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「医者の本音」ぶちこんだ一冊 ネットで資金もファンも集めた外科医
クラウドファンディングで、お金だけでなくアドバイスまで集めてしまった人がいます。7日発売の『医者の本音』(SB新書)を書いた外科医の中山祐次郎さん(38)。その狙いを「読者が何を知りたいのか、事前に知りたかった。読者アンケートのカンニングです」と笑います。果たして資金は達成されたのか? アドバイスは役立ったのか? 中山さんの「本音」を聞きました。
中山さんは消化器が専門の外科医です。都立駒込病院で勤務後、福島県の高野病院長を務めたのち、福島県郡山市の総合南東北病院で手術や診察の日々を送っていました。医師が常識だと思っていることがなかなか患者に伝わっていないと、4年ほど前から本を出したりYahoo!ニュース個人・医療系サイトで記事を書いたりしています。
昨年末、SBクリエイティブの編集者・坂口惣一さんから本の出版を持ちかけられました。
坂口さんは両親の病気で病院に付き添った経験から、「診療時間は短く、質問できる雰囲気でもない。何でだろう」と感じていました。
そこで、記事のタイトルに「医者の本音」などと銘打って書いていた中山さんに、「『医者の本音』の本を出版しませんか」と持ちかけたといいます。
坂口さんから目次案として「医者はなぜ冷たいのか?」と問いかけられ、中山さんはとても驚いたそうです。
「冷たいという自覚がなくて。自分自身、患者さんを助けようと親切に対応しているつもりでした。でも、そこにはギャップがある。
医者がどんなことを考えて行動しているのか本を通じて知ってもらうことで、患者とのギャップが埋まるかもしれない」と考えたそうです。
中山さんがクラウドファンディングを検討したのは、本を出すことが決まった1月ごろ。「患者の知りたい『医者の本音』は何なのか、それに答える形で本を書きたい」という思いからでした。
お金を頂いて、さらに自分の本へのアドバイスをしてもらうなんて難しいのでは…という不安もありましたが、クラウドファンディングの運営スタッフの助言や後押しもあり、実行を決意。本作りグループへの参加権や本のプレゼント、「リアル読書会」への参加や出版後のイベントといったリターン(お返し)を用意すると、174人から、目標額の3倍の93万円を超える支援が集まりました。出資者の多くは、中山さんが直接知らない人だったそうです。
「資金というより、多くの人の知恵を集めたかった。こんなに支援してもらえるなんてびっくりしました」と振り返ります。
フェイスブック上に、クラウドファンディングに参加した人だけの非公開のグループを作り、編集者の坂口さんとのやりとりもすべてその投稿でおこないました。
一度、坂口さんと原稿をやりとりした後は、推敲した原稿をどんどんグループに投稿し、意見を募ります。
本には、「医者の『大丈夫です!』はどこまであてになるのか」「病院はなぜこんなに待たされるのか」といった患者目線の質問に答える形のものから、「がんを『告知』された時にすべき3つの質問」など、読者の役に立つような内容も盛り込みました。
ただ、この本をただの「暴露本」にしたくなかった中山さんが最後まで悩んだのは、どう「医者と製薬会社との関係」を書くべきかと、「医者と合コン」について盛り込むべきかどうかの二つでした。
6月に都内でリアル読書会を開き、集まった支援者の10人ほどにこの2点について意見を聞きました。
製薬会社の担当者(MR)との関係が、「これからどうなってほしいか、未来の希望も書いてほしい」といった意見が出たほか、合コンについては満場一致で「入れるべし」という結論に。
坂口さんは「『遠い存在だった医師の実像が分かることに意味がある』という理由でした。出版社の企画会議でもなかなか出ない見方や、読者のリアルな意見がもらえました」と話します。
クラウドファンディングに参加し、支援者とのやりとりを見ていた私が一番印象的だったのは、中山さんが本の出版自体に疑問を感じた瞬間です。
アマゾンに予約ページができた6月ごろ、中山さんは「ただの『中山の本音』なのではないか。この本を出しても、読んだ人が幸せにならないのではないか」といった思いや自己嫌悪にとらわれ、パニックになったそうです。
思わずフェイスブックのグループに「得体の知れない恐怖と不安が襲ってきました。この本を出す意味はあるのか? ただ露悪的なことをうわべだけ書いたものになっていないか?」とつづりました。
本を出すために募った資金とアイデアなのに……普通のクラウドファンディングではなかなかありえない展開です。
この投稿には、多くの参加者から分析的なコメントが寄せられました。
「応援しています」「どんな名著も批判はありますよ」
「いわゆる下世話?なお話も医師と患者の距離感を縮める役割もあるので、本書の存在意義は十分あるようには思います」
中山さんは「ただのファンクラブではなく、編集者の目線でこの本について真剣に考えてくれていることが伝わりました。ありがたかった」と振り返ります。
私自身も、取材を通して医師や医療関係者と話すことがありますが、みなさん「ひとりでも多くの困っている人、病気の人を助けたい」と動いていると感じています。
ただ、患者のひとりとして病院を受診する時には、診療時間は限られ、医師の忙しさも想像できるので、自分の不安なことについて聞きづらい雰囲気があり、中には「この先生、怖いな…」と感じることもありました。
多くの医師が志をもって仕事に取り組んでいるのに、なかなか患者に届かない現状。中山さんはこの本を通じて、少しでも医師が身近に感じられればいいと考えています。
「医者は言葉足らずなところがあります。『大丈夫』や『様子をみましょう』といった声かけの意図や、熱意が患者さんに伝わっていないのが、歯がゆくて、もったいないと思います。
毎月のように病院を受診している患者さんやそのご家族、看護師やメディアの皆さんといった医者の周りで働いている人に読んでもらって、医者がどんなことを考えているのか知ってほしいです」
クラウドファンディングで本作りに参加した人は、悩みながら書く中山さんをリアルタイムで見て、医師をより身近に感じたと思います。「自分の関わった本だから応援しよう」という思いも芽生えたはずです。今後、出版前から読者とつながり、双方向性をもって「読者と本を作っていく」という取り組みが増えていくのだろうなと思いました。
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