連載
#10 #となりの外国人
「眠らぬ国」支える留学生 人気バイト巡ったらニッポンの今が見えた
24時間営業のコンビニや牛丼屋。実は、留学生に人気のアルバイト先なんです。そういえば最近、アジア系の店員が増えている気がしませんか?一体、どんな理由で働いているのでしょう?直接聞きたくて、深夜の東京を記者が歩いてみると、「眠らぬ国・ニッポン」の今が見えてきました。(朝日新聞社会部記者・高野遼)
終電も終わり、人影がまばらになった、ある日の午前3時。暗闇に包まれる東京都心の街中に繰り出してみました。
深夜のオフィス街。24時間営業の店から放たれる光が目立ちます。
まず入ったのは、大手牛丼チェーン店。店の奥から、制服姿の小柄な女性店員が「いらっしゃいませ」と出てきました。
「お待たせいたしました」。ほどなく牛丼を運んできてくれた彼女はランさん(23)。都内の日本語学校に通うベトナム人学生です。
「日本には4月に来たばかりです。週に3回、ここでアルバイトをしています」。カウンター越しに話しかけると、少し恥ずかしそうに日本語で答えてくれました。
「ハノイの近くの田舎からきました」というランさん。「日本に来るとチャンスが増えます。お給料も高いですから」。夢は通訳になることだそうです。
日本へ留学することは両親に反対されたといいます。「日本は本当に遠いところですから。でも5カ月かけて説得しました」。現地の日本語学校で半年間、ひらがななどを学んで来日しました。
念願の日本での生活。日本語学校に通いながら、深夜のアルバイトをこなします。客足が途絶えると、キッチンの手前にある台に向かい、冊子に鉛筆で書き込み始めたランさん。
「これ、宿題です。漢字はやっぱり難しい」。練習帳には、ベトナム語でびっしりと言葉の意味が書き込まれていました。
多くの留学生にとって、アルバイトは貴重な収入源。ランさんも半年分の授業料だけは親に用意してもらい、残りはすべて自分でまかないます。
留学生は、日本の法律で週28時間までのアルバイトが認められています。上限まで働いて、収入は月12万円ほど。ここから学費や家賃、生活費を支払えばほとんどお金は残りません。
牛丼屋の時給は1200円。夜10時以降になれば、1500円。少しでも高い時給がもらいたい。深夜帯に留学生が多いのは、そんな理由があるからです。
この日、ランさんの勤務は午後11時から翌朝5時まで。もう1人のアルバイトも、ベトナム人の男子大学生。日本人のスタッフはゼロでした。
やがて店内に1人の若者がやってきました。コールセンターで夜勤をしているというモンゴル人の男性(27)。休憩中に腹ごしらえに来たそうです。
「お水、もらえますか」
「少々お待ち下さい」
外国人同士が日本語でやりとりをする……。こんな光景は、もはや珍しくない時代になってきています。
取材を続けようと、再び夜の街へ。次に入ったのはコンビニです。
客のいない店内。黙々と商品を棚に補充していたのはウズベキスタン人のベクさん(22)。昨年4月から都内の日本語学校に通う学生です。
かつては中国人や韓国人などが多かった留学生。しかし近年、ベトナム人を中心に広くアジア圏の学生が急増しています。中国などの経済発展が進んだ一方、東南アジアなど発展途上の国からの留学生が増えているのです。
ベトナムやネパールを筆頭に、スリランカやバングラデシュ、ミャンマー、モンゴルなど夜の東京では多様な顔ぶれに出会います。
この10年でベトナム人留学生は19倍、ネパール人は13倍に増加。ウズベキスタン人も6倍以上になっています。
「ベクさんはなぜこの店に?」
「お兄さんたちが働いていたので、紹介してもらいました」
よく聞くと、「お兄さん」というのは同郷の先輩のこと。家賃10万円の部屋に同国出身者で4人暮らしをしており、他にもウズベキスタン人同士のつながりは深いそうです。
「来年の4月からは専門学校でビジネスを学びます。そうしたら、バイトには友達を紹介する。店長に頼まれてるから」
実は外国人アルバイトはよく職場で「重宝」されています。理由は、働きぶりもよく、仲間のアルバイトを連れてきてくれるから。日本の若者が減るなかで、「友達を紹介して」と店長に頼まれる留学生も多いといいます。
母国での貧しい生活から抜け出すため、日本でいい仕事に就こうと苦学する。そんなイメージもある留学生ですが、事情が異なる人もいます。
中国・福建省からやってきたというヨウさん(27)。都内の専門学校でビジネスを学ぶ留学生。コンビニで働いて2年になります。
地元の高校でITを学んだものの、部屋にこもってゲーム漬けだったというヨウさん。「やる気がでない。なんとかしなきゃ」と一念発起し、日本留学を決めました。
親に頼っていた資金援助も絶ち、日本語学校に入学。2年間で卒業すると、専門学校に進学しました。勉強とアルバイトで忙しく、ゲームはやらなくなったというヨウさん。「悩んだけど、もうだらける自分じゃない。日本に来て自分を変えることができました」
中国など東アジアの国々は経済発展を遂げたことで、日本に来る留学生の質が大きく変化しています。
裕福な家庭からの学生も増え、進学塾に通って有名大学を目指したり、「自分探し」に励んだり、大好きなアニメに夢中になったり……。アルバイトをしないで済む学生も珍しくありません。
この国が、いかに「アルバイト留学生」に支えられているか……。夜の東京を歩くと、それを思い知らされます。
いま、日本は深刻な労働力不足に直面しています。留学生なくしては、コンビニも牛丼屋も24時間営業を維持できないのは確実でしょう。
安い弁当を食べられるのも、新聞が毎朝自宅に届くのも、留学生たちのおかげです。日本語がまだ上達していない学生たちは、倉庫などで単純作業のアルバイトに励んでいます。
日本の制度では、「外国人労働者」を受け入れられる職種は限られます。だから、各業界は「アルバイト」に目をつけました。本来は勉学のために来日した留学生をアルバイトとして雇うのは、「抜け道」だとの批判もあります。勉強よりアルバイトが優先になる本末転倒な留学生も生んでいるからです。
「世界に向けてより開かれた国」を目指し、日本は留学生受け入れを進めてきました。その結果、留学生数は30万人を突破しました。しかし同時に、「労働力」としての留学生に依存する社会をつくり出すことにもなったのです。
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