連載
#4 いま「銭湯」がアツい
「風呂おけ」といえば浴槽?小さな桶? 世代間ギャップにびっくり!
「風呂おけ」と聞いて思い浮かべるものは人によって違うようです。
【ことばをフカボリ:10】
サッカーJリーグの熱戦が今年も始まっています。昨年のJ1覇者は川崎フロンターレ。逆転で初優勝を決めた最終戦で、選手たちは優勝シャーレの代わりに、木の風呂おけを高々と掲げました。あれ、「風呂おけ」って……? 思い浮かべるものは人によって違うようです。(朝日新聞校閲センター・武長佑輔/ことばマガジン)
「風呂おけ」と聞いて、何を思い浮かべますか?
20代の私は、銭湯に行くためにタオルやアヒルのおもちゃを入れている様子や、黄色い「ケロリンおけ」を思い浮かべました。他の言葉で表すなら「洗面器」でしょうか。
別の意味もあるの?と私が気づいたのは、川崎が優勝した昨年12月。職場の50代の先輩が、「風呂おけって『浴槽』のことじゃないの?」と驚くのを見たことからでした。
さっそく辞書で調べてみました。「広辞苑」は、「ふろおけ【風呂桶】(1)湯舟として使う桶。また広く、浴槽 (2)風呂場で用いる小さな桶」と二つの意味をのせています。「大辞林」や「三省堂国語辞典」でも同様でした。
「風呂桶店」と名の付くお店の職人さんにも聞いてみました。
創業100年を超えるという東京都東村山市の金子風呂桶店の金子幸一さん(70)にうかがうと、「ずっと『浴槽』の意味で使っている。『小おけ』や『手おけ』とは分けている」といいます。
埼玉県川越市にある別の風呂桶店の70代男性に尋ねても、浴槽の意味で使っているそうです。ですが、「最近、若い人から『洗面器』の意味で尋ねられて、かみ合わないことがあった」とも話します。
金子さんは「木の浴槽は最近需要がなくて……」と嘆きます。インターネットで「風呂おけ」を画像検索すると、洗面器が多く表示されます。
ユニットバスの普及もあり、木の浴槽をあまり見かけなくなったことも、「風呂おけ」が表す物の変化に影響しているのでしょうか。
二つの意味があるんだったら、誤解も生まれそう……。実際の使われ方を新聞記事から見てみました。
「(詩人で)彫刻家の(高村)光太郎が山荘の風呂小屋で使った『鉄砲風呂』という風呂おけが初めて公開されている」(17年5月11日付、朝日新聞岩手版)
「スリッパや風呂おけなどをラケットにした『ご当地温泉卓球』の全国大会が5日、山口市の湯田温泉で初めて開かれる」(16年6月5日付、朝日新聞山口版)
前者は「山荘の風呂小屋で使った」から浴槽を、後者は卓球のラケットに使っていることから洗面器を表しているのではと、前後の文脈から類推できました。
まず洗面器を思い浮かべる私も、文章に入っているのを読むと浴槽の意味でも使われていることに納得できます。では次の文はいかがでしょうか。
「参加者は道後温泉本館の北側をスタート。湯神社への坂道を上り、境内前までの約250メートルを走った。ゴールにある風呂おけをつかんだ人が優勝」(17年11月27日付、朝日新聞愛媛版)
ゴールに五右衛門風呂のような大きな浴槽がどっしりと構えて参加者を待っている、あるいは洗面器がトロフィーのように置いてあってつかんで掲げた人が優勝――。どちらの様子も想像できます。実際は洗面器の方でした。
「風呂おけ」の語は、「風呂おけ○杯分の水」のように分量を示す表現で使われているのも目にします。
例えば、宮城県のホームページには「鍋1杯のおでん汁でも魚が住める水にするためには、風呂桶(1杯300リットル)の水が25杯分(7500リットル)必要」とあります。
こうして量が書いてあれば想像できますが、説明不足だと「多すぎる」「少なすぎる」と勘違いをされかねません。風呂おけでなく別の例で示す方が無難だとも感じます。
同じことばでも、世代や地域などで指す物が違う場合があります。複数の意味を持つことばがあることを念頭に置いておきたいものです。
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