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お金と仕事

新卒採用「面接はタクシーでやります」下町の老舗が発進 痛車まで…

採用面接といえば、静まりかえった会議室で、面接官とは物理的にも精神的にも距離を感じる間合いで行われるのが定番です。「緊張したって仕方ない、どうせならウチにしかできないことを」とタクシー車内で面接を始めるタクシー会社があります。

採用面接で運行する予定のロンドンタクシー
採用面接で運行する予定のロンドンタクシー

目次

 採用面接といえば、静まりかえった会議室で、面接官とは物理的にも精神的にも距離を感じる間合いで行われるのが定番です。「緊張させたって仕方ない、どうせならウチにしかできないことを」とタクシー車内で面接を始めるタクシー会社があります。実はこの会社、昭和30年から続く下町の老舗なのですが、アニメキャラをラッピングした「痛車タクシー」までやっています。どうしてそこまで?「面接タクシー」を始めた理由を聞きに行ってみました。
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下町の古き良きタクシー会社

 タクシー車内での採用面接、「面接タクシー」を始めるのは、錦糸町駅近くに社屋を構える、その名も「互助交通」(東京都墨田区)です。現在、約160人のドライバーがハンドルを握っています。
 
互助交通社屋1階の駐車スペース。スローガンなどが並ぶ
互助交通社屋1階の駐車スペース。スローガンなどが並ぶ
 社屋内の柱は黒光りして、畳やあちこちの貼り紙は経年で色みがあせています。ゴールドディスクのごとく壁にかけられているのは、車の速度や運行を管理する「チャート紙」。デジタルで管理するのが主流ですが、こちらでは現役です。
社屋にある畳敷きの休憩室。大きなソファーがいくつも備えられている
社屋にある畳敷きの休憩室。大きなソファーがいくつも備えられている
車の運行状況を管理する「チャート紙」。今は電子化が進んでいるが、「これが見やすいんだよね」と中澤さんは語る
車の運行状況を管理する「チャート紙」。今は電子化が進んでいるが、「これが見やすいんだよね」と中澤さんは語る
 そんな昭和の空気をぎゅっと閉じ込めたような互助交通の専務を務めるのは、中澤睦雄さん。
互助交通・専務取締役の中澤さん
互助交通・専務取締役の中澤さん

 現在人材募集中で、応募があり次第、タクシーを使っての面接が始まります。中澤さんは始める理由を「会議室の重い雰囲気じゃなく、移動している空間っていう特別な環境で面接することで、話しやすくなるのでは」といいます。

「面接タクシー」で使用される予定のロンドンタクシー。レトロな雰囲気で特別感を味わえる
「面接タクシー」で使用される予定のロンドンタクシー。レトロな雰囲気で特別感を味わえる
 面接は自社のドライバーが運転するタクシーに、面接官を担う中澤さんと入社希望者が乗車して行われる予定です。錦糸町の社屋から出て、スカイツリーを回って東京駅に送ったり、学生の帰路にちょうどよい駅までドライブしたり、運行ルートは臨機応変に考えているそうです。

 「普段あまりタクシーに乗る機会のない学生さんにも雰囲気を知ってもらいたいです。運転している社員にも質問してもらってもいいですし、何でも聞いてもらいたいです。
 
 会議室での面接でもフランクに接することは心がけているんですけど、学生さんは緊張されると思うんで」

 タクシーと運転手を貸し出すことも考えているため、他の企業の採用でもタクシーで面接をすることが可能です。
社屋にある仮眠スペース。味のある畳に時間を感じる。女子用の仮眠スペースは別のマンションを用意している。
社屋にある仮眠スペース。味のある畳に時間を感じる。女子用の仮眠スペースは別のマンションを用意している。
 面接の環境づくりというのは、古くて新しい課題。私も採用面接のとき、スーツの折り目が手汗でなくなるくらい緊張して、うまく話せないこともありました。静かな会議室で1人囲まれる経験は、当時「社会人」にとって当たり前と思っていましたが、入社して4年経っても少なくとも私は一度もないです。車に乗っていれば緊張しない訳ではありませんが、ちょっとだけ肩の力は抜けるかもしれません。

そんなつまんないプライドを持ってない

 互助交通を創業したのは中澤さんの祖父です。社名からして渋いのですが、その由来は「親父に聞いても『わかんねえよ、そんなもん』って言われちゃった」と中澤さんは笑います。自身や自社の話になると「なんだろうねえ、どう思う?」と、人に振って照れを隠しながらも、下町で受け継がれてきた人情味は、中澤さんにも溢れています。

 これまでの社会人生活を振り返り、「頭はね、下げるためにあるようなもんだよ。そんなつまんないプライドを持って生きちゃいないんです」。
タクシー運転手の働き方について語る中澤さん
タクシー運転手の働き方について語る中澤さん
 やはりタクシー運転手と聞くと、時には酔っ払いを相手したり、行き先やルートでまごついてお客さんに注意を受けたりなど、心労にこと欠かない職業というイメージがあります。ただ中澤さんは「毎日それがある訳じゃないし、言ってみれば企業に勤める会社員よりリセットしやすいんじゃないか」といいます。

