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待機児童「ワースト」返上しても喜べない…世田谷区長のモヤモヤ

保坂展人世田谷区長
保坂展人世田谷区長

目次

 毎年、9月になると全国の自治体の待機児童数が発表されます。5年連続全国最多だった世田谷区は、375人減の486人となり、「ワースト」を脱して話題になりました。保坂展人区長は胸をなで下ろしていると思いきや、「そもそも見栄えをよくする工夫はしてこなかった」と、冷めた目で見ていました。「絶対的な限界はある」と厳しい見通しも示した区長。待機児童問題の最前線で起きている課題について聞きました。(朝日新聞記者・田渕紫織、中井なつみ)

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園も増やしたが、申し込みも減った

 ――今春、区内の待機児童が43%減となった大きな要因は?

 「保育園を増やしてきたことが最も大きいが、申し込みも減った。出生人口が例年700~800人増えていた勢いが、少し弱まった」

 「これまでは0歳が一番入れないという声が多かったが、4月1日時点では0歳に約90人分空きがあった。昨年ごろから3歳以降の空きも目立ち、認可保育園全体では1千人を超える空きがある。ただ、地域偏在もあり、年度途中の入所もあるので、今はそこまで空いていない」

世田谷区の認可保育所で園庭にある鉄棒で遊ぶ子どもたち
世田谷区の認可保育所で園庭にある鉄棒で遊ぶ子どもたち 出典: 朝日新聞

実態に近い数字を出してきた

 ――今年は改善したとはいえ、2017年春までは待機児童数が5年連続「全国ワースト」。2018年春も都内で最多の486人が待機しています。

 「(待機児童数が)1千人台が3年も続いてしまった。ただ、その数のはじき方で、保育園に入れなくて育休復帰や求職活動を断念した人を除外するなど、できるだけ少なく見せようとする自治体も多い。その方がイメージがよくなるので」

 「世田谷区では、見栄えをよくする工夫は住民を惑わすだけと厳に戒め、実態に近い数字を出してきたことは、言っておきたい」

待機児童の実態を伝える2018年9月8日の朝日新聞朝刊(東京本社版)
待機児童の実態を伝える2018年9月8日の朝日新聞朝刊(東京本社版)

していい規制緩和、しちゃいけない規制緩和

 ――国や一部の自治体の政策では保育士の資格を持つ人の割合を下げる方向などの、規制緩和が進みます。世田谷は、国の基準を上回る保育士の人数や広さの基準を置いていて、待機児童がどれだけ増えても、緩めませんでした。

 「例えば0歳児1人あたり3.3平方メートルなどの国の基準は、昭和23年のウサギ小屋すらなかった時代のもの。その基準を緩和して待機児童解消をしても意味がない。保育の現場を考えて、世田谷区が緩めないのではなく、国が改善しないだけだと、全面的に反論している」

 「『していい』規制緩和と『しちゃいけない』規制緩和がある。例えば都が、コンビニの跡地などの空き店舗を保育園に使えるようにしたのは『していい』規制緩和。ただ、部屋に光が入らなくていいとか、運動させなくていいとか、これまで4人の子をみていた保育士が6人をみるとか、これは『しちゃいけない』規制緩和ではないか」

政府の国家戦略特区制度を利用して公園の中に生まれた「にじの森保育園」
政府の国家戦略特区制度を利用して公園の中に生まれた「にじの森保育園」 出典: 朝日新聞

 「保育は大人が働くためにあると考えがちだが、本質的には子どもの発達、成長、育ち、学びを支援していくもの。人生の基盤をつくる時期なので、そこを薄くしろというのはありえない。ただお預かりしていればいいという話ではなく、質を高めていくべきだ」

 「長時間労働で少ない人数で保育士に効率的にみてくれとなれば、保育士の心身のストレスは大きくなる。それが事故やヒヤリハットにつながる危険も増していく。待機児童がいるんだから背に腹は代えられないんじゃないかという意見はあるが、(安易な規制緩和は)誤りだと思う」

保育士の待遇改善などを求めて、東京都内でデモをする保育士ら=2017年11月3日、田渕紫織撮影
保育士の待遇改善などを求めて、東京都内でデモをする保育士ら=2017年11月3日、田渕紫織撮影 出典: 朝日新聞

保育園予算、絶対的な限界はある

 ――保育園にはお金がかかります。世田谷区では、整備、維持、運営費に区の予算の1割以上が割かれています。

 「約3千億円の中で487億円。16%にのぼる。ここから国、都の補助と、保護者が払う保育料を差し引いても、区が負担する一般財源は270億円にのぼる。それでも、高齢者だけの人口構造では、将来を支える人はいなくなってしまう。財政の制約を考えず、できるだけ保育園をつくろうと、財政的に最優先でやってきた」

 ――ここからさらに保育予算を増やしていけますか?

