話題
ロシアで人気「戦車ワールドカップ」 砲撃は実弾!大迫力のレース
赤、青、黄、緑とカラフルに塗り分けられ、荒野を走り回って競い合うのは、戦車たち。ロシアで「戦車バイアスロン」が人気を集めています。一般的な乗用車の40倍もあるという巨体を揺らし、とどろく砲撃はまさかの実弾、火消しに消防車が出動するスケールの大きさに観客は大声援。今夏はロシア国防省が主催する「ワールドカップ」に22カ国が参加しました。中国、インド、ベネズエラ、シリアといった国々のうち、優勝したのは……。(朝日新聞ウラジオストク支局・中川仁樹)
今年の戦車バイアスロンの国際大会は7月28日~8月11日、モスクワ郊外のアラビノ演習場で開かれました。バイアスロンは「2種類の競技」という意味。射撃とクロスカントリースキーを組み合わせた冬の競技が有名で、戦車バイアスロンもそれと似た競技となります。
3~5キロのコースを3、4周し、最長1800メートルの砲撃や射撃のほか、丘や窪地、川などを想定したコースを正確に速く走らせる腕を競います。同時に競うのは4カ国の戦車です。
驚くのはそのスピード。ゴーゴーと爆音を響かせて戦車が目の前を走り去っていきます。エンジンから出る黒煙が後部から吹き出し、舞い上がった砂ぼこりで通り過ぎた戦車が見えなくなるほど。
戦車の重さは40トン以上と、市販の乗用車の約40倍もある鉄などの塊ですが、急勾配を上り切ると、まるでジャンプしたかのように先頭部分が浮き上がり、猛烈な勢いで下っていきます。
砲撃地点では戦車がゆっくりと動きながら、砲身を回して目標に向けます。火花のように戦車の周囲が光ったと思ったら、「火の塊」が放物線を描いて飛んで行き、「パーン」という砲撃の音は、少し遅れて耳に届きました。
目標が爆発すると、観客からは大きな拍手がわき起こりました。的を外すと、ペナルティのコースを走ることになります。
私が観戦したのは8月9日の準決勝でしたが、4カ国の戦車はそれぞれ緑がカザフスタン、赤がベラルーシ、青がインド、黄がセルビアと鮮やかに彩られ、砲身に国旗が貼られています。
大地にとけ込むような地味な色とは大違ってとても目立つので、観客もどの国の戦車かすぐに分かり、アピールしやすい効果があります。
参加は22カ国で、地域も多彩。ロシアやアルメニア、カザフスタンといった旧ソ連構成国のほか、東欧のセルビア、アジアからは中国、インド、ミャンマーなど、中東はシリアやイランなど、アフリカは南アフリカやアンゴラなど、南米はベネズエラ。このうちベトナム、ミャンマー、南アフリカ、シリアは初参加でした。
テレビ中継のアナウンサーは「ワールドカップ」「世界チャンピオン」と連呼していましたが、参加したのは旧ソ連の同盟国や非同盟諸国の国々。つまりソ連(ロシア)製兵器のお客さんです。使われる戦車も、ソ連時代の主力戦車であるT72型の新型が基本です。
中国だけが同国製の96式戦車を持ち込みましたが、性能は同等だそうです。米国や西欧諸国も招待されていますが、さすがに参加は実現しておらず、2016年から似たような競技の大会を独自に開いています。
戦車バイアスロンの国際大会が始まったのは2013年。ロシア軍の戦車部隊を効率的に訓練する狙いがあったと言われています。ロシア軍のローマン・ビニュコフ大将は「ただ走行するだけでなく、標的を最大限、命中させる。とても複雑な作業だ」と話しています。
途中で、ロシア国防省の報道官に「これは実弾か」と質問すると、「当たり前だ。そうじゃないと意味が無い」とあきれたように言われました。しかし競技会とはいえ、いわば戦闘の訓練。観客がすぐ近くにいるので、事故に巻き込まれる危険性もあります。
実際、草に火が燃え移って消防車が出動する場面もありました。兵器に対する感覚の違いを実感しました。
軍事演習でも戦車バイアスロンが取り入れられており、その効果からか、これまでの国際大会はすべてロシアが優勝しています。軍幹部は「国際大会よりもロシア軍内での競争の方が激しい」と言います。
「ワールドカップ」の参加国も、第1回の4カ国から急速に拡大しました。他国と交流して操縦などの技術を学ぶ利点は大きい一方、軍事演習に比べて負担もそれほどありません。
セルビア軍幹部は「ロシアは伝統的に戦車部隊が強く、一緒に訓練することで兵士の技術が向上する」。ジンバブエ軍幹部も「ほかの国の様々なアイデアを知り、いい経験が積めた」と喜んでいました。
大会はテレビで生中継もされています。国民の人気も高まり、多くの観客が「軍を誇りに思う」と胸を張っていました。徴兵制があり、国民が軍事活動に従事する可能性が低くないというロシアの事情もあります。
6歳の息子と訪れたセルゲイ・ボルコフさん(30)は「多くの国が参加し、このような平和的な行事が開かれるのは素晴らしい」と言いましたが、子供は怖がらなかったかと尋ねると、「軍に慣れる必要がある。ロシアには徴兵制があるからね」
驚いたのは会場の一角に実弾射撃ができるコーナーがあり、子供たちも自動小銃のカラシニコフやスナイパー用の狙撃銃を撃っていたこと。小学生低学年ほどの子供が撃つのを、親がスマホで撮影していました。
子供が試射をしたアレクサンドルさん(36)は「何事も経験が大事。戦争がなければいいが、必要なら覚えなければならない」と言います。いまもロシア人はウクライナ東部やシリアなどで軍事活動に参加しており、国民には戦争は遠くの出来事ではないのです。
1/30枚