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歌舞伎町が、社会のセーフティーネットに…ホストと作家が語った魅力
新宿・歌舞伎町には様々な人が働いています。この街を舞台にした作品を書いてきた作家、阿川大樹さんは「なんでもやると思えれば、チャンスだらけの優しい街」と語ります。ホストクラブ経営者で無類の本好きの手塚マキさんは「歌舞伎町はセーフティーネットになっている」と話します。高校時代から歌舞伎町に慣れ親しんだ作家と、歌舞伎町で本屋を経営するホストクラブ経営者の異色対談。歌舞伎町の持つ多様性について語り合いました。(聞き手・奥山晶二郎)
――歌舞伎町のどこが寛容な街なのでしょう?
阿川さん「歌舞伎町には色んな仕事があるから、なんでもやりますと言ったら、ものすごいチャンスだらけの街。途中で会社を辞めた中年男性は、どうにもならないという現実がある。でも、歌舞伎町にさえ来て、なんでもやる気持ちになれば食っていける。それが街の優しさかなと思うんです」
阿川さん「オカマバーの『ひげガール』は、東日本大震災があった時、サイトで『住むところがなくなって東京へ出てきた人は、やる気があったらうちへ来なさい、どんなことでもできるんだったら、うちの店で食わせてやる』みたいなメッセージを出していた」
手塚さん「そうですね。本当にこの街は寛容ですね」
――ホストをされている中で街の優しさを感じることはありますか?
手塚さん「優しいんですけど、甘い、というのはありますね。僕もそうですし、みんな自分に甘いです。とにかく一番は、時間にルーズです。街の人たちはとにかく時間に来ない」
阿川さん「ゴールデン街とか、午後9時オープンで、開いてなくても当たり前みたいな」
――そういうのが居心地がいい、という人もいますよね
手塚さん「そうだと思いますよ。『お前変わってるな』とか言われている人でも、歌舞伎町だと別に気にしなくてもいい。セクシュアルマイノリティーの人も含めて、特別視されることはないですね。『この街で生きるには、こういう格好をして生きるべきだ』というモデルがないので、どんな格好をしていてもいい」
――歌舞伎町は少し怖い飲み屋街だと思っている人もいますが…実際、誤解されているなというイメージはありますか?
手塚さん「歌舞伎町は安全だと思う。まず、防犯カメラがそこら中についていて、警察官も呼べばすぐ来る。一番は、必ず誰かいるということ。ぼったくられる時は、みんなどこかのビルに入っちゃっている。でも、入る時に無理やり引っ張られることはない。何かしら、よこしま気持ちがあるから入る」
阿川さん「いっぱい露出した女性が歩いているのを見かけるのは、街が安全だからだと思う。こんなに大きな街で、そんな格好の女性が一人で歩いていられるは、世界の中でもほとんどないのではないか」
――阿川さんは、高校生の時から歌舞伎町と接点がありますが、変化を感じることは?
阿川さん「西洋系の外国人が来る場所が、すごく目立ってきている。ロボットレストランも、ガイドブックのロンリープラネットに載っている。外国人が入りやすいキャッシュオンデリバリーのワインコインバーもできましたし」
手塚さん「おっしゃる通りだと思います。彼らは少しずつ歌舞伎町の文化を学ぼうとしている。実際にゴールデン街の人たちも、最初は『あいつら生意気だから入れない』っていう感じでしたが、ガイドブックにも遊び方が載っているらしく、観光客の行儀がよくなっているみたい」
――手塚さんは、今までに歌舞伎町で色々な人との接点があったわけですよね
手塚さん「今まで日本というのはこういう人が普通だというのがあって、そこからはみ出ない様にする社会だったと思う。なるべく『君は普通だよ』って言ってあげて、普通という鍵で強制されるべき社会。そこからはみ出る人たちの行き場所がなかった社会というのが続いてきた」
――そこに変化が?
手塚さん「いま、それが一気にあふれ出している状況。日本人というのは、島国で、ちょっと不自由な人が多いと思っている。歌舞伎町はそういう人たちのセーフティーネットにもなっている。今までは、こうあるべきと思っていたのがそうでなくてもいいんだという風になっていくと、もう、歌舞伎町だけでは抱えきれない」
――マジョリティーとマイノリティーが逆になる?
