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連載

#42 平成家族

「子どもがいない人生」歩む 充実してるけど…後悔で気づく刷り込み

 私はまもなく50歳、子どもはいません。産まなかった女性たちを非難するような政治家の発言をニュースで見聞きするたび、複雑な気持ちになります。「子どもがいない人生」を歩む同世代の女性たちに話を聞きました。

「子どもがいない人生を歩む」夫婦は増えているという。それぞれが複雑な理由や思いを抱えている(写真はイメージ=PIXTA)
「子どもがいない人生を歩む」夫婦は増えているという。それぞれが複雑な理由や思いを抱えている(写真はイメージ=PIXTA)

目次

 少子化対策の一環として、女性が働きながら子育てしやすい職場づくりが急ピッチで進められています。私はまもなく50歳、子どもはいません。そのことを後悔してはいないのですが、産んでいない女性たちを非難するような政治家の発言をニュースで見聞きするたび、複雑な気持ちになります。私と同じように、「子どもがいない人生」を歩む同世代の女性たちに話を聞きました。(高橋美佐子)

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 「少子化と聞くと、ごめんなさいって思う。人間がなすべき大きな仕事をやらなかった感はありますから」

 都心の外資系金融会社に勤める女性(47)は、そう言って苦笑いします。同業者の夫(46)と都内のマンションで2人暮らし。平日の夜は夫婦一緒か別々かを問わず外食で、年1回以上、多い時は数回の海外旅行が恒例になっています。

 少し前には夫婦でワインエキスパートの資格を取るために教室へ通い、今もコーラスや英会話など趣味も豊富。流行に敏感でおしゃれな2人は、バブル期に「DINKs」(子どものいない共働き世帯)と呼ばれたカップルをほうふつとさせます。

夫婦でワインエキスパートの資格を取るために教室へ通うなど充実した時間を送る(写真はイメージ=PIXTA)
夫婦でワインエキスパートの資格を取るために教室へ通うなど充実した時間を送る(写真はイメージ=PIXTA)

産め圧力、リーマン・ショック…「妊娠を前向きに考えられる空気ではなかった」

 女性が子どもを持つことにちゅうちょしたのは、15年前に結婚した直後から続いた、義母の〝産め圧力〟でした。

 「とてもワンマンな人で、夫の実家へ行くたびに『子どもはまだ?』とせっついてくるんです。最初は笑ってごまかしていました」

 夫が男兄弟だったこともあり、義母は女の孫を待ち望んでいました。ある日、義母が女性の実家へ電話をかけて「うちの息子は子ども好き。○○さんが嫌がってるの?」と探りを入れていたことが判明します。

 「子どもを産んだら、義母はもっと私たちの家庭に介入してくる。これ以上親密になりたくないので、子作りは棚上げしました」

 数年後、30代半ばになった夫婦は互いの意思を確かめ、「自然にできたら産もう」という結論に至ります。

 そんな折、世界経済を揺るがすリーマン・ショックが発生。女性の職場では、同僚が上司から会議室に呼び出された後、自席に戻るなり荷物をまとめて出ていく事態が相次ぎました。容赦のないリストラで社員の2割がクビを切られ、産休を取っていた同僚の女性が復職できないケースも。

 「当時は女性だけの部署で、誰かが『もし今1人でも産休に入ったら私は辞める。そのしわ寄せで、これ以上仕事が増えたら耐えられないから』と言い出したんです。妊娠について話すことがためらわれ、子どもが欲しいと前向きに考えられる空気ではなかった」

「妊娠を前向きに考えられる空気ではなかった」と女性(写真はイメージ=PIXTA)
「妊娠を前向きに考えられる空気ではなかった」と女性(写真はイメージ=PIXTA)

 あれから10年。女性は今も夫とともに週末、同世代の友人たちとホームパーティーや旅行を楽しんでいます。子どもがいない男女も多いですが、中には「子どもが苦手」と言っていたのに出産した女友達、不妊治療に励んでいるカップルも。

