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IT・科学

今やるべき! カードゲーム「避難所運営HUG」意外と盛り上がる

「あっ、停電だ!!」やってみたら盛り上がるカードゲーム「避難所運営」
「あっ、停電だ!!」やってみたら盛り上がるカードゲーム「避難所運営」

目次

 数あるカードゲームの中でも、ひときわ珍しいゲームがあります。避難所の運営体験ゲーム。広い体育館にどのような通路を作り、受付の場所をどこに設置するか? ペット連れの人は? 更衣室は? これがけっこう盛り上がるのです。開発者と一緒に体験してみました。(朝日新聞静岡総局・佐々木凌記者)

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2008年に商品化「避難所HUG」

 ゲームは、その名も「避難所HUG」。HUGは避難所(Hinanzyo)運営(Unei)ゲーム(Game)の頭文字です。某公共放送を彷彿とさせるネーミングですが、避難者を優しく受け入れ「抱きしめる」という意味も込められているのだそう。

 開発したのは静岡県の職員だった倉野康彦さん(62)。2007年にあった能登半島地震や中越沖地震で避難所運営が注目されたことをきっかけに「楽しみながら運営を学べるゲームがあれば」と開発を始めたそうです。仕事後の時間などを使い、同僚にも助言をもらいながら約一年かけて開発し、2008年に商品化しました。

開発者の倉野康彦さん
開発者の倉野康彦さん

体育館に「避難者カード」を配置

 今回体験したのは、「HUG風水害バージョン」。倉野さんが一般財団法人「消防防災科学センター」と連携して2009年ごろに開発したもので、各地の消防職員の研修などで使われています。

 ルールは、体育館や教室に見立てた用紙に「避難者カード」を配置していくというシンプルなもの。

 カードはカルタほどの大きさで、避難者が住んでいる地区や年齢、自宅の被害状況(床上浸水・床下浸水など)の他に、「妊娠6カ月」「ネコを連れてきた」「吐き気がひどい」「耳が聞こえない」などといった、避難者が抱える様々な事情が書かれています。

 風邪をひいている人は感染を避けるために体育館ではなく教室へ、歩行困難な人は体育館の入り口近くに配置するなど、参加者はチームで話し合いながら、1家族30秒程度の短い時間で配置を決めていきます。

 正解が用意されているわけではなく、勝ち負けもありませんが、倉野さんは「その時々で瞬時に一番ベターだと思う決断を下すことが大切」と言います。

体育館に見立てた図面に「避難者カード」を配置していく
体育館に見立てた図面に「避難者カード」を配置していく

通路作り「よくある引き方ですね、でも……」

 それではゲームスタート。まず初めに、体育館に通路を作ります。記者は、二つの入り口の前に1本ずつ、それを横切るように一本引いてみました。「廾」の形です。すると…。

 倉野さん「よくある引き方ですね。でも、一番いいのは体育館の周りを囲むように通路を作ることです。外側を通路にすることで風も通るようになり衛生的です。また、お年寄りも壁を伝って歩くことができます」。

 なるほど、通路一つを取っても、避難者の視点で考えることが大事なんですね。

次々と訪れる避難者で体育館はいっぱいに
次々と訪れる避難者で体育館はいっぱいに

盲導犬は入れてもいい?

 避難者カードをめくります。柴犬を連れて避難してきた家族がいました。犬はどうしよう…。考えた結果、昇降口近くの雨の当たらない場所に繫いでもらうことにしました。

 倉野さん「国が定めたガイドラインでは、ペットは『同行避難』することになっています。避難者のストレスを軽減し、野生化を防ぐためです。でもそれは体育館の中に一緒に避難するという意味ではありません。それを誤解する人がいるとトラブルになりかねないので注意が必要です」。

総社市役所西庁舎に避難する犬と飼い主=2018年7月18日、岡山県総社市中央1丁目、角野貴之撮影
総社市役所西庁舎に避難する犬と飼い主=2018年7月18日、岡山県総社市中央1丁目、角野貴之撮影 出典: 朝日新聞

 次に避難してきたのは盲導犬を連れた、全盲の方。私たちは「盲導犬はペットではない」と判断し、他の避難者と同じ体育館に避難してもらうことに。

 倉野さん「確かに盲導犬はペットとは違います。ですが、避難者の中には犬アレルギーの人もいるかも知れません。教室など別室に避難してもらっても良かったのでは」。なるほど。そこまでは考えられていませんでした。避難所運営は配慮しても、しすぎることはないのだなと感じました。

 他にも「外国人観光客はどうする?」「認知症の男性は?」――。次々と難題がやってきます。どこまで配慮すべきなのか、悩むことだらけですが、このゲームでは「保留」は禁止。実際の避難所運営では、次々とやってくる避難者を前に「今考えるのでちょっと待ってて」とは言えません。その場ですぐに一番ふさわしいと思う選択をする、それが避難所運営の肝だと言えます。

女子更衣室の場所は…

 喫煙所や仮設トイレの場所を決める「イベントカード」もあります。

 更衣室の場所を決めるカードで、体育館内の器具庫を女性更衣室に決めました。すると、同僚の女性記者から提案が。「女子更衣室の近くには男性避難者を置かない方がいいのでは」。

