連載
#38 平成家族
突然の宣告、おなかの子に障害?「産むか、産まないか」問われた家族
おなかの赤ちゃんの状態を知る「出生前診断」を受けるカップルが増えています。高齢妊娠が増え、出生前診断がよく知られるようになったことが背景にあるようです。「産むか、産まないか」の選択を突き付けられた家族もいます。障害のある子を育てられるのか……。悩み抜いた家族を訪ねました。(朝日新聞記者・福地慶太郎)
2015年夏。東京都内の産科医院で、妊娠11週になった第1子のエコー(超音波)検査を受けた女性(37)は、医師から告げられた言葉に混乱しました。
「むくみがあるのでお子さんはダウン症の可能性が高い」
当時34歳。おなかの中で育っていくわが子を、検査で知るのを楽しみにしていました。まさか、ダウン症の可能性を伝えられるとは思ってもいませんでした。
「エコーを見ても、元気に動いているぐらいしかわからなくて。先生の深刻そうな雰囲気で『大変なことになった』と感じた」と振り返ります。
仕事中に呼ばれ、医師の説明に同席した会社員の夫(39)も不安になりました。
医師は、まだあくまで可能性の段階で、おなかに針をさして羊水を取る「羊水検査」によって、ダウン症などの染色体異常なのかがわかると説明。夫婦に羊水検査を受けるようにすすめました。
「先生から言われたので、受けるしかない」と思った女性は羊水検査を受けました。結果が出た後にどうするかは考えられなかったといいます。
妊娠19週ごろ、事前に言われていたタイミングよりも早く、医師から連絡があり、夫婦で結果を聞きました。
結果は陽性。おなかの子どもは、ダウン症であることを知らされました。
人工中絶は法律で、妊娠22週未満までと決められています。医師はすぐに中絶するかどうか、尋ねました。
「中絶手術の予約をしよう」と夫は言いました。落ちついて考えたかった女性は「いったん考えさせてください」と医師に答え、夫婦で話し合うことにしました。
「子どものうちは育てられるけど、自分たちがいなくなったら、この子はどうなるかわからない」と夫は不安を口にしました。「陽性だった人のほとんどが中絶しているのだから、そういうもの」だと考えていたと振り返ります。
女性は「将来はもっとダウン症の人が暮らしやすい社会になっているかもしれない。私は産みたい」。互いに譲りませんでした。
けれども、「この子を産んでも、俺は愛せないと思う」。夫の言葉に女性は、このまま産んで家族の関係が悪くなってしまってはいけないと思いました。夫婦はやむを得ず、おなかの子をあきらめる決断をしました。
8月。妊娠21週で中絶した男の子は、445グラム、24センチに育っていました。手の指にはすでに爪があり、顔は夫に似ていました。
それからの女性は自宅の仏壇の前で、毎日泣き続けました。「何も悪くないのに。ごめんね」
女性の姿を見ていた夫は、胸を痛めました。「もし、また子どもを授かったら、今度はどんな子でも必ず産もう。もう羊水検査は受けないでいい」と考えるようになりました。
年が明け、女性の妊娠がわかりました。そして、第1子と同じ産科医院で受けた妊娠11週のエコー検査でむくみがみつかり、再び、医師からダウン症の可能性を指摘されました。
「産む」という二人の決意は揺らぎませんでしたが、医師にすすめられ、採血で高精度に調べられる「新型出生前診断」(NIPT)を受けました。結果は陽性。そして羊水検査も陽性でした。
ただ、羊水検査の結果から、おなかの子がダウン症になったのは、遺伝によるものではなく、偶然が続いた非常に珍しいケースだと、医師から説明されました。
夫は「1人目のときに考えた子どもの将来への不安は、あまり深く考えないようにした。妻の心と体にこれ以上の負担をかけるわけにもいかない。受け入れよう」と覚悟を決めました。女性は「2度続いたことで、おなかの子に運命的なものを感じた」。
2016年11月。2800グラムの長女を出産しました。
1歳7カ月になった長女は、夫が仕事から帰宅すると、声を出して笑顔で迎えてくれるそうです。夫は「本当に癒やされます」。女性は「普段はなかなか笑わない夫が、娘が笑うと、つられて笑顔になる」。3人で出かけることも、家族の楽しみです。
長女の誕生は、夫婦にたくさんのことを教えてくれました。
ダウン症やほかの障害がある子の家族とのつながりがうまれ、助け合いながら、子育てをしています。女性は「同じように悩んだ経験があるからこそ、親身になってくれ、密な人間関係が築けている」と感じています。
食事や運動の仕方を学んでもらう訓練や、言葉を使うのは難しくてもジェスチャーでコミュニケーションができる「ベビーサイン」の指導など、障害のある子が生活しやすくなるためのサポートも、どんどん発展しているとわかりました。
