連載
#8 金正男暗殺を追う
<金正男暗殺を追う>1週間前の一人旅、誰にも告げずリゾートの島へ
金正男(キム・ジョンナム)氏が、殺害現場となるマレーシアに入ったのは、殺害される1週間前のことだった。友達に「忙しくなりそう」と語り、ほぼ1人で行動した正男氏は、周りに行き先を告げぬまま、ある島を訪ねていた。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
2017年2月6日、正男氏は自宅のあるマカオから、マレーシアの首都クアラルンプールに移動した。アジア各地を格安で結ぶエアアジア社のAK8321便。クアラルンプール国際空港に着陸する頃には、すっかり日が沈んでいた。
空港に着いた正男氏は、珍しく1人だった。いつも傍らにいる交際女性の姿はなかった。愛用のスーツケースも見当たらず、手荷物は黒いバッグ一つだけ。薄手のジャケットにジーパンを合わせた軽い身なりは、短い旅を思わせた。
渋滞の幹線道路を1時間ほど走り、クアラルンプール中心部のホテルへ。近くの繁華街で簡単に夕食を済ませ、床に就いた。
7日も正男氏はクアラルンプールにとどまった。夕方にはホテルで日本料理を楽しんだ。
食事中、正男氏は「あなたの人生は幸せですか?」とつぶやき、相席者を驚かせた。悩みがあるような口ぶりだったが、多くは語らなかったという。
また別の友人には、こう告げている。「明日から少し忙しくなりそうだ」「(4日後の)週末には落ち着くと思う」。マレーシアに入ってもなお、予定が固まっていない様子だった。
翌8日朝、正男氏はホテルを発った。黒いバッグを右肩にかけ、空港の第2ターミナルを歩いていたことが、監視カメラの映像から判明している。
このとき正男氏が乗った飛行機は、国内線のAK6302便。行き先は、マレーシア北部の離島「ランカウイ島」だった。
広大な海とマングローブの森に囲まれたマレー半島屈指のビーチリゾートで、正男氏はいったい何をしていたのか。その謎は、後の捜査で明らかになっていく。
◇
【ランカウイ島】マレーシア北西端のタイ国境に近い東西30キロほどの島。古い地層や鍾乳洞などの特殊な地形で知られ、2007年には東南アジアで初めてユネスコの地質遺産(世界ジオパーク)に登録された。海辺のホテルやマリンスポーツが世界中の観光客を引きつけている。2018年5月の総選挙では、マハティール元首相がランカウイ島の選挙区で当選。自身が率いる野党連合が勝利したことで初の政権交代を成し遂げ、首相に返り咲いた。
1/5枚