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子どもから目を離さないで・・・「無理」0.5秒で事故防げる?
「親は子どもから目を離さないで」。子どもの事故が起きると、ほぼ必ずといっていいほど、そんな趣旨のコメントをネット上で見かけます。でも、ふだんの生活で本当にそんなことが100%できるの? もし目を離さなかったら、事故は防げるの? 調べてみると、現実的にも、科学的にも、限界がありました。
3月、「おもちゃのハンドスピナーから外れた部品を幼児が誤飲した」という話を取材して、記事を配信しました。
他のメディアの記事も含めて、ネット上のコメントを一通り見ていると、ある言葉が目につきました。
川での溺れやベランダからの転落など、子どもの事故が報道されるたびに、「子どもから目を離しちゃだめ」という類いのコメントをよく見かけます。
また、マスコミが発信する記事でも、事故が起きたときの状況を説明する内容として、「保護者が目を離した隙に」という文章を見ることがあります。
目を離さないことが大事、という話はわかります。
ただ、こうしたコメントや記事を何度も読むと、「目を離さなければ、事故は防げた」という印象がすりこまれていく気がします。
でも、子どもの事故を取材していると、予防のために多くの対策をしている家庭が多いように思います。それでも、ほんの一瞬の出来事で・・・という話をよく聞きます。
ただでさえ、普段の育児で気が張りつめているうえに、事故を防ごうと神経をとがらせている状況で、さらに何か起きたら「目を離さないで!」とネット上で言われる。保護者にとって、なんだか酷な印象です。
そもそも、「目を離さない」という対策は現実的なんでしょうか。調べてみました。
1歳9カ月の長女がいる男性(32)は事故のニュースを見ると、「うちも気をつけなきゃ、とは思う。でも、完全に見続けることなんて、無理ですよ」と話します。
男性は1月末、引っ越しのため、自宅で荷物の整理をしていたとき、長女が、刃が出ていない状態のカッターを口に入れたのを見て、ヒヤッとしました。普段、カッターは長女の手が届かない場所に、鍵をかけて保管していましたが、この時は違いました。
「段ボールを運ぶ数秒間の出来事。大人が見ている時は、そんなことはしないのに、何で見てない時に限って・・・と思います」
2歳3カ月の長女を育てる女性(29)はある日、台所で夕食に使う野菜を包丁で切っていました。
長女はその時、となりの部屋でテレビを見ている「はず」でした。
しかし、女性が野菜を炒めようと鍋に入れた時、ふと振り返ると、長女が包丁に手を伸ばしていたところだったそうです。
いつもは包丁を使うと、すぐに洗って、補助ロックをがある棚にしまいますが、この時は野菜を切った直後のことでした。
「ヒヤッとする時に限って、子どもは静かにしていて気づきにくいことが多い」と話します。
10歳と3歳の2人の娘を育てている女性(37)も「『目を離さないで!』なんて言われても、『じゃあ、家事全部代わりにやってくれる人いますか?』と聞きたくなる」と言います。
さらに、この女性は、目の前で見ていた我が子がケガをした経験を話してくれました。
長女が3歳だった頃、2階建ての自宅で、階段を降りる練習をしていました。まずは女性と手をつないで、ゆっくり。できるようになったら手を離して、といった具合に、日々段階を踏んでいました。
保育園でも一人で階段を降りれるようになっていたある日、自宅で長女が手すりを持って、階段を降りていました。階段の上から見ていた女性が「気をつけて」と言った矢先、長女は残り4段ほどで足を踏み外して転落。額を数針縫うケガをしました。
女性は「仮に私が階段の下で見守っていても、一番上から転げ落ちたら、同じように大ケガをしたはず。でも、ずっと一緒についているわけにはいかないし、その一方で一人でやらせていいタイミングがわからないことがある」と話します。
子どものケガを診察する医者は「目を離さないで」という言葉をどう考えているのでしょうか。5月末、ある小児科医がツイッターでこんな投稿をしました。
投稿したのは、長野県佐久市にある佐久総合病院佐久医療センターの小児科医、坂本昌彦さん(40)。佐久市の小児科医やイラストデザイナーが中心に取り組む「教えて!ドクタープロジェクト」の責任者です。坂本さんたちは、このプロジェクトを通じて、保護者の子育て不安に寄り添い、救急の適正な受診を促すことで、小児救急の負担軽減を目指しています。
今回の投稿のきっかけは、歯ブラシをくわえたまま走って転び、のどに歯ブラシが刺さってしまった幼児を診察したことだったといいます。大事には至りませんでしたが、坂本さんはその子の保護者から状況を聞いていたとき、「(子どもから)目を離さないでね」と言ってしまったそうです。
ただ、その時、自身の子どものことが頭をよぎりました。
坂本さんも2児の父親。2歳の長男が歯磨き中に急に走り出して、坂本さんが追いつく前に転倒。歯ブラシは刺さりませんでしたが、「目を離さなかったとしても、防げないこともある」と実感しています。
「目を離さないように心がけることは大事。意味がないとは言いませんが、そのメッセージだけではアドバイスにはならない。目を離しても予防できるような対策が必要です」
坂本さんによると、子どもは歯磨き中に走って転ぶことを前提として、衝撃が加わると柄がぐにゃりと曲がる歯ブラシや、口の奥まで入りにくいストッパー付きの製品などを使うことを徹底することが重要といいます。
目を離さないという対策に限界があることを裏付けるような、科学的なデータもあります。
産業技術総合研究所で子どもの事故予防を研究するグループは2010年~11年、11カ月~4歳の幼児19人に協力してもらい、実験用のマンションの部屋で、遊んでいるときに偶然転ぶ様子を計104回記録。映像やセンサーのデータを分析して、倒れ始めてから、尻やひざが床につくまでの秒数を調べました。
結果は、平均で約0.5秒。
では、子どもから目を離さなかったとして、0.5秒で出来ることを考えてみます。
実験した産総研の西田佳史・首席研究員(47)によると、人間は物が動くのを目でみて、何か行動を始めるまでに0.2秒かかるため、目の前で倒れそうな子どもを助けるには、残り時間は0.3秒しかありません。
子どもとの距離が1メートルだったとしても、大人が止まった状態から動き出すことを考慮すれば、最終的に時速約24キロの速さで動かなければならないそうです。
「目を離さない対策は、科学的にも無理がある。極端にいえば、ずっと子どもに触れて支えておく対策しかなくなる」と話します。
西田さんによると、安全に配慮された製品を使ったり、子どもの手が届くところに危ないものを置かなかったり、身の回りの環境を改善することが重要といいます。
以前、安全に配慮された製品について記事にしたとき、「危険なものを周りから取り除くと、子どもの危険予知能力が育たない」という意見をネット上で見かけました。
しかし西田さんは、「安全を確保すれば、逆に子どものいろんなチャレンジを許容できるので、危険予知能力も育つ」と話します。
例えば、川遊び。ライフジャケットを着ていなければ、保護者は「川に入っちゃだめ」など注意しなければいけないことが多いうえ、万が一溺れたときに後遺症が残ってしまうかもしれません。
一方、ライフジャケットを着ていれば、溺れを予防できるため、川の中での探索や転倒を許せるほか、「突然深みにはまるかも」といったことを学ぶこともできるといいます。
西田さんは「安全を確保することと、危険予知能力を育みながら健康に育つ話は、対立しません」と指摘します。
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