女性は「こうして娘を大切に育てていこうと決断ができたのは、息子のおかげ」。
そして、女性は、自身も受けた出生前診断についてこう語ります。
「出生前診断は、より体制の整った病院への転院や気持ちの準備ができる一方、産む、産まないの選択を迫られることもある。陽性が出て出産をあきらめた後、前に進めなくなる人もいる。あきらめた後はどう立ち直るかも考えないといけない。不安を解決するための検査ではないことを知ってほしい」
国立成育医療研究センター(東京)の左合治彦・副院長は「高齢妊娠の増加と、検査の認知度の高まりから、出生前診断を受ける人は増えている」と話します。
左合さんらの推計によると、出産した妊婦のうち、何らかの出生前診断を受けた人の割合は2008年の3%から16年には7%に増えました。
出生前診断には、さまざまな種類があります。
新型出生前診断(NIPT)や母体血清マーカー検査は、あくまで確率を判定する「非確定検査」。診断を確定させるには、羊水検査などの「確定検査」を受けることが必要です。
母体血清マーカー検査について、国の専門家会議は、十分に理解せずに受けて混乱したり、全員が必ず受けるものと誤解されたりする恐れがあるため、「医師は妊婦に検査を積極的に知らせる必要はない」との考え方をまとめています。
ただ、医師は妊婦から相談されたら、検査の目的や予想される結果、その後の選択肢などを十分に説明し、誰でも生まれつきの障害を持つ可能性があることを伝え、質問に納得いくまで答えること。
そのうえで、妊婦が自分で受けると決めたときだけ検査をする、と定めています。
NIPTについても、学会の指針は「医師が妊婦に積極的に知らせる必要はない」としています。
しかし、相談した医師から十分な説明がなく、検査結果に振り回された家族もいます。
東京都内に住む会社員の女性(43)は2度の流産を経験し、不妊治療もうまくいきませんでした。費用が高額になり、治療はやめました。
しかし昨年12月、自然妊娠がわかりました。
うれしさの半面、「高齢出産は障害のある子が生まれるリスクが高い」と聞いていたので不安になり、出生前診断を受けようと決めました。女性は「もし障害があるとわかっても、すぐに中絶するなんてありえない。そのときは、時間をかけて考えて決めたい」と思っていました。
妊婦健診に通っていたクリニックの医師に相談すると、「母体血清マーカー検査」を紹介されました。妊娠16週で検査を受けました。
4月下旬、妊娠20週のときに体調を崩してクリニックに行くと、医師に「検査結果が出ていますよ」と言われました。渡された紙には、ダウン症の確率が「約186分の1」と書かれていました。「陽性」と判定される数字です。
この結果はあくまで確率なので、「羊水検査」で陽性かどうか確定させる必要があります。しかし、中絶ができる22週未満の期間は、残り13日しかありませんでした。
「羊水検査を受けるなら、近くの大病院に紹介状を書きますが、すぐに予約できないかもしれません」と医師。女性は「なんとか22週に間に合うようにできませんか」と助けを求めましたが、医師から「詳しくないんです。知りません」「大病院で相談してください」と言われ、途方に暮れました。
「羊水検査もできないなら、産むしかないよ」と夫(45)は言いましたが、女性は「まずは結果をはっきりさせたい」と思っていました。女性が父親に話すと、羊水検査の結果を即日出せるという関西のクリニックを見つけてくれました。
このクリニックは、羊水検査で採取したDNAを増幅させて分析することで即日結果を出すことができ、時間をかけて培養する別の分析結果は数週間後に出します。
出生前診断に詳しい専門家によると、即日の結果でほぼ確実ですが、特殊なケースを見落とさないために、時間がかかる別の分析もするといい、欧米ではよく行われているそうです。
「陽性」と言われた3日後、夫婦は関西に行き、検査を受けました。その日出た結果は陰性。約4週間後に聞いた別の分析結果も陰性でした。
女性は秋に出産する予定です。自分のように検査結果に振り回される妊婦が出ないよう、医師には適切な対応をしてほしい、と願っています。「障害のある子を育てるには転職や退職が必要になるかもしれない。それぞれがすごく悩んで『産む・産まない』の決断をしている。その悩む時間は限られていて、尊いものだと思う」
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から公開しています。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。
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