地元
47都道府県で「散髪」した男 過疎の島・看板のない店…95軒訪問
誰にでも行きつけの店ってあると思います。居酒屋やバーはもちろん、理容店や美容室は一度行きつけになると、引っ越しなどがない限り、別の店に行くことはなかなかないはず。それなのに、全国47都道府県の理容店で散髪をした人がいます。あえて常連客が多そうな店を選び、地元トークで盛り上がる。時には夕飯をごちそうになることも。散髪から見えた日本の風景とは……。計95軒を訪ねた「達人」に話を聞きました。
47都道府県で散髪をしたのは川崎市在住で、都内の編集制作会社に勤める若林政一郎さん(41)です。
若林さんが全国各地の「散髪屋」(若林さんは理容店をこう呼びます)を訪れる「趣味」を始めたきっかけは、大学生だった1998年、バイクで北海道を旅行したときのこと。
ある漫画に、修学旅行生が旅先で散髪するエピソードがあり、「面白いのでは」と思い立ちました。どうせならと、北海道の最北・稚内市の中でも一番北にある散髪屋を目指しました。
今までは、故郷・山口県宇部市の実家の最寄りの散髪屋か、大学時代に住んでいた東京都板橋区の散髪屋しか行ったことがありませんでした。訪れた最北の散髪屋では、迷った末に「ご主人」と呼ぶなど緊張して散髪に臨むと、ご主人は「近くに自衛隊の駐屯地があって、隊員がよく来る」など地元の話をしてくれ、意外と1時間が早く過ぎました。
お酒が飲めない若林さんにとって「居酒屋ではなく、散髪屋でも地元の話が聞けるのでは」と思えた体験でした。
同じ年、東京から山口へのツーリング中に寄った愛媛・道後温泉でも散髪屋に寄ることに。赤青白の「サインポール」だけが光る、看板のない店でした。店主は80歳を越えていると思われる高齢男性で、丁寧な散髪でしたが1時間半もかかりました。
「屋号はないんですか」と聞くと、「屋号なしでやっております。道後の散髪屋と言ってもらえればわかります」と返されました。
「この2店が本当によくて、いい思いをした」と若林さん。「どうせなら、全47都道府県で髪を切ってもらおう」と決意しました。
街中の散髪屋は一見さんが多く、若林さんが訪れても珍しがられず話が盛り上がらないこともありました。そこで、「地元の人しか訪れないような山あいや海沿いの散髪屋」を狙いました。
大学卒業後、地図やガイドブックを発行する「昭文社」に勤めた若林さん。当時はグーグルマップもないので、各地の散髪屋探しは実際の地図が頼りでした。「小学校の近くには散髪屋があるはず」と地図であたりをつけ、現地に向かいました。
2005年、福島県南会津郡の山あいに位置する檜枝岐村(ひのえまたむら)の散髪屋を奥さんと一緒に訪れました。店主のおばあちゃんから、「ごはん食べていって」とお誘いを受けました。店の奥には、店主の旦那さんと知り合いのおばあちゃんがいて、計5人でニンニクが効いた山菜の煮物をごちそうになりました。
食事中、山口県出身の若林さんの脳裏によぎったのは「長州会津問題」。戊辰戦争で新政府側の薩摩・長州に攻められた幕府側の会津人が、今も長州のことをよく思っていない問題です。「長州会津問題を体感できるチャンスだ」と、話の流れをうまく持って行き、「すみません、山口出身です」と自分の出身地を告白しました。
すると、3人の動きが一瞬止まったといいます。店主の友達のおばあちゃんが「まあ、そうは言ってもね…」と取り持ってくれましたが、口数が少なかった旦那さんはその後、一切口を開かなかったといいます。見事に「長州会津問題」を体感できました。
全国を巡って訪れたのは、立ち退きの関係で1カ月後に閉店する店や、私設の理容博物館を併設する店、地元のラジオ番組に出演する店主がいる店――時には飛行機とレンタカーを駆使し、東京の散髪屋は伊豆諸島・大島町の店を選びました。
2カ月に1度ほどの散髪屋巡りを続け、2009年12月、ついに47番目の散髪屋へ。選んだのは、幼少期から約20年間通い続けた、故郷・山口県宇部市の散髪屋「理容ヤング」。
12年ぶりの訪問で、変わっていたのは漫画の「ゴルゴ13」がなくなっていたことだけ。昔と同じように、髪の毛が首元に入らないよう、他店ではめったに見かけない首に白い紙を巻いてくれ、「ちょっと苦しい、この力加減だ」とあの頃が蘇りました。足かけ12年、ついに全都道府県の散髪屋を巡り終えました。
身内の結婚式のため近所の散髪屋に行った時を除いて、行き先の都道府県がかぶらないように散髪屋を選んでいた若林さん。
最後はアクセスの悪い九州の散髪屋が続きました。全国一周を達成すると、「今度は好きなところに行ける!」と一安心。今でも全国各地での散髪を続け、離島の店など自由に巡っています。
島根・隠岐の島では、サインポールも看板も出しておらず、窓の隙間から中が見えて散髪屋だと分かる店に行きました。
大分・保戸島の散髪屋では、お店の人との集合写真を送ったお返しに、地元のお菓子をもらいました。
石川・能登島では、島と本州とを結ぶ橋が完成したことで、人の流入だけでなく流出も進んでしまったという話を聞きました。1993年の地震で甚大な津波被害を受けた北海道の奥尻島では、両親を亡くした店主のリアルな話を聞きました。
過疎に関する話もよく耳にするといい、若林さんは「集落に1軒しかない散髪屋は中立的な立場なはず。情報が偏りづらいのでは、と思っています」。
散髪屋では「2cm残して切って下さい。後はおまかせします」と注文する若林さん。いろいろ聞いてくる散髪屋の人もいますが、「いい感じでお願いします」とお店に任せるそうです。
次の散髪までの2カ月間はひげも剃らず、もみあげとひげがつながっている状態なので、店によってもみあげの切り方が違うのが面白いといいます。
若林さんは「長さや細さも店それぞれ。左右の長さが違うのもまたいいと思う」。本人は仕上がりを気にしませんが、家に帰って奥さんに笑われることもあるそうです。
常人にはなかなかできない趣味ですが、改めてその魅力を聞きました。
「土地の話をゆっくり聞けて、しかもさっぱりできる。髪の毛はどうせ切らないといけないのだし、2カ月に1回、旅行感覚で足を伸ばしています。散髪屋では、自分で町を歩いていても気付かないことを知ることができる。『いつも全く同じ髪形でないと困る』という人でなければオススメの趣味です」
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