お金と仕事
カジュアルフライデー、どこへ行った? 「金曜がよくなかった」理由
金曜日にカジュアルな装いで出勤する「カジュアルフライデー」という取り組みが1990年代にありました。近年は聞かなくなってしまいましたが、なぜ消えてしまったのでしょうか? その後、浸透したクールビズと運命を分けた理由とは? 当時を知る専門家に振り返ってもらいました。(朝日新聞社会部記者・末崎毅)
まず、いつから話題になっていたか調べてみたところ、朝日新聞には1995年に関連の記事が掲載されていました。
カジュアルフライデーは自治体や商社、金融機関で次々と導入され、紳士服チェーンがカジュアル服の専門店を出すという記事もありました。
そんなカジュアルフライデー、実際はどんな風に受け止められたのでしょう。
文化服装学院(東京都渋谷区)の職員で、1996年に「カジュアルフライデーなんか怖くない」を書いた池田衛さん(56)に当時の様子についてお話をうかがいました。
――本を書いたのは何歳の時ですか?
「30代前半で、当時はフリーのイメージコンサルタントとして、外見的な情報発信をコントロールする仕事をしていました。例えば選挙でたたかう候補者に対して、『シャツのそでをまくりすぎるとやり過ぎなイメージになるから、まくる回数は2回までがいいですよ』といったことを助言していました」
――カジュアルフライデーの発祥は?
「もともとは1980年代後半の米国で、スーツを脱いでカジュアルウェアで仕事をしようというムーブメントとして発生したのが起源と言われています。業績があがらない企業で組織の硬直化を改善する方策として注目されました」
「マイクロソフトのビルゲイツに代表されるように、成長著しいシリコンバレーの連中はスーツを着ていないらしいぞ、スーツにネクタイではいいアイデアも浮かばないだろう、と。それを1990年代に日本が『輸入』しました。当時はバブルが崩壊して閉塞(へいそく)感が広がっていたころでした」
――カジュアルフライデーは盛り上がっていたのでしょうか?
「私は商社や銀行、官庁から講演に来て欲しいと依頼を受けたので、注目はされていたと思いますが、盛り上がっていたとは言えないのではないでしょうか」
「講演で感じたのは、トップの意気込みに比べると社員や職員のみなさんはどことなく冷めていてアウェー感さえあったな、ということです。ある銀行での講演の反応は特に冷ややかで、講演後の質疑応答ではたいてい1~2個の質問が出るものですが、司会者が指名しても『特にないです』でしたね(笑)」
「当時の会社員のワードローブにあったのは、スーツかゴルフウェア、またはジャージーといったところで、職場に何を着ていくか悩んだと思います。それを自分で考えるところから発想の柔軟化につながるということだったのに、かえってカジュアルについてマニュアルが必要になり、縛りが増えてしまいました。発想の柔軟化には結びつかないですよね」
「『効果が上がった』という声は、残念ながらあまり記憶にありません。カジュアル衣料の消費が増えるのでは、というファッション業界の思惑も見え隠れしてしまいました」
リーダー育成塾などを運営するシンクタンク「青山社中」(東京都港区)の筆頭代表、朝比奈一郎さん(45)は、通商産業省(現経済産業省)で働いていた当時、忘れられない体験をしたそうです。
――カジュアルフライデーを体験されたそうですね。
「入省後の1990年代後半でした。当時は夏になると半袖のシャツにネクタイをして、大事な会議があると上着を着ていたのですが、それでも省内が暑かったんです。そんなときに、カジュアルフライデーという習わしがあり、金曜だけでも暑さをしのげたらいいなと思って、ポロシャツを着ました」
「ところが当時の上司が特に厳しい人で、『ピザの出前か!』と怒られました。『いま国益のために闘っているんだ。戦闘服を着ないで戦争をする軍隊があるのか』と。カジュアルな服を着ていたのは僕だけだったと思います。他のみんなは忖度(そんたく)をしていたのに、僕は空気を読んでいなかったんですね。次からは着ませんでした」
――カジュアルフライデーは浸透していましたか?
