連載
#29 AV出演強要問題
AVの「適正マーク」できたけど…強要問題で対策、早くも疑問の声
アダルトビデオ(AV)業界で「適正AV」と称する取り組みが続いています。出演強要問題に対応する仕組み作りですが、業界内部では当初から「いかがわしいのがAV」と突っ込まれる始末。現場の仕事でも「適正プロダクション」のはずなのに逮捕者を出したり、外部から申し入れを受けたりです。被害者支援団体は「適正AV」の取り組みを不安視しています。(朝日新聞記者・高野真吾)
「適正AV」とは、AV業界が大学教授や弁護士を理事に迎えてつくった第三者委員会が提唱しているものです。
2017年4月の記者会見で考え方の説明がありました。同委員会のHPによると、知的財産振興協会(IPPA)に加盟しているAVメーカーが制作し、正規の審査団体の審査を経て製品化された映像のことです。
無修正や無審査の映像は対象外です。AVメーカーの中には、IPPAに加盟せず、自主審査でマニア向けのAVなどをつくってきたところもありました。委員会の考えに基づくと、これらは「不適正AV」になります。
女優が所属するプロダクションも初めて業界団体をつくり、守るべきルールを制定しました。女優の自己決定権を尊重し、ウソをついての契約をしないことや、契約は解除できることなどを掲げました。
違反すると、この枠組みからはじかれ「適正AV」に関わる仕事ができなくなります。
第三者委員会は今年4月からはプロダクション、メーカーが「適正AVに向けた施策」について「実施を開始」したとHPで報告。取り組みが本格的に稼働しました。
しかし、現場での取り組みには課題が残っているようです。
「『絶対ばれない』『顔ばれしない』『身ばれしない』など」の「不実告知による勧誘を直ちにやめること」
「写真撮影も全裸・半裸などの写真をとるべきでなく、着衣のままの撮影を行うべき」
「契約時には、確実に契約書を出演者に渡すこと」
これらは、NPO法人資格を持つ消費者団体「消費者機構日本」(東京)がAVプロダクションのアルシェ(同)に送った文書に書かれています。アルシェは「適正AV」の枠内にいるプロダクションです。
機構が作った文書はA4で6枚。具体的な申し入れや改善要請の項目が並んでいます。この文書は「貴社とのアダルトビデオ出演のためにする契約に関する情報提供」を踏まえ、作成したと説明しています。
2004年に設立された「消費者機構日本」は、被害を受けた消費者に代わり、裁判を起こす「特定適格消費者団体」として国から認められている団体です。
さらに事業者が「不当な勧誘」をすることや契約書に「不当な契約条項」を設けることなどを、やめるように求める資格も持っています。
2017年度はメガバンク2行や建築請負業者など15件の申し入れをし、14件で何らかの是正が行われました。これまで申し入れで改善しなかった5件は、訴訟にまで発展しています。
一方のアルシェは、どういった会社でしょうか。HPをみると、都内の渋谷区に拠点を構えています。
「未経験者限定キャンペーン!」を実施中で、内容は「好きな男優を選んでデビュー」というもの。「ARCHEであなたの夢を叶(かな)えます」とうたっています。
「モデル一覧」には5人の女優が名前、顔出しで写っています。ツイッターもやっていて、女優の活動ぶりを紹介しています。
消費者機構日本が出した文書が指摘する、アルシェの問題点はどこにあるのでしょう?
アルシェは女性に「『絶対ばれない』『顔ばれしない』『身ばれしない』などと虚偽の事実を告げて契約の意思表示をさせている」。
「契約の勧誘をする際、消費者が契約を断っているにもかかわらず、複数人で囲んで説得をして、物理的にも精神的にも退去を妨害する」
消費者機構日本はこうした行為を「直ちにやめること」を申し入れています。
同社が使っているスカウトが、自らに対する「好意を利用して、AV出演」させる目的を隠し、女性に近づいていることも問題視。こうした「スカウトを用いてアポイントメント商法を行わないこと」を要請しています。
プロダクションはAVメーカーへの宣伝材料として、女性の全裸や半裸の写真を撮っています。これも「着衣のままの撮影を行うべきです」としています。
AV出演の契約を結ぶ場合は、8日間以上の無条件解約(クーリングオフ)期間を設けること、契約書を確実に女性に渡すことも求めました。
消費者機構日本がAVプロダクションに、こうした申し入れの文書を送るのは初めてだといいます。
機構はアルシェに対し、5月31日までを期限に文書での回答を求める、問い合わせ項目も記載しました。過去5年間での「総契約者が何名で、(契約書を)交付していない契約者が何名」か、「スカウトに対して支払う費用は、1人あたりいくらか、単体女優か否かで金額が異なるのか」を聞きました。
5月31日午後5時時点で、機構はアルシェからの回答文書を確認できていません。また、朝日新聞はアルシェ側に複数回、取材を申し込みましたが、回答はありませんでした。
AV出演強要問題が社会問題化したことを受け、消費者機構日本はAV業界での契約実態を調べてきました。昨年11月には、「適正AV」の枠組みづくりを提唱している第三者委員会に対し、AV出演契約に関する意見書を提出しています。
アルシェは、第三者委員会の指導を受ける「第二プロダクション協会」(SPA)のメンバーです。同協会の関係者は「今後の展開を見守りたい」と話しています。
AV出演強要被害者の相談に乗る団体は、「適正AV」の仕組みをどうみているのでしょうか。NPO法人「人身取引被害者サポートセンター ライトハウス」の坂本新事務局長に聞きました。
「適正AV」関係では、第三者委員会の指導を受ける「日本プロダクション協会」(JPG)のメンバーであるプロダクション社長が逮捕される事件が4月に明らかになったばかりです。
坂本さんは逮捕事案や消費者機構による申し入れ、日々、接している相談者からの情報を総合的に考え、コメントを寄せました。
その結論は「女優の自己決定権の尊重をうたい『適正AV』を目指すとする第三者委員会の理念は分かるが、現場でどこまで浸透しているのか大きな不安が残る」というものです。
第三者委員会が窓口となり、すでに出回っている作品の販売停止を受け付けていること。ライトハウスへの相談者からの通報を受け、撮影中止のために連携した事案が過去にあったことには、一定の評価をしています。
それでも、全面的な支持にはならないと言います。
「JPGやSPAというプロダクションの業界団体に入っているだけで免罪符になっている雰囲気です。以前とやり方を変えていない、プロダクションもあると考えています。今の『適正AV』という業界の動きだけで、強要も含めた、色々なAV被害をなくしていけるのかは疑問が残ります」
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