 私には考えも着かなかった配慮で、倉野さんも感心していました。ゲーム後、提案した記者に聞いてみると、小学生の時に中越地震を経験した友人が、「子どもだったけど、知らない男性に着替えを見られてすごく嫌だった」と話していたことを思い出したのだそう。避難所運営には、様々な視点から避難者に配慮することが必要なのだと痛感しました。

東日本大震災時に避難所の女性らの声で生まれた「女性更衣室」=2011年7月7日、宮城県気仙沼市
東日本大震災時に避難所の女性らの声で生まれた「女性更衣室」=2011年7月7日、宮城県気仙沼市 出典: 朝日新聞

「一番悩んだ」ホームレスの人

 「食べ物が欲しい」とホームレスの男性が避難してきました。同僚の女性記者は「あの判断が一番悩ましかった」といいます。

 もちろん、受け入れない訳にはいきません。雨が降っているので外に避難してもらう訳にもいかない。しかし、しばらくお風呂に入っていないようで、同じ体育館では他の避難者から苦情が来るかもしれません。だからといって、病気の避難者と同じように教室を割り振ってもいいものか……。

 散々悩んだあげく、結局教室に避難してもらうことにしました。他の避難者に影響を与えず、納得してもらいやすい選択だと思ったからです。女性記者は「選択肢は他にないと思ったけれど、後から病気の人が避難してくるかも知れないので教室は空けておいた方が良かったのでは。もし、すでに教室が空いていなかったらどうすれば良かったのだろう」と振り返ります。

 倉野さんは「正解はありませんし、ホームレスの人がどんな人かやその時の避難所の状況によっても判断は変わってくると思います」と話します。

 「避難所には、病気の人、寝たきりの人、引きこもりの人など、普段は接する機会のないような人も避難してきます。ホームレスの人が来るのもあり得ることです。まさかないだろうと思っていて、本番で驚くことがないように事前に考えてもらいたいとゲームに入れました」

なるほど情報共有って大事!

 イベントカードには、「川の氾濫」「土砂崩れ」といった被害の情報が寄せられるものもあります。参加者は掲示板に「川下地区が道路冠水」「川上地区に取り残された人がいる」などの情報を書き込んでいきます。倉野さんによると、どんな災害でも、情報共有や安否確認のために掲示板を活用することは重要なのだそうです。

 倉野さん「災害対策本部は屋内の頑丈な場所に置かれています。外が見えなかったり、音が聞こえなかったりして、実は被害の状況がつかみにくいこともあります。特に次々に状況が変わる風水害は、避難所に寄せられた情報を整理して本部に共有することが重要なんです」

掲示板に地域ごとの被害状況やお知らせ事項を書いていく
掲示板に地域ごとの被害状況やお知らせ事項を書いていく

起きてしまってからでは遅い

 また、風水害ならではの難しさがあります。倉野さんは「刻一刻と状況が変わる中で避難所に避難すべきかどうかの判断をしにくいこと」と言います。「今回の西日本豪雨でも避難しようと思った頃にはもう道が冠水していて、避難できずに亡くなった方もいたといいます」

 ゲームの中にも、消防団に救助されて避難し「もう少し早く避難すれば良かった」と後悔する人や、逆に腰まで水に浸かったびしょ濡れで避難してきて「自宅の2階にいた方が良かったのでは」と悩む避難者が登場します。

 どんな災害でも、起きてしまってから「どう避難すべきか」と考えているのでは、間に合わなくなってしまうと思います。日頃から備えをするとともに、頭の中でシミュレーションをしておくことが大切だと思いました。

「自宅の2階にいた方がよかっただろうか」と後悔する避難者も
「自宅の2階にいた方がよかっただろうか」と後悔する避難者も

「決めなきゃいけないこと」たくさん……

 HUGをプレイしてまず思ったことは、「避難所運営には、決めなければいけないことがこんなにもたくさんあるのか」ということです。マニュアルを読んでいるだけでは決して気づかず、頭と手を動かすことによって分かることだと思います。

 持病や障害を持つ避難者など、要支援者の配慮の仕方についても考えさせられます。実践的な面で言えば、被害状況や安否情報を掲示板に書き込んで共有することは、避難所運営に限らず職場など様々な場所で役立つことだと思います。

 「地震バージョン」のHUGはNPO法人「静岡県作業所連合会・わ」を通じて1セット7400円で購入できます。北海道版の「Doはぐ」や山形県の「やまはぐ。」など、地域に合わせて改編したものもあります。

 風水害バージョンは未発売ですが、倉野さんが運営する「HUGのわ」が無料で貸し出しを行っています。

 行政職員や町内会役員などの避難所を運営する立場の人はもちろん、災害大国日本に住むすべての人にHUGを体験してもらいたいと思います。

遊んでみるには?

 問い合わせは、HUGの購入は「みんなのお店・わ」(NPO法人静岡県作業所連合会・わ店舗、電話:054-272-3730、FAX:054-272-3731)、メールはminnanoomise@ssrwa.orgへ。

 HUG「風水害バージョン」の貸し出しは、開発者・倉野康彦さんのホームページの(https://www.hugnowa.com/お問い合わせ/)から。

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