 「『もしリーマンの時にリストラされていたら』とか『もっと強く子どもを望んでいたら』などと、子どもがいる人生を想像する時もあります。一方で、夫婦で一緒に遊べなくなることや『母親はこうあるべきだ』という世間の目にがんじがらめになるのが怖かったのも事実。産む産まないは、それぞれがゆっくり考えて決めるしかないでしょう」

「生涯子どもがいない女性」は今後3割に

 生涯で一度も子どもを産まない女性たちは、増えています。国立社会保障・人口問題研究所が昨年4月に公表したデータによると、1955年生まれ(現在62~63歳)で子どもがいない女性は12.6%だったのに対し、70年生まれ(現在47~48歳)では28.2%と倍以上になっています。今後の合計特殊出生率が1.4程度で推移していけば、女性全体のうちの3割は子どもがいない人生を歩むことになります。

 

 なぜ、女性たちは子どもを産まないのでしょう。

 私が今回の取材で感じたのは、「子どもは欲しくない」という強い意思よりも、さまざまな事情が絡み合って子どもを持たなかったケースが意外と多いかもしれないということです。実は私自身がここに該当します。

 それをデータで裏付けたのは、昨年12月出版の「誰も教えてくれなかった 子どものいない人生の歩き方」(主婦の友社)の著者、くどうみやこさん(50)です。

「子どもを持たない理由」とは

 「子どもがいない女性は増えているのに、その本音に迫る研究や論文がほとんど見つからない」との理由で、自らネットアンケートを実施したそうです。

 協力した28~61歳の85人(平均年齢42.2歳)に「子どもを持たない理由」を複数回答で尋ねたところ、1位は「タイミングを逃した」で34.1%でした。2位「病気による体の事情」(29.4%)、3位「育てる自信がないから」(24.7%)と続き、「最初から子どもは持たないと決めていた」は8.2%で、12ある選択肢の中では最も低くなっています。

「最初から子どもは持たないと決めていた」と答えた夫婦は少なかった(写真はイメージ=PIXTA)
「最初から子どもは持たないと決めていた」と答えた夫婦は少なかった(写真はイメージ=PIXTA)

 くどうさんは31歳で結婚後、フリーランスで情報発信サイトを立ち上げ、運営してきました。妊娠したことはなく、仕事の忙しさもあって出産問題は先送りしていた42歳の時、子宮がんが発覚、手術で全摘します。

 「『産まない』ではなく、『産めない』と決まった瞬間、身動きできないほど後悔しました」

 落ち込みから回復しつつあるなかで、自分と同じ子どものいない女性を応援する「マダネ プロジェクト」を発足。そこで産めなかった女性たちの心の傷の深さ、それを口にできず悲しみ続けていること、しかし普段は平気なふりをしている実態に驚いたそうです。

 今は20人規模の交流会を年4回ほど企画し、多様な価値観や人生観に触れながら次のステップへの「仕切り直し」を手伝っているといいます。

「誰も教えてくれなかった 子どものいない人生の歩き方」(主婦の友社)の著者、くどうみやこさん
「誰も教えてくれなかった 子どものいない人生の歩き方」(主婦の友社)の著者、くどうみやこさん

子育てしていないと「透明な存在」?

 子どもがいないことがネガティブだととらえられたくない――。そんな思いにかられた当事者たちが最近、同時多発的に発信を始めています。

 キャリアコンサルタントの朝生(あそう)容子さん(52)は2014年からフェイスブックページ「子どものいない人生を考える会」を運営しています。フォロワーは現在約1000人。開設の発端は、あるダイバーシティー(多様性)シンポジウムを聴きに行った時の違和感でした。

