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<金正男暗殺を追う>5分弱で次々と異変、歩調乱れ「目が……」
マレーシアの空港で、顔に謎の液体を塗られた金正男(キム・ジョンナム)氏は、すぐに警察官らに「襲われた」と被害を訴えた。警察官のすすめで診療所に向ったが、わずか数分の間に、目や足に予期せぬ異変が出始めた。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
2017年2月13日午前9時すぎ、監視カメラが回る空港3階の出発ホール。ホール中央の「サービスカウンター」では、複数の旅行客が空港職員と話し込んでいる。
と、そこに男性が1人、あわてた様子で割り込んでいく。薄いグレーのジャケットを羽織った大柄な男性。正男氏だ。
正男氏は、空港職員の正面に立ち、前置きなしに話し始める。「女たちに襲われた」「見知らぬ女だった」。身ぶりを加え、さらに説明する。「1人の女は後ろから飛びついてきた」「もう1人は目をさわってきた」
ただならぬ空気を感じた空港職員は、正男氏を巡回中の警察官のもとへ連れて行く。
正男氏は空港職員の後に続き、出発ホールの脇の警察官のもとに急ぐ。
正男氏は警察官を見るなり、話し始める。「顔に何かを塗りつけられた」。両手を顔の前にかざし、目をこするようなしぐさで、襲われた場面を再現する。「女は2人いた」「被害届を出したい」と立て続けに訴える。
警察官が正男氏の顔をのぞき込む。頰がぬれ、目が赤く充血している。
正男氏は警察官から診察を受けるようすすめられる。幸い、出発ホールの下の2階には、診療所がある。
警察官に付き添われて、最寄りのエレベーターで2階へ下りる。そこから診療所まで50メートルほど歩く。しかし、途中で歩調が乱れ始める。右足を引きずるようだったり、前につんのめるようだったり。歩幅は普段の半分ほどに狭まっていく。
正男氏は警察官にお願いする。「すみません。ゆっくり歩いてください」。手足の動きが鈍くなる。と同時に、視野も急速に狭まる。「目がかすんで、よく見えない」。診療所の入り口にも気づかず、数メートル通り過ぎてしまう。
引き返して入り口に戻るが、今度は入り口のドアの前で、めまいに襲われたように一瞬ぐらつく。ドアを押すことさえままならず、そのまま3秒、棒立ちになる。見かねた警察官が、代わりにドアを押す。正男氏はドアの手すりに触れながら、ふらふらと診療所内に入っていった。
最初に被害を相談してから、診療所に着くまで、5分弱。正男氏の容体は、刻々と悪化していた。
【空白の6分間】空港の監視カメラの映像によると、正男氏が女に襲われたのは午前9時0分。その後、同6分に空港職員に、同8分に警察官に被害を相談し、同11分に診療所に着いた。襲われてから空港職員に話しかけるまで、約6分の間、正男氏は何をしていたのか。前後の映像からは、正男氏がトイレにつながる通路に立っていたことや、トイレがある方向から戻ってくる様子が、見て取れる。トイレ付近の監視カメラの映像は残っていなかった。このため、マレーシアの捜査班は、正男氏がトイレに入り、顔に塗りつけられた液体を拭くなどしていた可能性があるとみている。
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