IT・科学
「転職4回、クビ1回」からユーチューバー 1年で1千本、やっと黒字に
Youtubeの動画などで「お金の心配はしていない」くらいの収入を得ている人がいます。さいたま市の「プラレーラー」松岡純正さん(30)。プラレールの作品を次々と投稿し、広告収入などで生計を立てています。転職4回、クビ1回。1日2食で納豆ご飯、貯金なしのどん底生活からのV字回復。「好きなことで、生きていく」を実現した一方、「今後ずっとウケるかもわからない。人には勧められない」と現実的な視点も。ユーチューバーのリアルな生活ってどんなものなのでしょう? 松岡さんに聞いてみました。(朝日新聞さいたま総局記者・小笠原一樹)
今年1月、プラレールで「きかんしゃトーマスのソドー島を全駅再現」。松岡さんのSNSの投稿は話題沸騰でした。
数百話以上のトーマス作品を繰り返し見て、島の路線図と、分岐や転車台も書き込んだ細かい配線図を忠実に書き起こす。それをプラレール約1万パーツと、140の駅のパーツで立体化。架空の「ノースウエスタン鉄道」やトンネル、採石場まですべて再現しました。
さいたま市の公共施設で展示すると、大勢の親子連れやファンが詰めかけました。
もとはサラリーマンだった松岡さん。80社ほど就職試験を受け、2012年春に大学を卒業、大学職員になりました。
しかし、仕事の後で3時間説教されるなど「パワハラまがい」の環境にあわず、約2週間で退職。福祉やIT業などを転々とし、同年12月に出身大の契約職員になります。入試書類の確認などを担当し、「超ホワイトな職場」で一生懸命働きましたが、体を壊し睡眠障害に。結局、14年1月に契約不更新を告げられました。
「自分にサラリーマンはつとまらない。別の働き方を考えよう」。その時、頭に浮かんだのが、学生時代から趣味でネコやバンド活動などの動画を投稿していたYoutubeの広告収入でした。
「音楽やネコの動画は、投稿しても全然見てもらえなかったけれど、プラレールだけは視聴回数が何千にもなる。競合が少なく、需要があるのでは」
時折遊んでいたプラレールの資材20箱を活用し、レイアウトを組んで車両を走らせたり、新車両を紹介したりする動画を、自宅で1日3本撮影して投稿しはじました。
目立つためには「質より量」。「投稿本数だけは、自分でいくらでも増やせる」と考え、制作に没頭します。
「転職4回クビ1回。何かで一番にならないと。これでダメならホームレスしかない、死ぬか生きるかだ」
1年目の年収は100万円に届かず、貯金が底をつきました。1日2食納豆ご飯。テレビや掃除機、趣味のドラムやキーボードも売ってプラレールの購入代にあてました。集中するため、「プラレール以外」を断ち切って親や友人の連絡先もすべて削除する徹底ぶりでした。
「すべきことを考えるより『やらないこと』を決める方が楽。賛同してくれる人は一人もおらず、誰も周りにいなくなった」
それでも1年で1千本ほどの動画を作り、サラリーマンを辞めた年の12月には動画の再生回数が計100万回を越え、初めて黒字になりました。
翌年は、投稿頻度を減らす代わりに「レイアウトの作り方」「塗装方法」など、視聴者の需要をより意識。ファンが徐々に増え、「京王線調布駅の再現」がヒットしてからは、「駅は鉄道マニアだけでなく、地域の人にもウケる」と、3日に1本のペースで、実在する駅をひたすらプラレールで作り続けました。
航空写真や電車の展望動画のほか、実際に現地にも足を伸ばし「電車の止まる位置まで正確に」分析し、直接レイアウトに関係のない駅の歴史や地名の由来などまで学びました。
「駅を好きにならないと、どこかにこだわりのなさが出るから、ばれてしまうんです」
16年には初めてのレイアウト設営依頼をカフェから受け、公共施設での展示会も初開催し、貯金ができるように。
車両やレールをさらに買い足し、「誰もやってないことが一番面白い」と、山手線や大阪環状線などの全駅再現のほか、プラレールを用いたジェットコースター、ひな祭り、子供たちと一緒にレイアウトを作るワークショップなどと新しいアイデアを仕掛け続けています。
松岡さんの収入源は、こうした催しの入場料金とYoutubeの広告収入、法人などから受ける設営依頼の3本柱。資材の購入など支出も多いですが、「お金の心配はしていない」くらいの収入は確保しているそうです。
とはいえ「天候にも左右され、台風が直撃すると誰もイベントに来なくて赤字になる。今後ずっとウケるかもわからない」と、今の仕事は人には勧められないと話します。
一方で、「一日中寝ていても、何をしても自由だ。時間をつくり、取材旅行へ行くこともできる」と、自分で開拓した今の居場所に満足しています。
子どもたちが選ぶ「なりたい職業」にもランクインするほどになったユーチューバーですが、松岡さんの道のりを振り返ると、現実的なハードルも見えてきます。
まず「これしかやらない」というキメが必要。「今は赤字だけど、伸ばすしかない」とひたすら製作に取り組みました。一度だけ、転職活動という「誘惑」に負け、郵便局の最終面接にまで進んだこともありましたが、「こんな自分に普通の働き方がつとまるわけがない」と、直前にキャンセルしたそうです。
自分の好きなものがウケるとも限りません。プラレールを選んだのは「好きだからという以上に、需要があって伸びると思ったから」と想像以上に戦略的です。出費を抑えるため、バンドや合コンなど、ほかの趣味はやめました。
周囲の賛同も少ないなか、ひたすら集中して続けるためには「好き嫌いじゃなく、熱くなれるかどうか」と断言します。
入社3年目の私に、松岡さんと同じような決断ができるか考えると……。会社からもぎ取った長期休暇で旅行などの趣味を楽しみ、ブログでちょこっと紹介するのが限界かも。それで生活費を稼ごうという勇気はわきません。
でも、松岡さんのようなレールに乗らない生き方で自分の才能を発揮できた人がいるということには、「1度挫折しても、まだ道はあるんだ」と希望がわきました。
「人には勧めない」と言いながら、子どもやファンに囲まれる松岡さんは、いつも満足そうに見えました。
「東海道新幹線の全駅再現も、近いうちにやるだろうな」。松岡さんの野望は尽きません。