地元
「坂道・閉店」情報が鉄板企画 「枚方つーしん」異色社長の成功論
関西人でなければ「まいかた」と読んでしまいそうですが、正しくは「ひらかた」です。枚方つーしん、通称「ひらつー」は、人口40万人の大阪府枚方市を拠点にしています。V6の岡田准一さんの出身地で、TSUTAYAの創業地でもあります。
ひらつーの記事といえば、枚方市民にしか分からないマニアックな地元ネタ。ユニークな切り口で、毎日数本が配信されています。例えば、記者たちが市内の急な坂道を駆けあがって最もしんどい坂を決める「ひらかた坂道ランキング」。体張りすぎ!とツッコミたくなりますが、実際に通ったことのある地元住民なら、思わず笑って見てしまいそうです。
飲食店の「開店・閉店」も人気の定番コーナーです。記者が街中で気づいたり、読者からの投稿で知ったりした情報をもとに紹介していますが、掲載後に客が殺到して商品がなくなることもあるといいます。
「ひらつー情報で娘や妻と会話するきっかけになった」。「上京したけど、実家の母より枚方に詳しくなった」。読者からの評判はすこぶる良くて、今年に入り月間300万PVを達成しました。LINEの公式アカウントでも、現在12万人が登録。LINEユーザーに最も愛されたメディアとして、「LINE メディアアワード」を2年連続で受賞しました。
元病人と元芸人がタッグ――。そんな誕生秘話もユニークです。
社長の原田一博さん(37)は枚方出身。東京の大学に入りましたが、消化器系の持病が悪化し中退を余儀なくされました。外に出歩くことも難しく、24歳まで実家で療養を続けました。
その間、のめり込んだのが株式投資。ウォーレン・バフェットに憧れ、金融学の本を読みあさりました。やがて起業にも関心が。体調が回復したのを機に、PR媒体のサイトを立ち上げました。
しかし、これは失敗。バナー広告を出しても、興味を持って読んでもらえている実感はありませんでした。
打開策が見つからない。そんな時出会ったのが、自分と少し似た名前の元お笑い芸人。同じ枚方出身の本田一馬さん(37)。かつて、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんとコンビを組み、Mー1グランプリで準決勝進出を果たした逸材です。このとき、本田さんは芸人の世界を離れ、枚方の情報サイトを運営していました。
さすがは元芸人。自分には、こんなおもしろい記事は書けないと思ったという原田さん。初対面でラブコールを送りました。「僕と一緒にやりませんか。あなたは市民がおもしろがる記事を、僕は収益化に集中します」。同年代の2人はすぐに意気投合。契約書も交わさず、コンビを組みました。
それから8年。現在、アルバイトを含めて記者は十数人までに。最近、自分もローカルメディアを立ち上げたいという人から、その手法を知りたいと連絡がくるといいます。「僕たちが食べていけてるという事実が、起業を考えている人たちの希望になるのなら嬉しいです」
地域活性化につながる取り組みとして、最近、書籍などでも注目を集めているローカルメディア。新聞やテレビとの違いは何か。その運営や将来について、社長の原田一博さんに話を聞きました。
――ユニークな記事を生んでいる編集方針を教えてください。
「記者は枚方在住の20~30代で、元市役所職員もいます。芸人だった本田のセンスがベースにありますが、私は記者たちに、『誰か1人にささる記事を書いてほしい』と言っています」
「例えば、自宅近くに新しいパン屋さんができたら気になりますし、テンション上がりますよね。半径100メートル以内だけがザワザワする。そのタイミングで、情報をお届けするとささる。一度ささると、その人にとっては、ひらつーの存在がグッと大きくなります」
「テレビや新聞もお店情報を発信していますが、どうしても範囲が広く駅前が中心。それよりミクロな情報って、口コミサイトぐらいしかないんですよね。そこに、ひらつーの存在価値があると思っています」
――「地域密着」「地域応援」の記事は、新聞社も力を入れてきたと自負しているのですが…。
「実は、僕たちはそういう『枚方愛』を押し出していないんです。あえて」
――え!? どういうことですか。
