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新人カメラマンが見た金足農の吉田輝星 実感したエースの責任と喜び
100回目を迎えた夏の甲子園は、大阪桐蔭が史上初の2度目の春夏連覇を果たしました。その大阪桐蔭と決勝を戦った金足農は、「ミラクル」な勝ち上がり方も手伝って、全国の注目を集めました。その金足農を引っ張ったのが、エースの吉田輝星投手でした。この夏、朝日新聞の新人カメラマンとしてファインダーを通して見た150キロ右腕の活躍を、写真とともに振り返ってみました。(朝日新聞映像報道部・西岡臣記者)
ブラスバンドの演奏が響き渡るなか、ファインダーに目を向ける。投手が球を投げ込むと観客がどよめきました。何事かと電光掲示板に目を向けるとそこには「150km」の文字がありました。
金足農の吉田選手のすごさを感じたのは、自己最速と並ぶ150キロを記録した横浜との三回戦でした。その投球を三本間(三塁と本塁の延長線上の撮影位置)で撮影していました。
八回裏、金足農は高橋選手の3点本塁打で逆転。二塁走者として生還した吉田選手は満面の笑みで高橋選手と抱き合いました。アルプスの盛り上がりは最高潮となりました。
そして九回表、吉田選手が、最後の打者に自己最速に並ぶ150キロの速球を投げ込むと球場全体に歓声が響き渡りました。テンポよく投球しながら時折笑顔を見せる吉田選手からは、野球が楽しくて仕方がない、といった様子が、レンズ越しに伝わってきました。
その後、金足農は近江との準々決勝、日大三との準決勝を制して秋田勢として103年ぶりの決勝進出を果たします。特に近江戦はサヨナラ2ランスクイズという劇的な幕切れが話題となり、SNSでも広く拡散されました。その瞬間を三塁側カメラ席で撮影していた私は、夢中で生還する走者と捕手にレンズを向けていました。
しかし、試合終了後、あの瞬間は金足農のベンチの様子を撮るのが私の役割だったのかも知れないと反省しました。甲子園では、センターやネット裏に加えて、ニコンのロボットカメラまで駆使して内外野の最大11カ所から試合を撮影しています。実際、サヨナラのシーンで一番絵になる写真が撮れたのは、三本間と一塁側のカメラマン席でした。
劇的な試合展開はもちろんですが、今大会の金足農の人気の理由は、それだけではありませんでした。秋田大会からの試合を戦った9人の選手全員が秋田出身でした。宿舎に用意されていたのは、秋田大会優勝時に贈呈された「あきたこまち」でした。こうした郷土愛を感じさせる要素が、金足農が多くの人から応援された理由の一つでもあると思います。私はどんどん高校野球の面白さ、そして金足農というチームの魅力に惹かれていきました。
大阪桐蔭との決勝。この日、私は通常はカメラマンがあまり入らない一本間(一塁と本塁の延長線上の撮影位置)というポジションに入ることになりました。
ここからは、一塁側に入った金足農のベンチがよく見えます。決勝の幕切れでは通常、喜ぶ優勝チームを追いかけるのが原則です。けれども、金足農が勝っても負けても、試合の幕切れでは金足農ベンチの選手たち、特に吉田投手を狙うことを事前にキャップに伝えて、臨みました。
この試合、吉田選手は苦戦を強いられます。5点のリードを許し迎えた五回裏、猛攻を受け4失点。二塁手の菅原選手がマウンドで声をかけても、吉田選手の表情に笑顔はなく、横浜戦で見せたような強気な様子もありませんでした。
その後さらに2失点し、五回を投げきった吉田選手は、直後の六回表、先頭の打席に立つも、凡打に倒れてしまいます。ベンチでは、意気消沈した表情でした。この後、吉田選手は今大会で初めて、試合途中でマウンドを降ります。右翼手として守備につく吉田選手の背中はどこか寂しげに見えました。
七回表、金足農が菊地亮太選手の二塁打で1点を返すと、球場が大いに盛り上がります。攻守交代の場面で、吉田選手は奮闘した打線に元気づけられたかのように勢いよくグラウンドへ飛び出しました。
九回表、金足農の最後の攻撃。吉田選手は仲間と肩を組みベンチの端で試合を見守っていました。最後の打者、菊地彪吾選手が右飛となり、試合終了。選手たちは整列に向かいます。ベンチを出た吉田選手は少し歩いたところで泣き出しました。そんな吉田選手を励ましながら、整列に向かうチームメートの姿を見て、心の中で声援を送りながらシャッターを切り続けました。
両校あいさつが終わった後、大阪桐蔭の選手たちが次々に吉田投手に握手を求めていたのも印象的でした。
七月の東京大会開幕からずっと高校野球を取材し、多くの投手が印象に残っています。攻玉社の田中、小山台の戸谷、日大鶴ケ丘の勝又、創志学園の西、下関国際の鶴田、そして金足農の吉田。野球というスポーツで、投手が背負う責任、重圧、緊張、やりがい、喜び。カメラマン席で、同じ時間と空間を過ごして、肌で感じました。
私は小学校から高校まで、サッカー少年でした。サッカーでは、たった一つのポジションが、野球における投手ほどに大きな役割を果たすことはなかったように思います。
決勝後、金足農の選手たちは、疲れをにじませながら宿舎に戻りました。それでも、カメラマンがおなじみとなった「侍」ポーズをリクエストすると、笑顔で応じてくれました。初めての甲子園を彼らと過ごしたことは、私にとっても一生忘れることのない経験となりました。
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