 「絶対的な限界はある。今の世田谷区の3千億円という予算に対して、区が出している保育園の予算の額は相当背伸びをしている状態。この先は(より予算のかからない)小規模な0~2歳児の保育園整備にシフトしていく」

子育て支援の部屋を改装し、園児用のロッカーを設置したが、保育士不足で受け入れができていない保育園
子育て支援の部屋を改装し、園児用のロッカーを設置したが、保育士不足で受け入れができていない保育園 出典: 朝日新聞

無償化の恩恵、高所得者に大きい

 ――人口減のなかで保育園の維持管理費はずっとかかります。0歳児の保育に1人月40万かかるとも言われています。利用者負担の議論は?

 「これまでにも2回、保育料の値上げはした。低所得者は上げず、それ以外に最大16%上げた。反対運動はゼロで、『仕方ない』と言っていただける方が多かった」

 「実際に保育にかかっているお金はこれぐらいで、相当の公費負担と保護者の負担はそれぞれこのぐらい、というグラフも見てもらって、どうしても財源も確保しなければいけないということで説明する会も開いた」

マンション内の保育園で、おやつを食べる子どもを見守る保育士=千葉県柏市
マンション内の保育園で、おやつを食べる子どもを見守る保育士=千葉県柏市 出典: 朝日新聞

 ――2019年秋には、幼児教育・保育の無償化を迎えます。何が予想されますか?

 「区立保育園で保護者から徴収している保育料分を区が肩代わりすることになると、8億円ほど負担が増えると試算している。ふるさと納税で41億円の減収になるなど財源の乏しいなかで、その部分もやってくれという話になると、ほかの分野に予算を回せなくなる状態に陥ることもありうる」

 「無償化の恩恵は高所得者に大きいのには矛盾を感じる。現在でも、保育料は生活保護世帯からはもちろんとらないし、3歳以上なら収入に応じて600円~約4万円まで細かく刻まれている。600円がゼロになるのと、4万円がゼロになるのでは違う」

 「収入の状況に細かく対応する制度をせっかく作っているのに、それがチャラになる。そうすると、区内の待機児童を解消するためにまだ40園たてる必要があるのに、全体として予算上のしわ寄せが、そこに来るかもしれない」

保育園だけじゃないトータルで

 ――保育ニーズも、いつかは頭打ちになります。そのとき、施設や保育士は必要なくなるのでしょうか?

 「子どもにとって大事なのは保育園だけではない。小学校や地域の児童館や子どもや中高生のスペースをトータルでよくしていくことで、子どもを育てる場所を選ぶという自治体間競争に勝てる」

 「子どもを産むと決めて世田谷に引っ越したという、子育て世帯の声もよく聞く。短期間のうちに施設が余ったり保育士が不要になったりすることはないと思う」

保坂展人世田谷区長
保坂展人世田谷区長 出典: 朝日新聞

取材を終えて

 市区町村の「待機児童数」は、いまや子育て世帯にとって、住む場所を決めたり、引っ越したりする指標となっています。私たち新聞記者も、毎年発表されるたびに「自治体ランキング」として並べて、特集します。

 しかし、いつのまにか本来の趣旨を外れ、実態は多くの人が保育園に落ちているのに、待機児童数の数え方を操作して表面上「ゼロ」とする自治体が多くでてきました。

 こうして「見た目」を競うことに、世田谷は異議を唱え続けてきました。5年連続「全国ワースト」だったにせよ、正確な数を公表したうえで減らしてきたのは、多くの自治体の参考になります。

 区長の抱く次なる不安は、国による無償化政策にあります。入園希望者が増えても、保育士の確保やインフラ整備が追いついていない現状では、再び待機児童数が膨らむのではないか――。

 足りない保育士やインフラを補うために「詰め込み保育」に走る自治体や園が相次げば、全国的に保育の質が下がることも予想されます。

 こうした最悪のシナリオにならないために今からできることは、全産業平均より約10万円低い保育士の給与を国全体でベースアップし、年々長くなっている預かり時間も見直して、保育を担える人材を増やしておくことではないでしょうか。

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