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西郷どんで「字幕が欲しい!」 鹿児島弁が、こんなにも難解な理由
NHK大河ドラマ「西郷どん」では当初、ネット上で、「鹿児島弁が分からない」「字幕が欲しい」などと話題になりました。さらに難しい奄美の言葉も出てきて、だんだん鹿児島弁に慣れてきた人も多いのではないでしょうか。けど、よくよく聞いていると、やっぱりまだ聞き取れない鹿児島弁もちらほら。どうして鹿児島弁ってこんなに難しいのでしょうか。そして、今の鹿児島でもドラマのような難しい言葉が使われているのでしょうか。(朝日新聞鹿児島総局・野﨑智也)
埼玉県出身の私、2年前に赴任して驚いたのは方言です。お年寄りだけでなく、同年代の若い方と話していても、独特のイントネーションに「ん?」と聞き返してしまいます。
特に高齢の方複数人に囲まれて取材をした際には、半分も聞き取れませんでした。ICレコーダーを回していたので、後で聞き返したのですが、それでも理解が難しく、取材は難航しました……。
高齢男性が自分たちのことを「おいどん」、高齢女性が「あたいどん」と言った時には、「本当に、西郷どんの世界なんだなあ」と驚いたのを覚えています。若い世代でも、「行くが(行こう)」というような「○○が(○○しよう)」という用法もよく使われます。ドラマだと「行っが!」などと使われています。
西郷どんの撮影では鹿児島県出身の俳優迫田孝也さんらが、「薩摩言葉指導」を担当しています。
「生きた薩摩言葉を全国へ」と掲げ、迫田さんは昨年8月に「感情によって、イントネーションの上げ下げが換わることもある。芝居を見ながら、その都度指導をしている」と報道陣に公開したロケで撮影の裏話を明かしました。
鹿児島弁には言葉を短縮する特徴があります。タイトルの「西郷どん(segodon)」も、もともとは「西郷殿(saigoudono)」からきています。
鹿児島弁では、「ai」の音は「e」に、「ou(昔のau)」の音は「o」になり、最後の「o」も短縮されます。
例えば、「だいこん」は「でこん」、「いぬ」は「いん」、「行く」は「行っ」という具合に変化。
ドラマで頻出し、南野陽子さんが演じた幾島が目くじらを立てた「~もす」という独特の言い方も、「~申す」が短縮したものと言われています。
「難解さの1番の原因はアクセント」と話すのは鹿児島大の太田一郎教授(社会言語学)です。
日本語の単語には、音が下がる「起伏式」と、下がらない「平板式」の大きく2種類があります。ところが、標準語と鹿児島弁ではそのほとんどが正反対になっているといいます。
例えば、標準語で「も」にアクセントをおく「もみじ」は起伏式ですが、鹿児島弁では平板式になります。
逆に、標準語の「かえで」はアクセントのない平板式ですが、鹿児島弁では起伏式になるというのです。
さらに鹿児島弁は、助詞がついた場合にアクセントの位置が変化する特徴があります。
標準語ではアクセントに変化はなく、太田教授は「助詞がつくことでアクセントの位置が変わるというのは、他の方言と比べても珍しいのでは」と説明してくれました。
そんな鹿児島弁ですが、少しずつ変化し、「標準語化」してきているといいます。
太田教授によると、鹿児島県本土では1960年ごろに、厳しい標準語教育が行われました。その中で、方言的な言葉は、「標準語化」されていったそうです。
1990年11月30日付夕刊の朝日新聞では、鹿児島市内の高校で標準語を使うように定めた校則があることが報じられ、問題とされていました。
語尾などに使われ、その言葉単体でも同意の意味を持つ「じゃ」。西郷どんのドラマの中でも、「じゃ、じゃ」と繰り返して同意を表す表現として使われています。
ですがこれ、現在は標準語を当てはめるようにして、「です」となり、使い方だけは変わらず、「ですです」と繰り返す話法だけが残りました。
実際に、鹿児島県内で取材をしていると、ほとんどの人が同意するときに「ですです」というように繰り返します。友達同士では「だよだよ」、過去形になると「でしたでした」「だっただった」となります。
同意を表す「じゃっでよ」も、「だからよ」と標準語を当てはめて使われるようになり、定着しています。
標準語で理由を表す「だから」とは用法が異なり、鹿児島では話の中で同意を表す際に自然に「だからよ~」と頻出してきます。
街を歩いても、鹿児島弁に首をかしげてしまうことがあります。特に気になったのが、鹿児島市の中心街にあるヘアサロン「ヤング」の看板です。
「ツンばっかい」
「ソッばっかい」
「アルばっかい」
「ナデツケばっかい」
記者には全く理解ができません。
お店に聞くと、「ツンばっかい」は「摘むだけ=カット」、「ソッばっかい」は「剃るだけ=ひげ剃り」、「アルばっかい」は「洗うだけ=シャンプー」、「ナデツケばっかい」は「なでつけるだけ=セット」という意味だそうです。最近は観光客に意味を聞かれたり、県内でも若い人には伝わらないといいます。
そして、最大の謎。鹿児島弁は、なんでこんなにユニークなのか。
江戸時代、隠密によるスパイ活動を見破るためにわざと難解な言葉にした、という「説」もよく耳にします。
この「説」について、「西郷どん」の時代考証も務める原口泉・志學館大教授は、「全くのうそ。どんな権力でも、言語を操ることは不可能」とばっさり。
原口教授は、「江戸との距離が原因。鹿児島と青森のように、日本の端に行くほど、言語は変化していく」と話します。さらに、薩摩藩が他藩との交流を厳しく規制していたことも理由にあげます。「薩摩は外との交流がなく、『2重の鎖国』と言われていた。その中で独自に言葉が進化していった」。
ではどうして、「スパイ警戒説」は生まれたのか。
原口教授は、「明治20年ごろまでは、薩摩の人の言葉は他藩の人には全然理解できなかった。西南戦争(明治10年)を終えたころから、他藩出身者と交流が深まり、そうした俗説が生まれるようになったのでは」。
また、「隠密を見つけるために言葉を難しくしたことはないが、もともと難しい言葉を利用したということはあっただろう」とも。
方言の伝承活動をする「鹿児島弁検定協会」の種子田幸広会長によると、ドラマの中で使われるような方言は、ほとんど使われなくなっているのが現状です。
ただ、独特のイントネーションは今も多くの人に残っています。地元の人は鹿児島なまりの標準語を「からいも標準語」と揶揄しています。「からいも」はサツマイモのことです。
種子田会長は、「方言は郷里の財産。十数年前まで鹿児島特有のイントネーションは残ると言われていたけど、今は若い人を中心にきれいな共通語を話す。ドラマを契機に、言葉にも注目してほしいですね」と話しています。
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