エンタメ
「生まれつき全盲」でも映画監督に 先入観をくつがえす「撮影現場」
生まれつき目が見えない障害を抱えたまま、映画監督になる夢を叶えた人がいます。このほど完成したデビュー作は、なんとSFアクション。レゴブロックを使って位置関係を把握し、ストーリーを説明する「絵コンテ」の代わり「サウンドコンテ」を活用。驚きの撮影現場から見えたのは、映画監督に必要な「本当の資質」でした。
映画監督としての第1作を完成させたのは、東京都町田市の会社員、加藤秀幸さん(42)です。
SFアクション作品「ゴーストヴィジョン」は、加藤さんを投影した全盲の主人公と、目が見える仲間の男性とのいわゆる「バディー・ムービー」(2人組を主人公にすえた映画)。
信頼はしているけれども、見える者と見えない者との間に存在する「狭間(はざま)=ゴースト」を、ストーリーの中で浮かび上がらせる内容となっています。
加藤さんがSFやアクション映画が好きなため、このジャンルになったそうです。
きっかけは2年前にさかのぼります。
映画監督の佐々木誠さん(42)が、映画の冒頭部分のみを作るまでの加藤さんの姿を描いたドキュメンタリー「インナーヴィジョン」を制作。それを見たプロデューサーの田中みゆきさん(37)が、加藤さんを監督として、一つの作品を作ることを提案し、企画が動き出しました。
昨年春から撮影を開始。クラウドファンディングで295人から335万5333円の支援も集め、それを後押しに今春、完成しました。「ゴーストヴィジョン」は、その過程を描いたドキュメンタリー映画「ナイトクルージング」(佐々木さん監督)の一部として公開予定です。
加藤さんは、先天的に目が見えません。
でも、格闘ゲームが得意で、佐々木さんは一度も勝ったことがないほどの腕前。「(秘密を)知られちゃうと、実は弱い」と笑う加藤さんですが、どうやら、技が相手に当たるまでの時間を元に距離感を計ることができ、目が見えないのを補っているようです。
バンドではベーシストとして活躍し、作曲をしたり、ラジオドラマの編集をしたり。結婚11年の奥さんに料理を振る舞います。
これまでに見た(加藤さんも「見る」という言葉を使いますが、音声ガイドを使って映画を鑑賞しています)映画の話も、映画監督の佐々木さんと、しょっちゅうしています。
加藤さんの撮影方法は独特です。
目の見えるスタッフとコミュニケーションをとるため、ストーリーを説明する「絵コンテ」の代わりに「サウンドコンテ」を使用。ナレーションやセリフを実際に加藤さんが吹き込み、物語の展開を説明します。
そして、登場人物と場所の位置関係を示すためにはレゴブロックを使います。加藤さんも「良い共通言語、ツールになりました」と話します。
撮影現場では、加藤さんは俳優に実際、触りながら指示を出します。
最大のハードルが映像の最終確認ですが、実はこれこそが映画「ナイトクルージング」のキモです。
これまでに4本ほど劇場公開作品を撮ってきた佐々木さんは「視覚で確認しないと映画にならない、監督したことにならない、ということを言われる方もいるかもしれないですが……」。
作品を見ると、そのメッセージが伝わってくる仕掛けになっています。
監督助手として関わった佐々木さんは、「見えている人間の常識で話しちゃっている」と気付かされた瞬間があったと言います。
あるシーンで、若干セリフを増やしたため、その部分だけサウンドコンテを補足しようと提案したところ、加藤さんは「それだったら一から作り直さないとダメだ」と譲りませんでした。
加藤さんは「誰かが別々に話していたものを録音して、あたかも会話をしているようにつなぎ合わせても、何か変になるじゃないですか」と説明します。
それは、音には人一倍、敏感な加藤さんだからこそのこだわりだったのかもしれません。
このやりとりを通じ、佐々木さんも「僕の常識では、そこだけ入れれば良いじゃんとか簡単に思っちゃうけれど、加藤君の中では、1個でも変えると、それは全然違うものなんだ」と認識するようになったそうです。
一方で加藤さんも「カット割り」という概念を学びました。
映像作品では一般的に、誰かがずっと話しているシーンでも、見ている人を飽きさせないために数秒ごとにカメラの位置を切り替えた映像でつなぐことが少なくありません。
ただ、音声ガイド付きで映画を見る際、いちいち「カメラの位置が変わりました」といった注釈はつかないので、そうしたテクニックが使われていることを加藤さんは知りませんでした。
迫力ある戦闘シーンを描くため、真上から撮ったり脚だけを撮ったりといったカメラ位置に関する工夫がなされていることも、初めて知ったそうです。
今、映画に音声ガイドをつける会社で働く加藤さんは「カット割りの情報が入った方が、臨場感が伝わってくる場合もあるんじゃないかな。今後に生かせればいいな、と思っている」と話します。
「手伝ってくれる人がいれば、映画を全盲でも作れますよ、という証明になったんじゃないかな」と語る加藤さん。
一方の佐々木さんは「僕は最初から加藤君が映画を作れると思っていたので、それが実証できた」と淡々と話します。
佐々木さんは映画を作るためには、どんなものを作りたいかという具体的なイメージと、「この人のために動きたい」と思わせる人間的な魅力とが必要だ、と考えます。
「加藤君は元々イメージを持つことにたけている。そして、『一緒にちょっと組んで何か遊んでみようぜ』みたいな気持ちにさせてくれる。だから、監督としての資質は元々あったのかもしれない」と振り返ります。
その上で、「これを機会に、障害のあるなしに関係なく、どんどんみんな、映画を作り出したら良いのにな、と思う」と話します。
加藤さんが脚本を書く際にアドバイスを受けたのは、映画「RAILWAYS 47歳で電車の運転士になった男の物語」などで知られる小林弘利さんです。
加えて、声の出演者として人気声優の山寺宏一さん、ジャッキー・チェンの吹き替えで知られる石丸博也さん、DJ・作家のロバート・ハリスさんらが協力しました。
佐々木さんは今回のプロジェクトについて、「スタッフ、キャストと一線の人たちが面白がって協力してくれて、コミュニケーションを取って一つのものを形作る、青春スポコンムービーみたいな感じになっています」と語ります。
プロデューサーの田中さんは、作品についてこう表現します。
「見ていると、生まれつき全盲の人が映画を作るというのが本当に、もはや関係なくなってくるんです」
作品には、障害のあるなしを超えた空気が流れています。
例えば、「僕は足は遅いけれど、背が高いから一塁手をやる」「じゃあ僕は、打力はないけれど、球を投げるのが速いから投手をやる」のような。それぞれの得意なこと、苦手なことを認め、支え合いながら一つの目標に向かっていく雰囲気がありました。
2020年東京五輪・パラリンピックを控え、ダイバーシティーが話題となる日本。それに先立つ2019年に一般公開される予定の作品について、加藤さんはこう語りました。
「全盲の人間が作りました、というのは伏せてみた形での上映もして、お客さんの反応を見てみたい。もっと長い映画も作ってみたい」
1/16枚
感動
話題
IT・科学
話題
IT・科学
エンタメ
IT・科学
話題
話題
話題