「人がスマホを見るタイミングって、リラックスしたい時ですよね。そんな時に「地域のために」みたいな雰囲気をあまり強く出し過ぎると重たくなってしまいます。だから、『おいしい』『楽しい』『気になる』情報をアイキャッチに見てもらえることを第一に心がけています」
「もちろん、枚方愛は心の中にあります。ただ、僕たちがひらつーを始めた理由は、地元にメディアないよね、何か地元でおもしろいことしたよね、という軽いところから始めたので、あくまで周りが楽しめればいいなというのが根底にあります。都市部と地方の格差や地域活性化といった課題を考えて始めた訳ではありません。そこが僕たちの違うところで、そのゆるい感じが逆にうまくいった要因かなと思います」
――なるほど。それにしても、お店の閉店情報まで扱っているのには驚きました。
「30年、40年続いたお店がなくなるのは、地元住民としてはやっぱり寂しいし、大きなニュースです。最後の1杯を食べに行きたいという人もいるでしょう。お店をリスペクトして記録に残しておきたいという思いがあります」
――収益化について教えてください。
「収益の8割は広告で、現在60社とパートナー契約を結んでいます。特に市内の不動産を取材して紹介する『ひらつー不動産』は収益の大半を占めています。もともと僕が単に不動産好きで、最初は『おもしろ物件』を普通の記事として配信したのですが、それを見た分譲会社から『有料で我々のも書いてほしい』と依頼され記事広告にしたのが始まりです。当初やっていたバナー広告と違って、興味を持った題材を記者がおもしろく書くという手法に手応えを感じました」
「ただ、始めからうまくいっていた訳ではありません。収益化がちゃんと見えたのは本田と組んで3年目以降。それまでは、とにかくおもしろい記事を出そうと、必死で街を歩き回りましたね。枚方にゆかりのある映画監督やミュージシャンがいたら、ダメ元で取材依頼し、ご協力いただきました。そういう著名な方を掲載させていただくことで、メディアとしての信頼度もあがっていきました」
「収益化ばかり気にする人もいますが、大事なのは継続すること。毎日ユニークな記事を出して読者を増やす。考えてみれば当たり前のことですが、読者もつかないサイトで広告費などとれません。最初の頃は広告もタダ同然で受けていましたから」
――広告以外の収益は?
「地元で毎月開かれている手作り市などのイベント運営も複数させてもらっています」
――へぇ~。ネットサイトの運営だけではないんですね。
「最初は頼まれて始めたのですが、副産物として色んな方との人脈、人間関係が築けました。ネットの会社って、外から見るとよく分からないでしょ。でも、顔が見えると安心してもらえる。起業において、信頼ってすごく大事だと実感しています。そんな場を自ら作ろうとコワーキングスペースの運営も始めています」
――6月18日に発生した大阪北部地震で、枚方市は高槻市と同じ震度6弱を観測。ひらつーは、市内の被災した建物の写真や、市役所HPのリンクを貼る形で市内避難所一覧や支援情報を掲載しました。
「被災地としての対応は初めてのことでした。非常時は、市民にとって必要かつ正確な情報を、我々のできる範囲で配信すべきだと考えて、記者が市内の被災場所を回って写真を撮ったり提供写真を使わせていただくことにしました。全国ニュースで流れる映像以外にも、被災場所はたくさんありました。市外の方からも反響があり、きめ細かな情報を届けられたという実感がありました。今後も市民のニーズをしっかり見極めていく必要を感じています」
――昨年、全国のローカルメディアを枚方に集めて「ローカルメディアサミット」を開催されました。ローカルメディアは他地域でも成功するのでしょうか。
「サミットは、とても盛況で関心の高さを感じました。ひらつーと同じ手法がどこでも通じるとは思いませんが、ローカルメディアはどの地域でもできると思っています。極端な話、いつも利用していた自販機がコーラからサントリーに変わっただけでもその人にとっては大ニュース。新聞記事には載らない地域ニュースの潜在ニーズはあると信じています」
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