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中国が本気で目指した「クリーンなフェス」 支えたフジロックの精神
暑さとともに、音楽フェスの季節が近づいてきました。開放的な雰囲気の中で音楽に酔いしれるフェス文化は日本ではすっかり定着しましたが、その波は中国にも押し寄せています。5月に北京市郊外で開かれたフェスでは、日本の「フジロックフェスティバル」で培われたあるコンセプトと経験が、初上陸を果たしました。それは一体、何でしょうか?(朝日新聞中国総局・冨名腰隆)
フェスの魅力は、何と言っても野外の開放感ですよね。日本では7月下旬に新潟・苗場で開かれる「フジロックフェスティバル」と8月に千葉・大阪で開催する「サマーソニック」が2大フェスとされます。フジロックは1997年、サマソニは2000年にスタートし、歴史も重ねてきました。
中国でもそうしたフェス文化が根付き始めています。サマソニは昨年、上海に進出し日本からもLUNA SEAやINABA/SALAS(B’z稲葉浩志さんとスティーヴィー・サラスさんによるユニット)などが出演を果たしました。14億人近い人口を抱え、どんどん豊かになる中国。音楽市場としても世界が注目するのは、ある意味当然です。
5月18~20日に北京市から北西90キロの河北省懐来県で開催された「MTA天漠音楽フェスティバル」も、今年で3回目という新興フェス。音楽(Music)、テクノロジー(Technology)、芸術(Art)を融合させ、ミュージシャンが演奏する隣のホールではIT事業者が研究発表をするなど先進的な取り組みをしています。
会場は、黄砂が降り積もって形成されたという砂丘で、音楽ステージとの組み合わせが幻想的でもあります。
このMTAが今回、「ぜひ!」と日本から参加を呼びかけた団体がありました。それがNPO法人「iPledge(アイプレッジ)」です。
代表の羽仁カンタさんは音楽フェスなど大規模イベントでのごみ削減活動に取り組んできた「その道のプロ」。羽仁さんが初期から関わってきたフジロックは世界で最もクリーンなフェスと言われるようになり、フジロックに出演したアーティストは「環境問題への意識が高い」と評価されるまでになりました。
MTAはそんな理念や精神に魅せられ、iPledgeを口説いたと言います。両者の橋渡しとなった、音楽系IT企業に勤める田中清鈴さんによると、「羽仁さんが昨年のMTAを視察したり、中国側がフジロックを見たりと何度も考え方をすりあわせて今回の協力に至りました」とのことでした。
当日、会場に足を運ぶと7カ所のごみ分別ステーションが設置され、約70人のボランティアが忙しく動き回っていました。日本からコアスタッフとしてiPledgeの7人が参加。中国からは環境保護に取り組む民間組織の「自然之友」のメンバーやボランティアが駆けつけました。
「僕たちはごみを拾うわけじゃないんです」と羽仁さんは言います。スタッフが行うのはごみ分別の誘導や、分けられたごみが最終的にどうなるのかというリサイクルの紹介など。あくまで参加者が主体的に動くことを求めています。
「意識を変えてもらうことが大事なんです。だから僕は演奏の間にステージに立って、分別を呼びかけますし、環境保護の大切さも訴えます。一人でも変われば、この活動に意味があると思うんです」
思いは参加者にも届いているようです。ごみ分別ステーションで取材していると、7歳の男の子が熱心にごみを拾って「金属」「ペットボトル」「その他」と書かれたどのごみ箱に捨てれば良いか、スタッフに聞いていました。
すると母親が近づいてきて「この活動は本当に素晴らしい。子供に環境保護を教える良い機会になります」とお礼を伝えていました。
実際、中国のごみ分別意識はまだまだ進んでいるとは言えません。
例えば私が普段生活する北京では、マンションにも公衆のごみ箱にも「可燃」「不燃」の分別表示はあります。でも、見る限り守っている方が珍しいです。現地の中国人にも聞いてみましたが「だって誰も分別してないじゃない」「大気汚染はみんな関心あるけど、分別までは意識してないわ」との反応。
そういえば、私が留学で北京に暮らしていた6年前には、食べ歩きしていた果物の皮やお菓子の袋をポイポイ道ばたに捨てる人が結構いました。夜の歩道は悲惨な光景ですが、各地区に清掃員がいて、明け方にきれいにしている日々でした。さすがにその時よりはマナーが向上した気がしますが、ごみの分別が定着するまではもう少し時間がかかりそうです。
羽仁さんにとっても、初の海外でのごみ削減活動だったと言います。当然、中国ならではの苦労もあったそうです。
例えば、会場には分別ステーション以外にも分別指定のないごみ箱がいくつかありました。会場は観光地であり、観光客用のために普段から地元政府が設置しているごみ箱なのですが、分別の表示がありません。つまり、会場は分別用のごみ箱とそうではないごみ箱が混在する状態でした。
「主催者とは意識を一致させたのですが、地元政府はあれを撤去してくれない。分別やってる隣でポイポイ捨てられるのも悔しいじゃないですか。こちらのステーションを政府のごみ箱近くに移動させて、こちらに捨てるよう参加者に促すようにしました」
イベントで出る大量のごみを運ぶためには、ごみ袋の大きさや厚さも重要だそうです。
「僕らはフジロックなどのイベントで透明なごみ袋を使っているのですが、こちらでも事前に5種類くらいを試して、最もふさわしいごみ袋を準備してもらうよう主催者に頼みました。でも、来てみたら薄い真っ黒なごみ袋でした。主催者と地元政府の行き違いのようです。いま、事前にお願いしたごみ袋にしてもらうよう交渉中です。せっかく分別しても、薄いごみ袋で運んでいる間に破れて、こぼれてしまったら意味がない。使い方を含めて粘り強く伝えています」
事前に何度も念押ししたのに、結果的に全然違う。これ、中国あるあるです。ビザや居留許可の申請に行ったら聞いていた必要書類と全然違った、大事な相手との会食で個室を予約したのに行ったら全部埋まっていた……などなど。枚挙にいとまがありませんが、この話を始めたら終わらなくなるので別の機会にしましょう。
羽仁さんにとっては良い発見もありました。一緒に活動した中国人スタッフやボランティアの意識の高さに「心から感動した」そうです。
「実は今回、失敗したらどうしようという怖さもあったんですが彼らの意識と行動力が素晴らしくて楽しみに変わった。日本が中国より優れているわけじゃなくて、先に取り組んだだけ。地球をきれいにしたい、よくしたいという思いはどこへ行っても同じだと分かった」
「少しずつしか変わらないが、無駄ではない。来年以降も挑戦したい」と話す羽仁さん。中国側で活動に関わった自然之友の呉驍主任も「コアスタッフがボランティアの体調管理までするiPledgeの細やかさはとても勉強になった」と言います。
羽仁さんは2020年の東京オリンピック・パラリンピックでも自然環境に負荷のかからない、持続可能性のある大会にしようと取り組んでいます。その2年後には北京で冬季オリンピック・パラリンピックがやってきます。
呉さんは「私たちの目標は、北京オリンピックのような大きな大会でも活動していくことです。日本が持つ経験も生かして環境保全に役立ちたい」と目標を語ってくれました。
「夢は大きく、ごみは小さく」。そんなフレーズがふと頭に浮かびました。関係者のみなさま、五輪ポスターにいかがですか?
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