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埼玉・西川口、いつのまにか「マニアックな中華街」に 風俗店は減少

中国東北地方郷土料理のお店「滕記熟食坊」の外観
中国東北地方郷土料理のお店「滕記熟食坊」の外観

目次

 埼玉県の西川口(川口市)と言うと、風俗街のイメージが根強いかもしれませんが、最近は中華料理店の増加が目立ち、インターネットでは「マニアックな中華街」とまとめられています。羊料理、アヒル料理、四川省の串料理、東北地方の郷土料理など、よく知られている「日本式中華料理」と違い、メニューには中国語しかなかったり、店員と日本語が通じなかったりと、店によってはまさに「プチ海外旅行」。西川口で長年中華料理店を営んでいる店主は「10年ほど前から『グルメの街』を目指した結果、外国人住民の増加とともに、中華料理を始めとする各国の料理店が増えてきた」と話します。

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JR西川口駅から少し歩いた路地に中華料理店が点在する
JR西川口駅から少し歩いた路地に中華料理店が点在する

一歩踏み込んだら旅行気分 オーソドックスでなくB級中華? 

 JR西川口駅の西口。駅前はチェーン店が並んでいますが、奥へ一歩進むと、火鍋、シルクロード(新疆ウイグル族)の料理、四川串鍋料理、上海料理、またアヒル(モミジ、手羽先、ネック、砂肝…)といった中華の専門店が次から次へと現れます。

 ひとことに中華料理と言っても、馴染みのある中華麺や、青椒肉絲(チンジャオロース)、回鍋肉(ホイコーロー)、坦々(タンタン)麺などでなく、日本に住む中国人にとっても新鮮です。

 日本人がここを歩くと、「別世界」という感じで、まさに旅行気分も味わえます。

西川口のアヒル料理専門店。胡椒が効いたピリ辛の味は中国でもB級グルメとして人気が高い。
西川口のアヒル料理専門店。胡椒が効いたピリ辛の味は中国でもB級グルメとして人気が高い。

本格的な中国東北地方の郷土料理

 中華料理の看板を通り抜け、10分ほど歩くと、中国東北地方(旧満州国)の郷土料理のお店「滕記熟食坊」(テンジシュシーファン)に出会います。看板の下には「東北鉄鍋燉(ドンペイティゴドゥン)」の大きな文字が見えます。

 中国の東北地方というと、黒竜江省、吉林省、遼寧省の三つの地域を指します。店主夫婦は最も北部に位置する黒竜江省・佳木斯(ジャムス)市出身で、極寒の地の郷土料理を日本に持ち込んできました。

中国東北地方郷土料理のお店「滕記熟食坊」の外観。「東北鉄鍋燉」が看板料理になっている。
中国東北地方郷土料理のお店「滕記熟食坊」の外観。「東北鉄鍋燉」が看板料理になっている。

 「鉄鍋燉」の特徴というと、テーブルに埋め込まれた大きな鉄鍋に肉や野菜を入れ、じっくり煮込むことです。大きな鉄鍋ならではのいい匂いと湯気が漂います。

 鍋の名前は食材により異なります。例えば「東北農家燉」にはスペアリブとモロッコインゲン、甘くないトウモロコシ、かぼちゃが入っています。「殺猪菜」は豚肉や豚のモツ、豆腐などと発酵した白菜の煮物を入れます。

 さらに東北名物料理の「小鶏燉蘑菇」(鶏肉と東北名産の紅キノコの煮物)があり、鉄鍋で煮ると格別に味が深くなります。魚鍋の「鯉と豆腐の煮物」も高い人気を誇り、わざわざ1時間以上車を運転して来店した中国人客もいました。

 鉄鍋を注文すると、トウモロコシのパンもその場で焼いてくれます。練った生地の塊を、鉄鍋の縁あたりにペタッと貼り付け、鍋の熱で芳しく焼き上げ、パリパリとした食感もあり、美味しいです。

 こうした郷土料理は、東北地方の出身以外の中国人ではめったに目にすることがないです。遼寧省出身の夫も都市部に暮らしていたため、このような鉄鍋料理は1~2回ぐらいしか食べたことないと言います。

出来たての「東北農家燉」。湯気が立ち、食欲を誘う。
出来たての「東北農家燉」。湯気が立ち、食欲を誘う。

鉄鍋が大人気 日本人客が3割へ メニューは中国語だけ

 「滕記熟食坊」のおかみの興(シン)さんによると、この店は2年ほど前にオープンしました。最初は中国人客が圧倒的に多かったそうですが、口コミなどで日本人にも人気が高まり、感覚的に日本人客が3割近くなっているそうです。

 メニューは全部中国語です。日本語が書かれていない理由を尋ねると、「おかずの日本語名が分からないんです」と興さんが恥ずかしがりながら話しました。ただ、料理の写真を載せているので、日本人客も注文には困らないそうです。
 
 興さんはある程度日本語が話せますので、日本人客の接客や、電話予約を受け取っています。「ほとんどの予約電話は日本人客からのものですね」。そして店主である夫を含め、ほかの店員はあまり日本語が話せないそうです。

 この店の鉄鍋はかなり大きいため、4人以上のグループで食べるのがオススメです。多人数のほうが賑やかで、水餃子、アヒル料理、鶏の燻製など、ほかにも本場のメニューを楽しめます。食べきれない場合は、テイクアウトもできますので、少人数で行っても心配ありません。

