連載
#18 平成家族
疲弊する保育士「自分の子を預けたくない」 急増するニーズで負担増
核家族化がいっそう進む平成時代。地域の保育園は働く親と子どもだけでなく、慣れない育児に向き合うすべての家族の心強い存在です。しかし、その担い手である保育士たちは、急増するニーズの中で疲弊しています。理想と現実のギャップに悩んだ末、現場を離れる決断をした人もいます。(朝日新聞文化くらし報道部記者・田渕紫織)
埼玉県志木市の女性保育士(31)は、昨年9月に長男を出産して現在は育児休業中。今年9月には、勤めている認可外保育園で復職する予定だ。
復職に向け、保活を始めようとしている。しかし、葛藤もある。
「果たして、自分の子を預けたいと思える保育園ってあるの?」
都心から少し離れた志木市も駅前の再開発で大規模マンションが建ち、ここ数年で保育園に入る競争は激しくなっている。市内に勤める保育士は入園選考で優遇される制度がある。入りやすいかもしれないが、「自分の子を預けたくない」と思う理由とは――。
ネットメディアで4年間、広告営業をした後、保育士の資格試験を受け、東京都内の認可保育園に転職した。「前職も『24時間働けますか』の体育会的世界だったけど、保育園は次元の違う重圧と恒常的な忙しさで、すりきれるような毎日だった」という。
シフト上は、早ければ午前6時45分出勤、午後4時15分退勤。だがその後、午後9時ごろまでサービス残業が普通だった。タイムカードはなかったが、時給に換算をすると最低賃金を割った。
職員は新卒が中心。1年目から0歳児クラスの担任になり、6人の子どもを20歳の新人保育士と2人で受け持った。周りの新設保育園と同じように園庭はなく、散歩先では他園の園児と入り乱れ、見失わないよう、けがをしないように気遣うことで精いっぱい。保育士が1人でも休むと、晴れていても散歩に連れて行けなくなる。
子どもの記録や園便りを書くことやミーティングの大半は、子どもが帰った後のサービス残業。持ち帰ることもある。加えて、月1回のペースで行事があった。生活発表会の桃太郎劇では、子どもが着る服を家に持ち帰って未明まで縫った。
「このままだと、この子たちも自分も共倒れになる」と感じ、1年で正職員から非常勤に移った。2年後には、新規開園した系列の認可保育園に。駅ビルの中にあり、保護者からは人気で高倍率の保育園だったが、厳しい職場環境は変わらず、2年もしないで辞めた。
今回、子どもを預けようという側に回る。「質が低下する現場をよく知るだけに、保育士は自分の子を長時間預けるのは望まないと思う」。早く迎えに行きたくても、復職してシフト勤務に入ると難しい。保育士が出産後、現場に戻らない気持ちが今ではわかる。
子どもが保育園に入れない「待機児童」が解消しないのは、保育士不足が背景にある。業務が忙しいことに加え、待遇の悪さから、現場から離れる保育士も多い。保育士の資格を持っていても働いていない「潜在保育士」は、2016年度で推計86万人に上る。
独立行政法人福祉医療機構が16年に発表した調査では、回答を寄せた全国5726施設のうち、保育士が不足していると答えた施設は25%。このうち、18.3%が受け入れる子どもの数を制限していた。
潜在保育士958人を対象にした厚生労働省の13年調査では、就労経験のない人が3割いた。就労を希望しない理由(複数回答)は、「賃金が希望と合わない」が48%、「責任の重さ・事故への不安」が40%、「休暇がとりにくい」が37%だった。
東京都足立区の女性(41)は短大の保育科を卒業し、保育園と幼稚園で3年ずつ勤めた。結婚を機に8年ほど現場を離れ、3人の子どもを育て、11年に復職。その後、私立認可保育園、小規模保育園、認可外保育園とさまざまな種類の保育園で働いた。
どの園にも共通していたのは、1人で多くの子どもをみる忙しさと、手書きで非効率な書類の山だ。保育士たちが少しでも休憩したいがために、子どもの保育より保育士の都合が優先される。
ある園では、子どもが離乳食を飲み込むペースを無視して次々に口に運び、戻しそうになっていると「食べなさい!」と声を張り上げていた。お昼寝をしない子どもを押さえつけて寝かそうとし、抵抗する子どもを大きな声で罵倒するのも日常。どの園も上下関係が厳しく、ベテランがそうしていると、従うしかなかった。
耐えられなくなり、2年半前に辞めて、今はベビーシッターをしている。多いときで週6回、1日に3軒の家をはしごすることもあるが、疲れはあまり感じない。無意味な工作や書類の持ち帰り残業もない。何より自分にゆとりが生まれ、1対1で子どものいろんな発達を余裕をもってみることができる。
今も保育士派遣会社からメールで次々と「急募」の求人が送られてくる。でも、戻る気持ちにはならない。
私立の認可保育園で1歳児クラスを担任する茨城県内の50代の女性保育士は20年以上のベテラン。公立認可保育園の臨時職員だったときは、月給が10万円を割っても、子どもたちの成長ぶりを同僚と喜び合えることにやりがいを感じ、持ちこたえていた。しかし、私立認可保育園に移った5年ほど前から環境が一変した。
認可保育園には、保育士1人が担当する子どもの数に国の最低基準がある。例えば、0歳児クラスなら子ども3人、1~2歳児は6人。だが、これは老朽した家屋やバラックが当たり前だった戦後まもない1948年につくられた基準で、実際には多くの自治体や園が独自に手厚く配置している。一方、国は待機児童対策として、保育士1人が受け持つ子どもの数を増やす規制緩和を促す。
女性の勤める園でも、以前は保育士1人で1歳児クラス4人の子どもを見ていたが、今は最低基準並みの6人になった。
まだハイハイの子どもが活発に走る子どもにぶつかりそうになる。散歩の前に1人がゆっくり靴を履いていると、もう1人が目を離したすきに外に出ようとし、かみつきの多い時期の2人がけんかを始める……。ベテランぞろいでも危ない場面は減らない。
食事は終わる時間がばらばら。食後に歯を磨き、着替え、トイレとタイミングの違う6人を見つつ、布団を敷いて寝かしつける。子どもたちの発達に合わる保育にはほど遠い、流れ作業になってしまう。
昼寝中は本来、約20分おきに体に触れ、鼻に手をあてて呼吸に異常がないか確かめる必要がある。でも、親への連絡ノートや日誌を書いたり行事の準備をしたりして手が回らず、寝ている姿を目で追い、せき込んでいないか耳で確認するのが精いっぱいだ。
「見学に来た保護者には行事が充実しているとアピールしているが、見えないところで命に直結する一番大切にすべきことがおろそかにされている。このままでいいはずがない」
園長にたびたび保育士の増員を求めても「国の基準がそうなんだから」と押し戻された。仕事があふれているため、休日は無給で出勤する。毎年5人ほどが離職し、求人をかけても応募はない。「この現場の悪循環に目を向けて欲しい」。そう訴える。
「待機児童が増え、対策としてハコだけは次々とできても、保育士1人あたりの負担は増し、後回しになるのは物言えぬ子どもたち。毎日心苦しい。質を落として量を増やす方法で本当にいいのか、よく考えてもらいたい」
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取材班は、保活や保育士の仕事についての体験談、ご意見をお待ちしています。メールseikatsu@asahi.comかファクス03・5540・7354、または〒104・8011(住所不要)文化くらし報道部「保育チーム」へぜひお寄せ下さい。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある「平成家族」。今回は「保活」をテーマに、その現実を描きます。
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