 「登壇者は子育て中の女性ばかりで、その活躍を応援するという趣旨。あれっ、子どものない私がここにいていいのかしらと戸惑った。『透明な存在』になった気がしたんです」

 朝生さんは大企業に勤めていた27歳で同僚と結婚。人材育成の部署で面白さを感じ、転職して仕事に没頭しました。念願のMBA(経営学修士)を取得すると、もう30代後半。長年放っておいた婦人科系の病気の手術を受けて不妊治療に挑んだものの妊娠せず、43歳で子どもはあきらめたそうです。47歳で独立し、現在に至ります。

 若いころ、体をいたわらなかったことは反省しています。「でも、産めなかった気持ちの整理をつけなくてもいい。割り切れなさを抱えて生きることも人間としての魅力につながるはずです」

フェイスブックページで「子どものいない人生を考える会」を開設した朝生容子さん
フェイスブックページで「子どものいない人生を考える会」を開設した朝生容子さん

突然襲う後悔、「産んでこそ幸せ」根強く

 ここで、私のことも少し書きます。

 夫はがんサバイバーで、私は31歳の時、彼が抗がん剤治療前に採取した凍結精子を用いて体外受精に2回挑みました。でも妊娠できず、不妊治療は中断しています。

 その理由は、当時再発を繰り返していた夫がもし他界したら、私一人で仕事と子育てを両立する自信がなかったから。

 当時はまだ多くの女性が「働くか」「産むか」の二者択一を迫られ、重い病気のパートナーと生きる私に、仕事を辞める選択肢はありませんでした。

 夫と過ごす何の変哲もない日々が一番大切で、子どもを欲しいと強く望まなかったのです。

 ところが昨秋、突然「子どもを産めなかった私はとても可哀想だったのではないか」という強い後悔に見舞われました。閉経が近づくなかでの一時的な感情の揺れのようでしたが、この言葉をそのまま夫にぶつけてしまい、あとで自己嫌悪に陥りました。

 「女性は子どもを産んでこそ幸せ」という刷り込みは、私の無意識の中にも根強くあると実感しました。

「子どもを産めなかった私はとても可哀想だったのではないか」。一時的な感情の揺れか、強い後悔に見舞われた(写真はイメージ=PIXTA)
「子どもを産めなかった私はとても可哀想だったのではないか」。一時的な感情の揺れか、強い後悔に見舞われた(写真はイメージ=PIXTA)

 17年12月に新書「『子なし』のリアル」(幻冬舎メディアコンサルティング)を出版した50代前半の奥平紗実さんは、子どもがいない人をフランス語由来の「ノン・ファン(Non Enfant)」(子どものいない人)という造語で呼ぼうと提案しています。

 おしゃれなニュアンスで響きも明るい上、直接的な表現でないために、当事者も、それ以外の人も気まずい思いをしなくてすむのではないか、といいます。

「産まなかった選択」向き合うための時間

 奥平さんは40代での結婚を機に長年の勤務先を辞め、夫が住む街で専業主婦として暮らし始めました。

 しかし平日昼、ベビーカーを押す母親の姿が目に入ってくると肩身が狭く、カルチャーセンターでは「お子さんはおいくつ?」と当然のように聞かれ、いたたまれなかったと言います。

 「地域コミュニティーは子持ちが前提。子どもがいないことは悪いことではないし、正直に伝えていいはずなのに、言いにくいと感じ、居場所を失ってしまう」

 奥平さんも16年から「エスリンクス」という少人数制の交流会を催し、すでに十数回開かれています。

 今回、私が取材を申し込んだ人からのお断りの理由に「産まなかった自分の選択に向き合うのには、まだ時間がかかる」というものがありました。専門知識を携えて国内外を飛び回る活躍ぶりからは想像しにくい、意外な告白でした。同時に私は「なぜ産まなかったのか」という質問自体が配慮に欠け、子どものいない当事者たちを傷つける可能性があることを教えられました。

 少子化対策が進むなかでも、さまざまな人の多様な生き方がリスペクトされるよう、私も「子どものいない人生」をこれからもっと充実させるつもりです。

連載「平成家族」

この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から7月8日まで計10本公開します。

平成家族
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