手塚さん「もともと、マジョリティーとマイノリティーと分けて考えていたのが間違い」
阿川さん「手塚さんの本を読んで感じたことは、歌舞伎町で人を使うというのは普通の企業では通用しない、悩みや苦しさがにじんでいること。手塚さん自体がセーフティーネットになっている」
手塚さん「自分自身も昔から普通ではないという自覚を持っている。あえて自分自身がセーフティーネットになるというよりは、僕はずっとホストをやっていたし、本を読むのも好きだし、うちにはホストがいるし、歌舞伎町には愛があふれているし、というのを考えると、本屋をやるというのは何も不思議なことではなかった」
阿川さん「歌舞伎町的なもの自体がそうなのかもしれない。手塚さんの持つ個性みたいな部分を出していくと、自然にセーフティーネットになっている感じですね。他でやっていけない人がここでやっていける。この中のどこかでなら、という多様性が感じられますね。多様性そのものが優しさ」
手塚さん「多様性に甘えちゃいけないというのもあるから難しいけれど、やっぱりいい街だなあと思う」
――多様性の街、というのは今の社会にもつながっていると感じました。これから歌舞伎町で挑戦したいことは?
阿川さん「みんなが思ってもいない人生を小説で書く。2005年に横浜の黄金町で風俗店の撤去が行われて、その後に、アーティストインレジデンスという活動の一環で移り住んだんです。そこでは、生活保護をもらってギリギリで生きているんだけれど、それほど不幸には見えないお年寄りがいて。昔のこととかを聞くといっぱい話してくれる」
――黄金町と歌舞伎町がつながりますね
阿川さん「僕はエンジニアを18年やっていたんです。仕事自体はよかったけど、職場の居心地が悪くて辞めて、小説を書くようになった。アーティストのコミュニティーに入ると居心地がいい。みんな真剣に物事に取り組んでいるけれど、こうじゃなきゃいけないと思って型にはまっている人が少ない。この心地よさをもっと知ってもらいたい。すると人生が明るくなる。会社員をやっていても、楽しくなれる」
――手塚さんの次のチャレンジは?
手塚さん「歌舞伎町で面白いことを、楽しくて心地よいことを、ビジネスのリスクなくやれるのが理想。会社としては歌舞伎町に救われたと思っているので、歌舞伎町のためになることをやれたらいいなあと思っています」
手塚さん「阿川さんに聞きたかったのが、七つの短編集の『終電の神様』に三つも女装の話が出てくる。それは、多様性を意識したことなんですか?」
阿川さん「黄金町にある仕事場の隣が女装グループの着替え場所だったんです。夕方になると背広を着た男性が次々やって着て、着替えて化粧して出ていく。そういう人たちは、すごく普通の人で、いい人たちなんです」
阿川さん「ある日、雪が降ると、駅から建物まで雪かきがしてある。そこが着替え場所。ハイヒールで滑っちゃうということもあったんだと思うけど、周りの人たちのために雪かきまでしてくれる。イメージの中の『変な人』というのと『まともな人』というのが同居しているなあと。それが、普通なんだというのが、すごいと思ったんです」
手塚さん「阿川さんの描く女装は、その人自身が、なんかわからないけれど女装が好き、という感じで留めている。それも意図的ですか?」
阿川さん「女装していたって普通だと思う。特性は書かなくていいし、その人が特別な人ではないということが描きたかったんです。だから、なぜ女装しているかについては、全く書いていません」
――本屋の反応はどうですすか?
手塚さん「反応はいいですね。阿川さんのように、歌舞伎町がみんなから持たれているステレオタイプとは違う一面を見せることで、この街に来るフックになる。危なくないということもわかってもらえるし、とっかかりになったかなと思っています」
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阿川大樹(あがわ・たいじゅ)東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。会社員勤めの後、作家に。2005年『覇権の標的』で第二回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞しデビュー。主な著書に『D列車でいこう』『インバウンド』『黄金町パフィー通り』など。『終電の神様』(実業之日本社刊)は、文庫本で27万部のベストセラーに。
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手塚マキ(てづか・まき)歌舞伎町の有名ホストクラブでナンバーワンになり独立。スタッフ教育の一環で街のゴミ拾いをするなど地域活動にも力を注ぐ。著書に『自分をあきらめるにはまだ早い 人生で大切なことはすべて歌舞伎町で学んだ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。2017年10月、歌舞伎町に「愛」をテーマにした本屋「歌舞伎町ブックセンター」を開店。
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