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全国から肌着ばかりが届く寺、圧巻の「痔封じ」儀式で見たものは……
和歌山市の住宅街にある妙宣寺には、毎年秋の月見の日が近づくと、全国から小包が届きます。埼玉、千葉、愛知、岡山――。中身は、パンツなど肌着です。お寺では、約半世紀にわたり「他人に知られたくない悩み」を受け止め、お月見の日に祈祷(きとう)をしてきました。その「悩み」とは?(朝日新聞和歌山総局・土井恵里奈記者)
妙宣寺が受け止めてきた悩みとは「痔(じ)」です。
届いた肌着は、痔に悩んでお参りにきた人々と一緒に、痔封じの祈祷(きとう)を受けます。遠方に住んでいたり仕事が忙しかったりと、寺に来られない人の代役なのです。痔封じが行われるのは、毎年中秋の名月、お月見の日。今年は24日がその日でした。約500人が参加しました。
寺の前の看板には「来る9月24日 ぢふうじまじない」と書かれています。「一年中で一日限り」とも。
痔に悩む人は、この日を心待ちにしています。和歌山市の60代女性は「毎年カレンダーでお月見の日をチェックしてる」。昨年は東京の息子(34)と大阪の娘(32)の肌着も持参しました。大阪の男性(72)も常連。働き盛りの20代からいぼ痔を患い、「ボーナスの大半を痔の薬代につぎこんできた」。痔封じをしてもらってからは調子が良いといい、治ってからも「安心のために通ってます」。
蘆田恵教(あしだ・えきょう)住職(49)によると、痔封じは約50年続く伝統行事。当日は他の寺のお坊さんもかけつけ、朝から夕方まで終日行います。
痔封じには、苦しみを吸い込むとされるヘチマが使われます。寺の本堂には、切られたヘチマが積まれ、お坊さんらがお経などを書いた紙をヘチマの中に詰めていきます。読経が響き渡る中、参加者は、じっと目を閉じたり手を合わせたり。終わると、住職が「皆様の痔を封じました。来年のお月見の日までお大事に」とお守りを渡します。
人々の悩みを吸い取ったヘチマは、境内に掘られた穴に埋められます。ヘチマが腐るにつれ、痔が良くなると伝えられています。住職は「一人でも多くの人に、良くなっていただきたい」。毎年500人ほどが集まるそうです。
私は、昨年の痔封じを見学しました。驚いたのは、痔に悩む人の多様さ。朝一番にこだわって早朝から来る人、仕事帰りに駆け込む人、杖をついた人、お腹の大きい妊婦も。「家族の分も」と複数のパンツを持参する人もいました。
和歌山市の女性(76)は痔封じ歴約10年。痔封じのお守りをひもに通し、四六時中腰に巻いているそうです。「ポケットに入れといたら落とすかもしれへんやろ。風呂以外ずっとこないしてる。夜寝る時もや」
痔は、治ってもぶり返すことがあります。「痔封じに50年ほど通っている」という常連の男性(82)=和歌山市=は、この寺とは長い付き合い。効き目について「ご利益があると思ってます。科学的な考えも大事でしょうが、神様仏様にすがることもあるわな。人間やから」
江戸時代も、各地から痔に悩む人が和歌山県を訪れていた記録が残っています。人々の目当ては、現在の紀の川市の医学者、華岡青洲(はなおか・せいしゅう)でした。
青洲は19世紀初頭、世界初の全身麻酔手術に成功したことで知られます。乳がんなどのほか、痔の治療にも貢献しました。和歌山市立博物館によると、杉田玄白の弟子で蘭学者の大槻玄沢が青洲に宛てた書簡には、青洲の痔治療を評価する記述があります。
遠方から来る患者もいました。江戸時代の回船商人の旅日記「海陸道順達日記」には、痔を煩う息子を連れて佐渡から青洲を訪ねた様子が書かれています。
青洲の治療実績などをもとにした「医聖華岡青洲」(医聖華岡青洲先生顕彰会発行)には、青洲が使った薬についての記述があります。
これは、現在は紫雲膏(しうんこう)と呼ばれ、植物「ムラサキ」の根、「紫根」などの生薬を配合した薬。「痔に~はボラギノール♪」のCMでおなじみの天藤製薬(本社・大阪)によると、紫根は炎症を抑える作用があり、古代から痔に対する効果が知られてきたそうです。
ムラサキ科のラテン名は「Boraginaceae」で、同社の薬「ボラギノール」の由来にもなっています。「紫根は中国最古の薬物書にも紫草として登場しますが、最も有名なのは、華岡青洲がつくった紫雲膏です」
紫雲膏は、今も複数の製薬メーカーが製造しています。和歌山市の漢方製薬会社「剤盛堂薬品」の製品「春林軒 紫雲膏」もその一つ。紫根、当帰(トウ・キ)、ごま油、蜜蝋が配合され、伸びが良いのが特徴といいます。
製品名の「春林軒」は、青洲の住居兼診療所、医学校でした。紀の川市にある「青洲の里」に復元されており、今も多くの人が訪れます。「春林軒 紫雲膏」は青洲の里でも買うことができ、お土産としても人気です。
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