連載
#19 平成家族
保活はポイント競争「不幸比べみたい」 ルールに振り回される親たち
認可保育園の当落は、自治体が定める「ポイント」に左右されます。家族や働き方の条件によって加点されるため、激戦区ではポイントを積み上げなければ競争に敗れます。平成時代の保活では、こうした行政の「ものさし」に振り回される親たちもいます。(朝日新聞文化くらし報道部記者・田渕紫織、足立朋子、斉藤純江)
東京都千代田区に住む国家公務員の女性(36)は、1歳の長男が寝た後のほの暗い部屋で、区の「認可保育園の入園案内」を繰り返し繰り返し開いた。ふせんをつけたページには、認可保育園の入園選考に用いられる「ポイント表」が載っている。
両親がフルタイムで働いていれば「20点」。ここからどれだけ加点できるかが競争だ。
ひとり親で同居親族がいないなら「プラス4点」、きょうだいが通う園を希望するなら「プラス3点」……。これは該当しない。
区内で3カ月以上、保育園に入れず待機しているので「プラス1点」。1年6カ月以上の産休・育休明けという基準にもあてはまり、「プラス2点」。女性の合計ポイントは23点になる。
女性は産休に入るまで西日本で勤務していたが、今は地方公務員の夫(41)と千代田区内の公務員住宅で同居する。職場に掛け合った結果、女性も4月から東京で復職する話が持ち上がっていた。
昨年秋、区役所の窓口で「当落ライン」を聞いた。昨年4月は第1希望の人気園が23点、職場に近い事業所内保育所が21点だったという。「自分たちの持ち点なら大丈夫」と安心していた。
ところが今年2月、区から落選通知が届いた。窓口に駆けつけると、「今年はほぼ全園で24点がボーダーライン。24点でも落ちている人がたくさんいるので、2次募集も厳しい」と言われた。
区のホームページを見ると、内定者の大半を決める1次募集で1歳児クラスは242人が申し込み、100人しか通っていなかった。見学をしていた認可外の東京都認証保育所や事業所内保育所に片っ端から電話をかけたが、軒並み断られた。
職場に伝えると、「4月に東京で復帰する前提で全ての人事が動いているし、前例もない」とつれない。上司から、あらゆる手を尽くしたのか、事細かに尋ねられ、東京転勤の話はなくなった。「自己責任のように言われるのが一番つらい。自分の努力では何ともできない」
京都市の小学校教諭の女性(39)は2015年の秋、次女と三女を翌春に認可保育園へ入れようと市役所の窓口で入園案内をもらった。そこにあるポイント表を見ながら、女性は夫と顔を見合わせた。「なんか、不幸比べさせられてるみたいやなあ」
京都市では15年度に初めて「ポイント制」を導入。選考に透明性や客観性を持たせるためと説明された。しかし、嫌な気持ちがしてきた。就労時間が長いほどポイントが高くなり、新しい職場で働こうとする人の方が育休明けで職場復帰するより低い。より「保育ができない」条件の方が加点される仕組みになっているからだ。
「子育て中は余裕を持って時短で働きたい」という選択も、ポイント制の論理では不利な条件にしかならない。「入りやすい0歳児で入れないと。そんなことしてるから入られへんやん」。育休をきちんと取ろうと思っているのに、ママ友に何度も言われた言葉だ。
「市役所の人は『どや顔』でポイント制を説明するけど、本来は行政の失態。それを親に責任転嫁し、仲間である親どうしを競わせるやり方に、もっとみんな怒らないといけない」
ポイントの基準は自治体ごとに異なり、毎年、見直される。加点できるように手を打っても、ルール変更で裏目に出ることもある。
東京都武蔵野市の会社員、中井いずみさん(41)は10年9月に長男を出産した。認可保育園の0歳児クラスには落ちて認可外保育園に通わせたが、翌春から認可保育園に移ることができた。
13年1月に次男を妊娠する。武蔵野市には、すでに兄や姉が園に通っていると加点される通称「きょうだいポイント」があった。長男の送迎で一緒になる妊娠中の母親たちと、お互い大きくなるおなかを見て祝福しあった。「私たちには『きょうだいポイント』がある。これに『認可外ポイント』をつければ大丈夫だね」
「認可外ポイント」は認可外保育園に預けて復職している場合に加点される。認可保育園に受かるための常道だ。育休を半年で切り上げて復職し、次男を5月から近くの東京都認証保育所へ。子どもと離れたくなく、兄と同じ認可保育園に通った場合と比べて年間で50万円以上高くなるが、「期間限定だし、確実に入れるためなら」と考えた。
しかし、その年の9月に翌春の入園選考のしおりを開いた瞬間、めまいでくらくらした。「きょうだいポイント」はなくなり、「認可外ポイント」よりも長く育休を取っている人のポイントが高くなる逆転現象が起きていた。「子どもと離れた時間と、離れるために払ったお金はなんだったんだろう」。怒りがわきあがってきた。
抗議が殺到して、その後、「認可外ポイント」は育休中と同じ点になった。しかし、「きょうだいポイント」はなくなったまま。市の担当者は、なくした理由を「各家庭の子どもの数によって、有利、不利が分かれないようにするため」としている。
次男の入園を申し込んだ結果は、落選だった。
待機児童がいなくなっても希望する園を調整するために「透明な基準を設けて、ポイントで優劣をつけるのは必要」と思っている。実態に合わせてポイントの基準を変えるのも理解はできる。
「でも、変えるなら1年以上前から言ってほしい。人生プランを左右するような重要事項を周知期間もなく突然出すのは、あまりに親たちを軽んじていないだろうか」
東京都杉並区の女性会社員(31)も頭を悩まされている。
娘が1歳になるまでは手元で育てたいと、0歳だった昨年4月入園は申し込まなかった。杉並区にも「認可外ポイント」があったため、今年落ちたら認可外保育園に預けて優先順位を上げ、2歳で再挑戦するつもりだった。ところが、昨年秋に申込書類を取りに行くと、18年4月以降に認可外保育園に預けた場合は「認可外ポイント」がなくなると知った。
今年1月下旬に発表された1次選考の結果は落選。長女が2歳になる8月には職場に復帰する必要があり、入所が内定している認可外保育園に預けるつもりだ。しかし、「このままでは、認可保育園に入るルートにずっと乗れないかもしれない」と不安が募る。
一方、保護者が育休を長く取って1~3歳で申し込む場合は、新たな加点が付くことになっていた。この制度変更について、杉並区の武井浩司・保育課長は「育休の取得を後押しするため、育休を取った方が入所が有利になる仕組みにした」と説明する。
別の女性会社員(31)はこの変更を知り、0歳の長男の申し込みを見送った。来年春まで育休を取って優先順位を上げる予定だが、周囲の母親たちが「今年は0歳が入りやすかった」と話すのを聞き、気持ちが揺れる。
「1歳の受け皿が増えなければ激戦になる。来年、認可保育園に入れなかったら、今回申し込まなかったことをずっと後悔する」
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取材班は、保活や保育士の仕事についての体験談、ご意見をお待ちしています。メールseikatsu@asahi.comかファクス03・5540・7354、または〒104・8011(住所不要)文化くらし報道部「保育チーム」へぜひお寄せ下さい。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある「平成家族」。今回は「保活」をテーマに、その現実を描きます。
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