 「もしも嫌な上司がいたら、普通の会社員は会社に行けば毎日その人がいる訳ですよ。私たちもルートを間違えたのなら謝らなきゃいけない、それは当然のことで、失敗すりゃ怒られますよ。でも毎日そのお客さんと会わなきゃいけない訳じゃない」
互助交通・社屋の柱。
互助交通・社屋の柱。

無理させていいことなんで何一つない

 「タクシーは上司に嫌われたって関係ないからね」と話すのは、給与についてです。

 「個人の売上が結果となって、翌月の給料に反映されるんです。普通の会社だったら、1年かけて昇給するとか偉くなるとかで、誰しも評価に不平不満はあると思うんです。でもタクシーは良くも悪くも実力主義で、本当に頑張ったら頑張った分だけ、すぐに戻ってくるんです」
休憩スペースにあるマッサージチェア
休憩スペースにあるマッサージチェア
 中澤さんによると、大まかには売上の6割程度が給与や賞与として、還元されるといいます。

 「大手なんかだと売上のノルマみたいなのもあるようですけど、ウチは特にそういうこと言うつもりはないんで。無理させていいことなんで何一つないと思うんですよ」

 中澤さんの意識はもっぱら「社員のメンタル」に払われていました。
釣り銭用に、社内には両替機がある
釣り銭用に、社内には両替機がある

気付いたらタクシーはシルバー産業に

 互助交通が新卒採用を始めたのは2015年。運転技術を必要とする職種なので、業界では中途採用が中心といいますが、「気付いたらタクシーはシルバー産業になってしまった」と中澤さんは話します。

 「うちも平均年齢は57歳。『おじさん』や『おじいちゃん』ばかりです」

 同社では62歳の定年後も、嘱託職員としてや短時間勤務に切り替えて働くことも可能なので、最高齢は74歳だとか。新卒採用で入社した社員もいるのですが、そんないぶし銀のおじさまたちの中に、大卒の若者がいきなり入っていってもなじめるのでしょうか。
取りそろえられている漫画も、渋いタイトルばかり
取りそろえられている漫画も、渋いタイトルばかり
 「おじさんたちね、若い子が来てくれると嬉しくて仕方ないみたい。雰囲気も活性化したって『若い子とってくれてありがとうございます』って言われました。一緒に旅行したりもしてるみたいですよ。

 タクシーって基本個人プレーなんで、独自で積んだ経験みたいなのもあるかもしれませんが、おじさんたち教えたがりなんです。ひとりでいる時間が多いからかな、面倒をすごく見たがりますよ」

 Ⅰ種普通免許取得から3年以上経過という募集資格はありますが、Ⅱ種免許の取得費用なども負担してもらえるなど未経験者へのサポートも充実しています。
社屋の入り口すぐの階段の壁には、幻想的でノスタルジックな絵が描かれている。唯一の女性ドライバーが描いたもので、この絵を見るために訪れる人もいるのだとか。
社屋の入り口すぐの階段の壁には、幻想的でノスタルジックな絵が描かれている。唯一の女性ドライバーが描いたもので、この絵を見るために訪れる人もいるのだとか。

「面接タクシー」に乗ってみた

 「面接タクシー」で使用する予定なのは、ロンドンの街でおなじみのクラシカルなブラックキャブ。運転席と助手席の他、後部座席は向かい合わせで4人乗ることができます。
「想い出タクシー」としても運行しているロンドンタクシー
「想い出タクシー」としても運行しているロンドンタクシー
 記憶に残るタクシーを運行したいと、2015年から同社で導入し、通常の業務にも使用されている車です。入社希望者が進行方向を見るように、面接官と向かい合って面接を行います。膝が当たるほどではありませんが、結構距離は近いです。
 
内部はこんな感じ。左側、進行方向向きに入社希望者が座り、向かい会わせで面接官が座る
内部はこんな感じ。左側、進行方向向きに入社希望者が座り、向かい会わせで面接官が座る
 珍しい車体だからか、信号待ちでは歩行者と目線が合います。「タクシーだと思われないこともあるよ」と中澤さんはいいますが、「やっぱりかっこいいって思うのは、ロンドンタクシーだね」。

「痛車タクシー」まで…

 互助交通は「想い出タクシー」だけではなく、アニメキャラをラッピングした「痛車タクシー」など、タクシーを使った新しい取り組みに意欲的です。その目線にあるのは、Uberや自動運転など、タクシー・自動車業界をとりまく目まぐるしい変革です。
アニメキャラクターをラッピングした「痛車タクシー」などのサービスも行っている
アニメキャラクターをラッピングした「痛車タクシー」などのサービスも行っている 出典:互助交通WEBサイト
 「想像以上のペースで変革が進んでいて、いわゆる大手じゃない私たちが生き残るためには、今まで同じことをずっとやってたんじゃいけない。社内はおじさんばかりと言っても、新しいことに批判する人はいないんですよね。

 例えば入社してきた子が『こういうことやってみたい』っていうのがあれば、一緒にやっていきたいと思うし、ウェルカムですよ」
 下町の、面倒見が良い「おじさん」たちが集まってるけど、新事業にも前のめり。古き良き価値観と柔軟な発想が混ざり合う会社が、錦糸町にありました。運転が好き、人とコミュニケーションを取るのが好き、自分の時間を持ちたい……「タクシー運転手」はそんな気持ちのある人の、選択肢のひとつになり得るかもしれません。
【互助交通のホームページはこちら】

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