しています。
これは自治体と連携している事業で、福祉課の窓口などで申請ができます。一人暮らしの高齢者や路上生活者、一人親家庭、外国人家庭と、利用者の顔ぶれは様々です。
石田さん:路上生活者の方まで支えているのですね。しかし、中には乾麺などをもらっても、すぐに食べられない環境にある方もいるのでは?
米山さん:そうなんです。だから、利用者それぞれについて、必要な食品などに関する情報が載ったファイルを用意しています。一人一人の状況に合わせ、発送作業を行っているんです。現状では約130世帯、1000人ほどが利用していますが、その中身は全て違うんですよ。
学校の長期休暇中、貧困家庭に食品を届ける「子ども支援プロジェクト」向けの箱詰め作業に参加し、笑顔を見せる学生たち 出典: フードバンク山梨提供
<フードバンクの利用者の多くを占める母子家庭。貧困により、普通であれば経験できる様々な豊かさを失っているといいます。米山さんは、「食」と「楽しむ経験」を通じ、当事者に生きる力を取り戻してもらえると語ります>
石田さん:先ほどフードバンクの利用者には、母子家庭が非常に多いというお話がありました。何が要因なのでしょうか?
米山さん:育児の支え手が他にいない、というのが大きいと思います。子どもが急に熱を出したら、仕事を休まないといけませんよね?たとえ能力があっても、非正規として雇用され、貧困状態に陥ってしまうケースが多いんです。
石田さん:雇用に関する社会意識など、色々な問題が背景にあるのですね。たくさんの要素が絡んでいて、すぐに解決するのは難しい印象です。
米山さん:おっしゃる通りですね。以前関わったある母子家庭では、お母さんがパートを複数掛け持ちして、月に13万円ほどしか稼げていませんでした。
一方、一日に子どもと過ごせるのは1時間だけ。その子は小学校低学年なのですが「お母さんが体を壊したら、働けなくなって死んじゃう」と言うのです。
石田さん:子どもながらに、現実を理解しているんですね。聞くだけで胸が痛みます……。
米山さん:そうなんです。厚労省の統計によると、1人親家庭の相対的貧困率(所得が中間の人の半分に満たない割合)は50.8%(2015年時点)。これは国際的に見てもダントツに高い数字です。
石田さん:そんなに高いのですか!日本が豊かな国だと思っていた人からすると、思いもよらない数字です。
米山さん:親が働きづめになると、子どもは食以外にも色々なものを失います。キャンプや旅行に行くことはおろか、友達とファストフード店に行くことすらためらうようになる。「楽しむ」という経験を奪われてしまうのです。
石田さん:人間関係に影響が出そうです。将来を前向きに考えることも難しくなりますね。
米山さん:だから私たちの団体では、夏休みなどに、キャンプ場でのバーベキュー大会やスポーツ観戦といったイベントを企画しています。夏と冬の長期休暇中、子どものいる貧困家庭に、同じ内容の食品を送る「子ども支援プロジェクト」の一環です。
イベントは困窮世帯が対象で、「普段子どもをどこにも連れて行けないからうれしい」と大変好評です。
石田さん:食だけではなく、心を支えていく。フードバンクの役割は、思った以上に幅広いですね。
米山さん:逆に言うと、食が満たされれば、前向きさを取り戻すことにつながります。実際、支援した家庭のお子さんから「私も人を助けられるような仕事に就きたい」とお手紙が届いたこともあるんです。
「いろいろなおかしや食べ物が入っていてうれしかった」など、支援への感謝がつづられた利用者からの手紙 出典: フードバンク山梨提供
石田さん:素晴らしい!もっと活動が広がって欲しいと心から思います。そのために、どんな取り組みが必要だとお考えでしょうか?
米山さん:まず、関わってもらうことだと思います。フードドライブに参加してもらったり、食品の箱詰め作業を手伝ってもらったり。「日本にも貧困がある」という現実を知った上で、「私も行動に移してみたい」と思えるような機会を増やすことが大切だと思います。
石田さん:自分たちが普段食べているものが、貧困状態にある子どもたちを救う。そのプロセスに関わるのは、大変貴重な経験になりますね。私も娘たちの通う学校に、フードバンク向けに食品を集める場をつくるよう、お願いしてみたいと思います。
米山さん:うれしいです!最初は小さな活動であっても、続けることで大きな流れをつくることができるはずです。諦めないことこそが、一番大切なのですから。
◆米山けい子(よねやま・けいこ):
認定NPO法人「フードバンク山梨」(事務所・山梨県南アルプス市)理事長。2008年、理事を務めていた生協を退職、自宅でフードバンクを始める。15年には「全国フードバンク推進協議会」(事務所・東京都小金井市)を設立し、代表として活動の普及に努めている。
◆石田ひかり(いしだ・ひかり)
1972年、東京都出身。中学生時代に芸能界デビューし、大林宣彦監督の映画「ふたり」などで主演を務める。現在はテレビ番組の司会を始め、各方面で活動。中学生の娘2人を育てる母親でもある。