「浸透していなかったと思います。役所だと、政治家がネクタイをしていたら自分たちもしなくてはいけない。政治家は、選挙区の人がネクタイをしていたら……ということです。社会全体でやらないと難しいですよね」
「あと、プレミアムフライデーもそうですが、フライデー(金曜)というのもよくなかったのではないでしょうか。日本人のメンタリティーでは、翌日が休みだとギリギリまで頑張っちゃいます。休みの延長でマンデー(月曜)にやるほうがよかったのではないでしょうか」
「僕が入省したのは景気が悪くなり始めたぐらいの時で、高度経済成長期の成功モデルが色濃く残っていました。勤勉に働き、他者に悪いイメージは与えない、という。だから規律があるワーカーが好まれ、ポロシャツを着た僕はピザ屋だと言われました」
カジュアルフライデーが盛り上がりを欠いたまま、2000年代半ばにクールビズが始まりました。これが、結果としてオフィスの装いのカジュアル化につながったようです。
池田さんはクールビズが浸透した理由に「大義名分」と「ビジネス目線」があったと言います。
「クールビズは浸透しましたね。カジュアルフライデーが『自然消滅』しかけた2005年、当時の小池百合子環境相が推進しました。カジュアルフライデーは、服装を変えて発想も変えようということでしたが、クールビズは軽装でエアコンの温度を上げて温暖化を防ぐという大義名分があり、取り組みやすかった」
「ビジネスだ、というネーミングも受け入れられたと思います。湿気や熱気を放出する高機能素材などの開発も、クールビズの浸透を支えました。結果的にクールビズで売り出された商品はカジュアルなものが多く、カジュアル化につながりました」
朝比奈さんは、今のオフィスの服装から「産業構造の変化」が見えるそうです。
「営業などの職種ではピシッとした服を着る習慣が今でもありますが、人に会わないで『どうやっていいプログラムをつくるか』『どうクリエーティブにできるか』が問われる仕事が増えている気がします」
「カジュアルな服を着る理由は『自分を表現したい』『楽だから』など様々だと思いますが、装いをTPOによって柔軟に使い分けるようになったのではないでしょうか」
そんな中、日本を代表する大企業や堅いイメージの金融機関でジーンズでの出勤を解禁する動きも広がっています。
服装の自由化に取り組む家電大手のパナソニック(大阪府門真市)を5月に取材で訪れたところ、みなさんジーンズや綿のズボンをスマートにはきこなしていました。
カジュアルな装いが増えたことで「会議でも意見を言いやすい雰囲気が出てきた」(30代男性)といいます。「スーツの時ほど汗をかかなくなり、快適だ」(30代男性)、「終業後の時間が開放的に過ごせる」(入社2年目の女性)といった声もありました。
池田さんに、オフィスでの着こなしで「気になること」を聞いたところ、出てきたのはまず「シャツの襟」でした。
「クールビズで、レギュラーカラーという襟の開き角度が狭いワイシャツをネクタイなしで着るのはどうかおやめください。襟先を収めるのが難しいんです。襟先にボタンがついているボタンダウンシャツか、襟の開き角度が広いワイドスプレッドカラーのシャツを選んで頂きたいですね」
一方、ズボンにも注意点はあるようです。
「ズボンはスーツの下をそのまま着てもいいですが、プリーツ入りだとおじさん臭く見えます。できればプリーツなし、入っていても浅いものが好ましいです。軽装にあわせる靴は、せっかくなら靴ひもがないスリッポンはどうでしょうか。靴ひもがあると重そうに見えます。ベルトと靴の色はそろえましょう」
「実は私自身は『アンチクールビズ』なんです」と明かす池田さん。その心は……。
「8月の暑い時期でも月曜日だけはスーツにネクタイをします。自分のけじめ、ポリシーです。そもそもファッションはやせ我慢という部分もあります。暑いからと漫然とネクタイを外すのではなく、目的を持って服を着るのがファッションです」
「『あなた、なぜその服装なの?』と聞かれたときに答えられる格好ということですね。きょうは取材を受けるので、ジャケットを着ました。まあ、自宅の最寄りの駅に着いたら上着は脱いでしまいますが(笑)」
「誰と、どういう目的で会うのか、そのために服装をどう整えたらよいかを考えると、おのずと答えは出ると思います」
◇
実は、今回、記事を書くにあたり、ポロシャツや綿のパンツなどカジュアルな装いを意識してみました。すると不思議、柔軟な発想が泉のようにわき出て、会議では新しい記事のアイデアが次から次へと口をついて出る!なんてことは、ありませんでした……。
世の中、そんなに甘くないようです。
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