メニューもすべてが中国語で表記されている
メニューもすべてが中国語で表記されている

孔子の73代目が語る西川口の変化

 「滕記熟食坊」は開店して2年ほどですが、すでに中華料理の店が増えていたそうです。西川口はいつ頃から「グルメの街」に変身してきたのでしょうか。

 警察などによると、西川口には1990年代から2000年代前半にかけて、違法な性風俗店が乱立していました。新風営法施行以前からあって営業が認められた店の周辺の営業禁止地域に違法店が次々開店し、「西川口流」などとという隠語も誕生。それが警察の取り締まりで07年までに、大半の店が廃業に追い込まれました。

 同時に「同伴」や「アフター」でにぎわっていた「まともな飲食店」も、客を失いました。「風俗店が摘発されてクリーンになりましたが、空洞化も起きてしまったんです」。こう話すのは、西川口に店を構えて27年になる中華料理「異味香(イーウイシャン)」のオーナーで地域の商店街連合会青年部にも入っている山田慶忠(よしただ)さん(49)です。

 山田慶忠さんの本名は孔慶忠さんで、実は『論語』で有名な孔子の第73代目子孫(末裔)。お父さんは第72代目の孔憲蕚さんです。お父さんの代から日本へ移住し、1991年に「異味香」を開店。山東料理を提供し続けています。ちなみに、孔子の家計図(世家譜)によると、「憲」は72代目で共通する文字で、73代は「慶」、74代は「繁」になっているそうです。現在世界中に孔子の子孫は200万人を超えていると言われています。

県警保安課などによると、西川口には90年代から00年代前半にかけて、違法な性風俗店が乱立。新風営法施行以前からあって営業が認められた店の周辺の営業禁止地域に違法店が次々開店し、売買春を指す「西川口流」やイニシャルを取った「NK流」という隠語も生まれた。県警の取り締まりで違法店は07年までに廃業。周辺の飲食店も次々と閉じた。
2017年4月17日朝日新聞夕刊「まるでリトルチャイナ 埼玉・JR西川口駅周辺 風俗店が減り、中国料理店が急増 」
「異味香」の店主・山田慶忠さん
「異味香」の店主・山田慶忠さん

B級グルメの町を目指したが、中華街は「自然発生」

 山田さんによると、転機になったのは、08年に西川口で開催された埼玉県内のB級グルメ大会でした。そこから、西川口を「グルメの街」として売り出そうと企画し、数年後には山田さんが地区の名物になる「焼焼売」を開発。しかし、中華料理の店はその動きとは関係なく、自然発生的に増えてきたそうです。

 「飲食店が撤退するたびに、中華料理店がその空きを埋める感じですね」と話す山田さん。すべての店が成功するわけでなく、撤退する店も多いそうですが、その場所にまた別の中華料理店が開店するなど入れ替わりがめまぐるしいそうです。

 さらに話を聞くと、「自然発生」した背景について、考えられる理由をいくつか挙げてくれました。

 まずは立地の良さです。東京につながる交通の便がよく、家賃も東京都内と比べ安いことから、「都内で成功した中華料理店のオーナーが、気軽に西川口で支店を開くことができる」と指摘します。
 
 次に、中国人の多さです。「西川口はもともと鋳物が盛んで、今は工場で働く中国人が多い。中国人の住民が増えたため、中華料理への需要も高いのでは」と話します。  
 
 そして、西川口のイメージ。日本人にとってはマイナスなイメージが残るかもしれませんが、「外国人はその固定観念にあまり取られていない」と山田さん。

風俗店が集中していた2003年当時の西川口。こうした街のイメージは外国人にはない
風俗店が集中していた2003年当時の西川口。こうした街のイメージは外国人にはない 出典: 朝日新聞

競争は激しくなるなか 町中に活気付いている

 山田さんによると、「マニアックな中華街」としてネットで知られるようになると、メディアによる取材も増え、宣伝効果や口コミなどで、足を運んでくれるお客さんも増えたそうです。

 山田さんは「異味香は老舗の中華料理として、競争も感じているが、町全体が活気づいていて、いい傾向」だと感じています。

 ただし、課題も。店の入れ替わりが激しく、なかなか地域全体の店の概要が把握しにくいという現状があります。

 また中華料理店に限りませんが、マナーの問題もあります。例えば安易に油を捨ててしまう店があるので、「油の垂らし問題」は地区の問題になります。店舗のゴミはまとめて業者に頼んで廃棄するものですが、一部ではそのまま住民用のゴミ捨て場を利用して、トラブルになるケースもあるそうです。

 街が活性化しつつも、こうした新たな問題の解決が課題になっています。

西川口に店を構えて27年になる老舗中華料理店「異味香」
西川口に店を構えて27年になる老舗中華料理店「異味香」

異文化の町もいいかも

 横浜の中華街や都内で中華料理が多い池袋では、中華料理店が密集するだけでなく、ほかの観光やショッピングの施設が併存しているため、いい相乗効果があります。現在、西川口は「マニアックな中華街」になりつつあるも、集客するような目立った施設は特にありません。

 山田さんは西川口が「異文化の町」と考えているようです。中華料理だけでなく、インド料理、タイ料理、韓国料理など、各国の本場に近い味を堪能できるため、「異文化」のほかに観光・レジャー施設が設立されれば、より魅力ある西川口になるのではないかという考えです。

 「マニアック」、「異文化」など、西川口の町は、今後もますます目が離れません。

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