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12億人キリスト教徒の「本社役員」に日本人 赤いスウキキョウの覚悟
世界に約12億人の信徒がいるキリスト教の最大宗派、ローマ・カトリックで6月、日本人の前田万葉氏(69)が「枢機卿(すうききょう)」になりました。日本人の枢機卿は9年ぶり6人目とのことですが、それってどれだけすごいことで、そもそも枢機卿って何をする人なんでしょうか? 調べてみました。(朝日新聞ローマ支局長・河原田慎一)
カトリックの総本山、バチカンの法王庁によると、枢機卿は世界に226人。
カトリックの信徒数は世界に約12億人いるとされ、イタリアなどヨーロッパに107人が集中していることを考えると、その他の地域では「信徒約1000万人に1人」の存在と言われます。
ちなみに、カトリック中央協議会(東京)が発表した2015年末現在の信徒数は、約43万人。1000万人の23分の1です。
この割合で行くと日本人の枢機卿誕生はなかなか難しそうです。現にアジア全体でも26人しかおらず、カトリック信徒が比較的多いフィリピンでも2人しかいません。
日本のカトリック信徒数はこの10年間横ばいで、そんな中で今回、日本から枢機卿が出たことは、カトリック教会内部で「フランシスコ法王の強い意向があったのでは」とささやかれています。
時期を同じくして、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録されることが決まりました。
長崎と広島の被爆地からはフランシスコ法王の訪問を願う声も上がっており、法王は昨年末、原爆投下後の長崎で撮影された写真入りのカードを教会関係者に配りました。
今回の前田枢機卿の抜擢は、世界平和を願う法王の「被爆地日本への高い関心の表れだ」とする見方もあります。
ところで、枢機卿って何をする人なのでしょうか。
「枢機」は「物事の要所」「重要な政務」という意味で、「卿」は「高官」のことを指します。カトリックでは、法王を支える高位聖職者のことを枢機卿と呼びます。
教会関係者によると、カトリックには厳然とした「階級」があります。神様の教えを伝えるのに聖職者の階級などいらないではないか、と思えますが、逆に「階級があるからこそ、12億もの信徒を組織化して、神様の教えをきちんと伝えることができる」のだそうです。
カトリックの階級は助祭、司祭、司教とあり、枢機卿はたった1人の法王を除くと最も上の立場です。
カトリックには「教区」があり、司教はその教区の長、いわば「支店長」です。日本にはさらに東京、大阪、長崎に「大司教区」というのがあり、3人の大司教がいます。前田枢機卿は大阪大司教を務めています。
枢機卿は、法王から諮問を受けて意見を述べる「顧問団」のようなもの。要するに、受け持ちの国で支店長をしつつ、「世界本社」の役員も務める、といった位置づけなのだそうです。
ですから前田枢機卿はバチカンに通いつつ、今後も大阪を拠点に、補佐役の司教とともに大阪大司教区を管轄します。
枢機卿の主な仕事は二つ。枢機卿会議を開いて、法王から諮問された内容について議論します。カトリックのカレンダーを見ると、「何月何日は●●聖人の日」とびっしり記念日で埋まっていますが、この「聖人の日」を決めるのも枢機卿の重要な仕事なのだそうです。
そしてもう一つは、法王が亡くなったり、退位したりしたときに後任を決める選挙(コンクラーベ)です。2013年に現在のフランシスコ法王を選出した時に、バチカンのシスティーナ礼拝堂の煙突から決定を告げる「白い煙」が出たのを覚えている人もいるのでは。
投票は80歳未満の枢機卿だけが参加でき、前田枢機卿を含め125人に投票権があります。
枢機卿であることを示すシンボルカラーは赤。6月28日の親任式で、前田枢機卿は法王から赤い帽子を受け取りました。
肩掛けの色も赤で、翌29日に開かれた就任を祝福するミサでは、全身赤色の衣装に身を包みました。
ちなみに司教はピンク色の帽子と肩掛けを身につけています。
赤はキリストの血の色を表すと言われています。就任ミサの後、各国のバチカン大使らが集まる披露パーティーに出席した前田枢機卿は、全身赤の衣装で俳句を披露しました。
「緋色受く 五島椿や ペトロ祭」
緋色とは赤のこと。長崎ではキリスト教が禁じられた江戸時代に、五島列島の出身者を含む26人の信者が殉教しました。その五島に咲く赤色と、殉教者が流した血の色をかけてうたった句です。
聖ペトロの日である6月29日に就任ミサを終えた前田枢機卿は「まさに『青天の霹靂』で枢機卿に選出されたが、教皇が日本を気にかけ、訪日したいという気持ちを強く感じた。殉教の覚悟もしないとと思っている」と決意を語りました。
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