連載
#40 平成家族
「妊娠の順番」察し合う空気の正体 上司「おめでた、うれしいけど」
本来は望まれるはずの妊娠・出産。平成に入り「ワーク・ライフ・バランス」の考えも広まってきましたが、「妊娠の順番」を気にかけるなど、自らの妊活に気をつかわざるをえない職場は残っています。上司も妊娠の報告を喜ぶ一方、人繰りに頭を悩ませる現実がありました。(朝日新聞記者・中井なつみ)
関東地方のある認可保育園。休憩時間に30代前後の保育士たちが集まると、「子ども、どうする?」と妊娠の話題で盛り上がるといいます。
「担任しているクラスの子どもたちが卒園したら」「来年、クラスリーダーの役目が終わったら」。いつかは子どもを……と望んでいる同僚同士で、それぞれの「妊活」のタイミングを打ち明けていました。
この園に勤務し、今秋に出産を控える保育士の女性(30)は、「園の中では、自然と周りと同じ時期にならないようにする『妊娠の順番』を気にかける空気があると思う」と言います。
圧倒的に女性が多い保育士の職場。2010年の国勢調査でも、保育士として働く人の約9割が女性というデータがあります。さらに、現場は常に「人手不足」の状態です。
独立行政法人・福祉医療機構が16年、全国の認定こども園と保育園を対象に行ったアンケートでは、25%の施設が「保育士や職員が不足している」と答えました。
こうした現状では、妊娠・出産を希望したとしても、職員のうち誰か1人でも産休に入れば、現場はそれだけ忙しくなるのが目に見えています。
特に、保育士になりたいという人も減ってきており、産休した人の代わりを探すことも難しいという状況は、現場にいる保育士であるからこそよくわかるといいます。こうして、必然的に「『迷惑をかけないように』、妊娠時期を計算しなくては」という心理が働くようです。
女性は1年前に結婚。「できるだけ早く子どもが欲しい」と思ったそうです。その時点で園長に「そろそろ妊娠したい」という気持ちを伝え、心身ともに負担がきついと感じていた「リーダー」のポストから外してもらえるように頼みました。
ただ、新年度になってから、すぐに子どもを授かることはできませんでした。「今月も、まただめだった」。生理が来る度に、トイレで落ち込みました。
「どうして私は……」と、気持ちが不安定になって泣いてしまうことが多かったといいます。
「女性の身体は、ロボットや機械のようにコントロールできるものじゃないので」
出産を控えたいまだからこそ振り返ることができるものの、なかなか妊娠に至らない時期は、「妊娠にベストなタイミングを逃すのでは」など、複雑な思いを抱えていました。
また、妊娠を報告するときは、特別な緊張感があったと言います。
園長へはずっと妊娠の希望を伝えてはいたものの、自身の出産予定日のタイミングが同僚とわずか2カ月しか変わらなくなったからです。「うれしいのはもちろんだけれど、『私も産休に入ってしまえば、そのあいだ、子どもたちは大丈夫かな』という不安もありました」
女性から報告を受けた園長は、「おめでとう!」と祝福の言葉をかけました。しかしその一方で、頭の中では「職場の調整がうまくいくか」と気をもんでしまうのも事実だといいます。
園長によると、保育士が産休を取る場合、「産休代替」の職員を置くことになるものの、なり手が見つからなかったり、その費用の工面が必要だったり。認可園でも、私立の場合は人繰りも園長の裁量で行わなくてはならず、負担は大きいといいます。
「おめでたの報告は本当にうれしい。なのに、保育士も園も心のどこかで心配な気持ちを残してしまう。なんだかちぐはぐですよね」
一部では、「保育園では、保育士の妊娠の順番が決められている」とするニュースが話題となっています。このことについて、女性と園長は口をそろえて「そうなってしまうのも、人手不足が深刻な保育現場を見ている自分たちからすれば、一概に責めることができない」と言います。
「安心して妊娠・出産ができるようにするには、保育士の働き方の現状を変えるしかない」。受け入れる子どもの人数によって定められている配置基準を見直すことや、産後の保育士も安心して戻れるような環境整備も必要だと訴えます。
妊娠・出産をした従業員の働き方に悩みを抱えているのは、保育現場に限ったことではありません。
社会保険労務士として企業の労務管理相談を受けるほか、企業主導型保育施設の運営・コンサルティングも手がける「ワーク・イノベーション」代表の菊地加奈子さんは、「拘束時間が長いシフト制の職場や、年齢層や性別が偏っている職場から相談を持ちかけられるケースが多い」と言います。
たとえば百貨店やアパレル業界。店頭に立っているのが女性中心で、週末も休まずに働いており、シフト制で休みを交代で取っているところがほとんどという職種です。
そこで一部の社員に「休み」や「業務軽減」などの配慮をすると、そのしわ寄せは他の社員にいってしまい、不満がたまりがちになります。
「なんであの人ばっかり」「自分は損をしている」。そんな不満をためないためにも、賃金制度で差を付けるなども一手だとアドバイスするという菊地さん。もともと妊娠・出産した女性は退職してしまうことが多かった職場ほど、育休復帰後の女性社員の働き方を構築することに慣れておらず、対応に苦慮しているのが実態のようです。
一方、菊地さんが運営している園では、法定基準を上回る数の保育士を採用、配置しており、妊娠・出産などのフォローを手厚くできるような体制を整える工夫をしています。
実際、運営する園では、常に誰かが産休・育休を取っているそうです。菊地さんの園では、閉園時間を比較的早い午後6時半にしています。長時間開所の保育園が増えるなか、小さな子どもを育てる保育士も、無理なく働けるよう意識しています。
また、給与を手厚くするなどの福利厚生も重視し、「働きたい」「ここでなら働ける」という人が増えるような仕組み作りを心がけていると言います。
「妊娠・出産に限らず、病気などさまざまな事情を抱えた社員が安心して働くために、それぞれが柔軟な働き方ができる余地を残しておく。これはマネジメント側が意識しなければなりません。そして、働く側も、権利を主張するだけではなく、『自分のキャリア形成』の面からも、いまどういう働き方をしたいか、しっかり考えましょう」と話します。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から公開しています。
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