話題
ファンが社員をもてなすって逆じゃ…よなよなエール「本当の強さ」
出荷が落ち込むビールの中で、独自の市場を開拓しているメーカーがあります。ヤッホーブルーイングでは、ファンが独自にイベントを企画するのです。100人を超えるファンが集まり、会社の社員をもてなす。しかも手弁当で。それって立場が逆じゃない? 「コミュニティ」の進化系ともいえるイベントで痛感したのは、定価以上のお金を払う自由も手に入れた、消費者の新しい姿でした。
会場に入った瞬間に、気温が5℃程度上がったような感覚。フェスのステージ前のよう。100人くらいが、会場となっている飲食店の中で密集しています。
ある人は「お礼がしたい」と言う。ある人は「とにかく何かしたい」と言う。感極まって涙を流している人もいます。
何かに熱中し、無心に打ち込む様子が、滑稽な様子として捉えられてしまうことも多い今の時代、ここは熱い思いを持った人であふれていました。
会場の主役はビール。コンビニやスーパーで時々見る「よなよなエール」というクラフトビールです。「水曜日のネコ」「インドの青鬼」など、ビールっぽくない商品名のパッケージが揃っているのが特徴です。
イベントは、一風変わったビールメーカー「よなよなエール」のファンの集いだったのです。
ビール業界は冷え込みが顕著です。出荷数は右肩下がりで、13年連続で過去最低を更新。「若者の○○離れ」の代名詞の一つになっています。
時代の流れとはいえ「とりあえずビール」での乾杯を楽しんでいたギリギリの世代である自分としては、やはりさみしい気持ちになります。
そんな冷え込みが続くビール業界において、熱を帯びているジャンルが。それは「クラフトビール」。一昔前にあった「地ビール」ブームの進化形とも言える、新しい流れです。
クラフトビールのおいしい飲み方は、「少し冷えた」ものを「香りを楽しみながら」飲むこと。これまでのジョッキの「キンキンに冷えた」ものを「ごくごく」飲むという飲み方とはちょっと違います。
業界の流れに逆行して伸び続けている原動力は何か? ビールの味? パッケージのデザイン? 流通戦略?
それは、ファンのコミュニティではないでしょうか。実感したのが「よなよなエール」のファン同士の交流会の熱量でした。
ヤッホーブルーイングは、自社の「ファン」を作るため、色々な取り組みを重ねてきました。
もともと、ビールの規制緩和から生まれた新たなビールメーカーだったヤッホーブルーイング。1990年台後半に生まれた地ビールブームで売上が急激に拡大します。生産拡大に追われる日々でしたが、2000年代に入った頃、ブームの終焉と共に出荷が止まりました。
「いらないよ。」
これまで懇意にしてきた販売店の対応が一変しました。物珍しさからの地ビールブームが去り、倉庫にストックしきれなくなった在庫を社員が手作業で廃棄するようなこともあったそうです。
厳しい状況の中、 2004年頃から通信販売に着手します。この時期から、ファンとのコミュニケーションが始まりました。
きっかけはメルマガです。全国のお客様と直接コミュニケーションがとれるようになったことで、ビジネス上の対応では冷たい対応をされる中、お客様からの暖かい応援の声が届くようになりました。よなよなエールを応援してくれるファンの存在と、その大切さに気が付いたのです
そのメルマガも、うまくいかなかったこともあったようで、他社の取り組みに習って商品の話とは関係のない個人的な話を書いたりしたことで、「ふざけるな」といった厳しい反応を受けることもありました。そういった返信に対しても誠実に返信していたことも根強いファンにつながっていったように見えます。
2010年以降は、 定期的に配信しているメールマガジンは井手社長以外のスタッフも担当するようになり、個人的なコラムを様々な情報と併せて配信することでその人にしか送れない内容を実施していました。また、実際の担当者が説明して周る醸造所の見学ツアーを企画したり、本番と同じ仕込みの体験の機会を提供したりしてきました。
とはいえ、自社のファンを大切にしない企業なんてありません。その点だけ見れば珍しい点はありません。ただ、ヤッホーブルーイングの強さは、ファンを「コミュニティ化」できているところにあります。
そのヒントは、今年7月に開かれた、よなよなエールのファンの集い「ファン宴」で見つけることができました。
驚いたのは、ファンが、ファンのために開催するイベントである点です。PRのために企業が実施しているような、消費者を「接待」するものではありません。完全にファンが主催者となり、ヤッホーブルーイングの社員をゲストとしてもてなしているのです。
ヤッホーブルーイングから何か特典が受けられるわけではありません。
主催者の中心メンバーは、いずれも一般の社会人。変わったところもありません。
メンバーの中でヤッホーブルーイングが好きな理由も「ビールの味」「パッケージ」「作り手の思い」など、それぞれ違います。
それでも、話を聞いていくと、共通点が見えてきました。そこに集まる「人」が好きだという点です。
「人」の中には、ファンだけでなく、ヤッホーブルーイングの醸造師や営業担当、広報など社員、すべて含まれます。
そこには、ビールを飲むことだけにお金を払う、そんな経済活動とは別の世界が広がっていました。
ネット上に発表された文章やイラスト、漫画などに課金できる「note」というサービスがあります。
その中で、一定のファンを持つ漫画家には、作者が設定した値段以上のお金を支払う「投げ銭」をするファンが少なくないそうです。
物の価格自体を消費者が決める。希望小売価格より高くなる可能性があってもです。それが今という時代なのかもしれません。
イベントの企画、運営にはたくさんの時間が必要です。それに費やした時間は、ビールに支払う以上の金額になるかもしれません。でも、それで損をしたとは思わず、逆に充実感を覚える。
そんなヤッホーブルーイングからは、新しい価値観の誕生を垣間見た気になります。
今後、そんなファンと一緒に「ヤッホーブルーイングとして」何ができるのかを考えていくそうです。ファンからの意見をニーズとして捉えるだけでなく、ファンが企業活動の一環を担えるような仕組みを取れることが、ビールメーカーに限らない様々な分野で考えていかなければならない要素だと、テンションの高いイベントに参加して実感しました。
1/16枚